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第090話〜君のすべてを肯定する〜

 ビート、フィエル、ドロシーの居る、半壊したブライの屋敷に戻るエータ。


「さっきの爆発はエータがやったのか?」


 フィエルが聞く。


「あぁ」


 エータはうなずいた。


皇帝(エンペラー)⋯⋯。どうやら、俺のことを統治者と認めている人たちの能力がすべて使えるらしい」


 エータは頭の中の画面を見ながら言う。


 そこには、クロウガ、カラスマル、ブライ、ダストン、クルト、ギムリィ、フィエル、ビート、シロウ、イーリン、ドロシー、ディアンヌ⋯⋯。


 他にも、たくさんの仲間が映し出されていた。

 順番は、エータのことを認めた日時が関係しているようだ。

 上位に鴉天狗一族が居るので間違いないだろう。


 エータは別のウィンドウに表示された武芸術(アーツ)の説明を読む。


税収(タックスレヴェニュー)。国民のステータスの一部を自動収集⋯⋯さらに、職業(ジョブ)武芸術(アーツ)魔技(スキル)まで、個人を指定して『回収』することが出来る。⋯⋯これは受動武芸術(パッシブアーツ)か。それと、恩賞(リワード)。俺が回収した物を一人につき一回、与えることが出来る。こっちが能動武芸術(アクティブアーツ)だな。回収した能力は、そのまま同じ人に恩賞(リワード)で戻す分には回数制限が無いみたいだ」


「なんですって!?」

「ま、マジかよ⋯⋯」

「まさに『選ばれし使徒の職業(ジョブ)』だな⋯⋯」


 この世界における職業(ジョブ)は、人間の価値そのものに直結する。

 それを取り上げたり、与えたり出来るなど、人間が持っていい能力の範疇(はんちゅう)を超えている。


 亡くなった者の能力まで回収しているのだから凄まじい。


 皇帝(エンペラー)自体のステータスも高いようで、重騎士(ヘビーナイト)魔道士(ウィザード)のステータス補正と、王国最強格であったダストンとギムリィの高いステータスが合わさって、エータは人外の領域へと足を踏み入れているようだ。


 四人は顔を見合わせた。


「とりあえず、いまは洞窟に戻ろう。みんなを安全な場所に返すのが先だ。エルフたちの事もある」


 色々と気になるところもあるが、まずは人命第一。

 エータたちは洞窟へと歩きだした。


「うおっ⋯⋯?」


 と、足がもつれ、倒れそうになるエータ。

 それを受け止めるフィエル。


「エータ、大丈夫ですの? 顔が真っ青ですわよ」


 エータのアイテムボックスで身体の汚れを回収してもらい、新しい服に着替えたドロシーが心配そうに言う。


「大丈夫だ」


 進もうとするエータを、フィエルが腕を取り、止める。


「ビート、ドロシー。すまないが、先に行っててくれないか?」


「お前らだけで大丈夫か?」


 心配そうなビート。


「問題ない、フィンに周囲を警戒してもらう。君たちは早くみんなを安心させてあげて欲しい」


「フィエルの言う通りですわ、行きましょう。ビート」


「で、でもよぉ」


 エータの様子を心配するビートの背中を、ドロシーが「さぁさぁ!」と、押しながら進んでいく。


(ありがとう、ドロシー)


 フィエルは心の中で感謝した。


「フィエル、ごめんな。すぐに俺たちも向かおう」


 ちいさくなるビートたちの背中を見ながら、エータはふらふらと進もうとする。

 そんな彼を、フィエルは「無理をするな」と抱きしめた。


「お、おい、フィエル⋯⋯」


 エータはぐらぐらと揺れる頭と吐き気を我慢しながら、恥ずかしそうにフィエルに言う。


 全身に感じるふわふわな体温。

 その温かさが、エータを襲う不快感をやわらげてくれているようだった。


 フィエルは、エータに起きている不調の原因を察していた。

 そして、ポツリとつぶやく。


「エータ、お前は頑張りすぎだ」


「えっ?」


 フィエルは優しくエータの頭を撫でる。


「エルフの事も、ブバスティスの事も、私のことも……お前は本当にムチャばかりする。頑張りすぎなんだよ」


 唐突なフィエルの言葉に動揺するエータ。


「いや、いやいや。俺はなにも。ムチャすることしか出来ないから⋯⋯。頑張ったって言っても⋯⋯結局、守れなかったし」


 エータの脳裏によぎるダストンとギムリィ。


「責任を感じているのか?」


「⋯⋯もちろん」


 フィエルは「そうか」と、つぶやくと、エータの耳元に顔を近づけた。


「エータ、今だけはすべて忘れろ。甘えて良い」


 エータは恥ずかしくなり、慌てて顔をのけぞらせる。


「あ、甘えって⋯⋯」


 エータを見るフィエルは、まるで聖母のような眼差しをしていた。


 フィエルの美しい蒼い瞳から目が離せない。


 すべてを包み込んでくれるような、見透かして居るような、そんな彼女の瞳から。


「お、俺は⋯⋯」


 甘えて良いのだろうか。

 本音を言って良いのだろうか。

 弱いところや迷っているところを見せれば、自分を信じてくれている人たちを不安にさせるのでは無いか。


 エータの心の中で迷いがとびかう。


「エータ。君はいま、つまらない事を考えているな?」


 フィエルの手が、そっとエータの頬をなぞる。


「良いんだよ。いまは、いまだけは。私に聞かせてくれ。お前の弱いところを見せてくれ、エータ」


 その言葉に、エータは自分でも気付かないうちに涙をこぼしていた。


 責任という陰に隠れたエータの本心が、すこしずつ表へと顔をのぞかせる。


 それは、エータ自身も知らない『エータの傷付いた本心』だった。


「俺は⋯⋯そうか⋯⋯」


 フィエルは、震えるエータをギュッと抱きしめた。


 彼が無意識に感じていた心のダメージ。

 それを、フィエルは深く理解しているのだ。


「俺は、怖い。怖いんだ。そうだ、怖いんだ。俺の決断で誰かが死ぬのが怖い、俺を否定する人を受け止めるのが怖い、誰かを守るために誰かを殺すのが怖い⋯⋯」


 死んだダストンとギムリィの顔、傷付いた村人たちの姿、真っ直ぐに怒りをぶつけてくるノバナの顔、恐れおののく王国騎士団の顔。




 ――そして、初めて人間を殺した感触。




 それらが黒い塊となって、エータの心を(むしば)んでいたのだ。


「怖い、怖いんだフィエル」


 悪い夢から覚めた少年のように、はらはらと涙する。

 そんな彼を、フィエルは優しい笑顔で包み、涙をぬぐう。


「私は、君のすべてを肯定する」


 フィエルは子供をあやすように語りかける。


「君の意思も、君の決断も、君の覚悟も。君のすべてを肯定する。もし、君が何か選択を誤ったとしても、私はそれをも肯定しよう」


「フィエル⋯⋯う、嬉しいけどそれは⋯⋯」


「フフッ、良いじゃないか。殴ってでも止めてくれる人が居るだろう?」


 エータは、赤髪の少年の顔を思い浮かべた。


「⋯⋯うん、いる。居てくれてる」


 その言葉を聞き、フィエルはクスッと微笑んだ。


「な? だから、私は君のすべてを受け止めるよ。君の弱さも、すべて」


 ただでさえ美しいフィエルの顔が、さらに輝いて見える。

 高鳴る胸の鼓動。

 もう誤魔化すことは出来ない。



(俺はフィエルが⋯⋯)



 しかし、今はその時では無いだろう。

 理性を取り戻したエータは、顔を真っ赤にして目をそらした。


「フィエル⋯⋯。お、俺、女性経験少ないから⋯⋯。勘違いするから辞めてくれ」


 フィエルはクスリと笑い、エータに言う。


「前に、ドロシーから言われたんだ『フィエルは守られるより守りたいタイプ』だって。案外、その通りかも知れない」


「それって⋯⋯」


「フフッ⋯⋯さて、どういう意味だろうな」


 いたずらに笑うフィエルにいたたまれなくなったエータは、彼女に背を向け、ビートたちの後を追い始める。


「もう良いのか?」


 フィエルは問う。


「お、おー」


 エータはそっけなく返すが、その耳はさきっぽまで真っ赤である。

 かわいい彼に、フィエルは思わず笑ってしまった。


「なに笑ってんだよ! ほら、行くぞ!」


 フィエルは「そうだな」と、言って、手を後ろに組み、エータの後をついて行った。


(エータ⋯⋯私は君が⋯⋯)


 二人の想いは一つだったが、それを確かめ合うには大切なものが傷つきすぎた。


 今は成すべき事を成す時。


 二人は村人が待つ洞窟へと向かう。


 エータがさきほどまで感じていた頭痛、心を圧迫する黒いモヤは無くなり、彼の心身は浄化魔法をかけられたように澄んでいた。


(弱さも肯定する⋯⋯か)


 胸から熱いものが込み上げてくる。


(バスティ様、待っててください。俺はかならずこの世界を⋯⋯)


 エータは、力強くその一歩を踏みだした。

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