第089話〜皇帝〜
ブバスティス村を占領し、逃げた村人を追っていた王国騎士団のしたっぱたち。
やたらと強い忍び装束の男に邪魔され、一人も捕まえることが出来なかった彼らは「きっとシルドル副隊長にどやされる」と、肩をおとし、村へと戻って来た。
「あれ? 見張りのヤツどこ行った?」
「さぁ。アレじゃないか? 捕虜になった栗色の髪の⋯⋯」
「あ〜、お楽しみ中ってワケね。はぁ⋯⋯良いなぁ。俺たちに回ってくる頃にはガバガバだぜ?」
「あんな上玉、抱けるだけでもヨシとしようや。こんな未開の地まで来て、本当に人が居るなんて思わなかったし」
「そーだなぁ、最後に寄った村から三ヶ月だからな⋯⋯。へへっ! 俺、何発出るかわかんねぇや」
「ははっ、今夜はあの娘、休むヒマも無いだろうな」
そんな話をしながら歩いていた、その時だった。
――炎獄之檻――
突然、大きな炎の輪が騎士たちをぐるりと包む。
「なんだ!?」
「火炎操作か!」
「おい、魔道士、早く対応を!」
100人近く居る下っ端たちは、ほとんどが無職。
その中でも、一番レベルの高い魔道士が、氷結操作で炎を消そうとする。
――しかし、それは突然現れた。
「身体強化ってこんな感じなのか」
いつの間にやら、黒髪の少年が炎の輪の中にいる。
「な、なんだ貴様は!? この村の者か!?」
騎士たちは剣と盾を構えて黒髪の少年、エータに問う。
「俺はこの村の村長⋯⋯いや、皇帝をしている者だ」
「皇帝?」
突然現れた少年の妄言。
騎士たちの間で笑いが起きる。
「こんな小さな集落で皇帝とは⋯⋯」
「まぁ、予想外に文明レベルが高くて驚いたがな」
「お前は魔道士か? 早くこの炎を消せ」
「怪我する前に投降しろ。こっちはハロルド様の加護が付いてんだ」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる騎士団にイラついたエータは、ふぅとため息をつき、静かにこう言った。
「⋯⋯頭が高ぇ」
エータは、アイテムボックスから3メートルを超える巨大な鉄塊を取り出す。
そして、見様見真似で『彼』のアーツドライブを放つ準備に入る。
誰よりも熱く、誰よりも優しい。
ブバスティスの守護神。
彼の、あのアーツドライブを。
エータは丸太ほどある円柱の鉄塊を、四番バッターよろしくなフォームで構えた。
「今、アイツどこから出した?」
「お、おい。あの構えってもしかして⋯⋯」
「鉄⋯⋯か? アレ」
「どうせハッタリだろ?」
さわぎたつ騎士たちをよそに、エータは鋭い眼光で集中力を高めている。
少しずつ光り始める身体。
隆起する筋肉。
力を貸してくれ。
「行こう、ダストン」
――凱竜天――
フルスイングされた丸太のような鉄塊から、龍の形をしたマナの塊が放出される。
それは、騎士たちを爆風に巻きこみ、鎧をきた彼らを軽々と吹き飛ばした。
そのまま質量のある炎の壁に激突した騎士たちは、血反吐を吐き、身を焼かれ、苦痛にもだえ苦しむ。
「がはっ!!」
「くそぉ生きてるかお前ら!」
「あ、あれは英雄ダストンの⋯⋯」
プリース王国で、もはや神格化されつつある重騎士と鈍器特攻。
そこに身体強化のアーツが揃って初めて使える奥義『凱竜天』。
王国を裏切った『堕ちた英雄ダストン』が使っていたアーツドライブを、成人しているかどうかもわからないガキが使っている。なぜ?
動揺する騎士を後目に、エータは身体にマナを込め、身体強化を全開にした。
先頭に立っていた騎士の腹部を思いきり蹴ると、それはトマトを潰したような音をたてながら時速百五十キロはあろう速度で吹き飛ぶ。
そして、そのまま木に激突し「ふぎゅっ」という声と共にぐったりと頭を垂れた。
鉱石で作られた鎧には、くっきりと足跡が付いている。
「ば、バケモノだ⋯⋯」
騎士の一人が武器を構えながらガタガタと震えている。
「おい! 無職じゃかなわねぇ! 職業持ちのヤツら! 早くなんとかしプギュ!」
うるさく喚く騎士を、エータは高速で近づき、鉄塊を叩きつけて潰す。
およそ人間が扱えるような物ではないソレを、エータは片手で持ち上げながらブンと振り払う。
すると、騎士たちの顔にベチャリと何かが飛来した。
状況をまだ理解できていない騎士が、その頬についた物を指でなぞると、先ほどまで『人間だった』肉のカケラが指の隙間からズルりと落ちた。
「コヒュー⋯⋯コヒュー⋯⋯」
騎士たちは呼吸を荒らげ、ガチガチと歯を鳴らしながら、地面にべチャリと落ちた肉を見ている。
そして、堰を切ったように一斉に発狂した。
「うわぁぁぁあああ!!」
「逃げろぉぉ!!!」
「た、助けてくれぇぇ!!」
阿鼻叫喚。地獄絵図。
狂ったように逃げまどう人の群れの中に、エータは無慈悲に鉄塊を構える。
「お前たちだけは絶対に許さねぇ」
激しい光がエータの身体を包み始めた。
その光は、バチバチと電気のような物を含みながら弾けている。
どうやら、超高圧縮されたマナが、エータの身体の中で無限の螺旋を描き、流れているようだ。
エータの感情は、自らでも制御できない程に昂っている。
なぜなら、彼の脳裏には、殺されたダストンやギムリィ。傷だらけにされたドロシーの顔が浮かんでいたからだ。
「うおおおおぉぉぉ!!!!」
怒りのままに吠えるエータの周りは、土煙が立つほどに振動。
目から真っ赤な光が漏れ、その姿はまさに『魔王』と呼ぶに相応しい風貌である。
エータは全身全霊を込め、身体強化で肉体を限界まで強化し、今できる最大のマナ、最大のパワーで、武芸術疾走を放った。
「消え失せろ!!!」
――凱竜天成――
大地を揺るがすほどの衝撃と共に放たれたマナは、体高5メートル、全長50メートルの超巨大な龍となり、地面をえぐり、騎士たちをその大きな口の中へと閉じ込めながら、南の山へと進んでいく。
数え切れないほどの悲痛なさけび声と共に、大爆発を起こしながら山に激突するエネルギーの塊。
まるで隕石が落ちたかのようなクレーターが出来、山は耐えきれず地すべりを起こした。
木々が宙を舞い、鳥や小動物たちが逃げまどっている。
亡きダストンの怒りに押しつぶされた騎士たちは、塵一つ残さず、文字通りこの世界から『消滅』した。