第087話〜地獄の門が開かれた〜
「ビートぉぉー!!」
その声に、ビートは身体をバチバチと輝かせ、背中に真っ赤な円環を作りだした。
(なんだ⋯⋯!? ビートの背中になにか⋯⋯)
エータがそう思った、次の瞬間。
――牙狼穿――
背中のマナの輪が高速回転したかと思うと、ビートのアーツドライブと共にそれは弾けた。
身体中のマナを一気に解放したのか、その場に倒れ込むビート。即座にマナを供給するフィエル。
ビートの放った矢はブライの屋敷、上半分を吹き飛ばし、奥の集会所を爆発させてようやく止まった。
ドロシーを楽しもうとしていた男は、いきなり無くなった天井に動揺しているようだ。
ビートと同じく、堪忍袋の緒がキレていたエータは、迷うことなくすぐさま行動へ移る。
「フィエル! 俺の補助も頼む!!」
「わかった!!」
フィエルはビートを回復しつつ、指先にマナを込めた。
エータの足に風のブーツが現れる。
そのままエータは村の方へと大きくジャンプし、右手をかざした。
「もうお前らを人とは思わねぇ、アイテムボックス!!」
その声を皮切りに、半径2.5キロメートルのブバスティス村は、半壊したブライの屋敷のみを残し、地面ごと大きくえぐり取られ『収納』された。
いきなり地面が消失したプリース王国の騎士団たちは、なすすべ無く奈落の底へと落ちていく。
――うわぁぁぁぁぁあ!!
トマトを潰したような音が、村中に響いた。
「なんだ!? なにが起きている!!」
ブライの屋敷から、汚い半裸の中年男性が現れる。
彼は屋敷の外に広がっている大穴を、おそるおそるのぞいた。
プリース王国の騎士たちは、20メートル近い高さから落ち、手のひらで潰された虫のようにその身体を破裂させ、絶命している。
まるで、地獄の門が開いたようだ。
「これは⋯⋯」
男が穴の下の惨状を見ていると、今そこにあったはずの大穴が急に消え、『村そのもの』が完全に戻ってきた。
しかしそこに、先ほどまで居た男の仲間たちは一人も居ない。
「幻術か⋯⋯? こ、これは狸人の幻術だな!?」
男は急いで部屋に戻り、ガチャガチャと防具を装着している。
「よぉ、随分と楽しそうだったな」
その声に男が振り向くと、見た事のない衣服を来た黒髪の少年⋯⋯エータが立っていた。
その後ろから、風のブーツを纏ったフィエルとビートも続く。
「あなたたち!!」
ドロシーは三人の姿を見て、一瞬喜んだような表情を見せたが、すぐに自分があられもない姿になっている事に気付き、ベッドの上から毛布を取り、纏った。
「お、お前らがやったのか! そっちの女はエルフだな!?」
「あぁ、だからどうした」
ドロシーの姿を見たフィエルの目は完全にすわっており、男をいつでも殺せるようにレイピアの切っ先を向けている。
「狸人かと思ったが、なるほどこれはエルフの術だな!? 俺を騙そうったってそうはいかないぞ! おい、お前ら集まれ!! 侵入者だ!!」
――宝刀風――
風の刃が男へと飛んでいく。
――防護――
突如、男の身体に透明なシールドが現れ、フィエルの刃をすべて弾いた。
「ハハハッ! 無駄だ! このシルドル様に、そんな攻撃は効かねぇ!! 俺はあの伝説の英雄ダストンと同じ重騎士だ! 身体強化と防護でどんな攻撃も通さねぇぞ! 下等種族め!!」
フィエルは心底めんどくさそうに舌打ちをした。
「親父と同じだと⋯⋯?」
男の言葉にビートが反応した。
「親父⋯⋯?」
シルドルと名乗った男は、足先から舐めるようにビートを見る。
「お前、ダストンの子供か!? えらく若ぇ子供だな! 年老いて騎士団を引退しても、アッチの方は現役だったってワケだ!」
シルドルはゲラゲラと不快な笑い声を響かせている。
その品性のかけらも無いシルドルに、ビートが弓を構えて近づいていく。
「お前なんかが親父と同じなワケねぇだろ」
完全に怒髪天に来ているビートは、とっくにマナの限界を超えているにも関わらず、力強く弓を引く。
その様子を見たシルドルは、ドロシーの長い髪を左手で引っ張り、盾にした。
「へへっ、コイツがどうなっても良いのか!?」
「ぐぅ⋯⋯ビート⋯⋯」
髪をひっぱられ、無理やり立ち上げられたドロシーは、身体に巻いていた毛布をはらりと落とす。
すると、引き裂かれたワンピースから、痛めつけられたであろう生傷の数々。
そして、穢らわしい白い液体が胸から流れ落ちるのが見えた。
――その直後、ドロシーの髪を掴んでいた男の左手は、弾けるような音と共に消えた。
「――――アッ!?」
何が起きたのかわからないシルドルは、血が吹き出す左手を抱えてのたうちまわっている。
「いだい! いだいぃぃ! なんでだぁぁ!」
駄々をこねる子供のように床を這う。
その右足を、甲冑の隙間を狙って無言で撃ち抜くビート。
「ぎゃぁぁぁぁー!!」
男のさらなる絶叫が辺りに響く。
「俺はバスティ様に選ばれたんだァァ! 最強のジョブに最強のアーツぅぅ!! 鉄壁の俺がどうしてぇぇ!!」
暴れる男の左足を撃ち抜くビート。
「アーツドライブ発動する前に攻撃すれば関係ねぇだろ」
そう言って、残った右手も破壊する。
「ウソだぁぁ! 弓なんか撃ってねぇだろお前ぇ!? そんなスピードで攻撃できるヤツなんかぁぁ!!」
どうやらシルドルは、マナすら使っていないビートの『攻撃』を、見ることすら出来ていないようだ。
これは、シルドルが特別弱いわけではない。
いまのビートが異常なのだ。
ビートは速射をやめ、明確な殺意をもって、シルドルの頭に狙いを定める。
――防護――
突如現れるシールド。
弾かれるビートの矢。
「ぐぅぅぅ⋯⋯俺に近づくなぁぁ!」
手足を撃ち抜かれ、ろくに立ち上がることも出来なくなった哀れな男は、倒れたまま叫ぶ。
そんなシルドルの頭を、正確に撃ち込んでいくビート。
「ひぃぃぃぃ!!」
一瞬でもアーツドライブを解いたら死ぬ。
その恐怖に、男の髪の毛がハラハラと抜けていく。
「ホントに硬ぇな、そのアーツ。でもよ、そのせいでどんくせぇんだよ、お前。せめて左手がイッちまった瞬間にアーツを使っとくんだったな」
ビートは、寸分たがわぬ軌道で矢を撃ち続ける。
何度も、何度も、何度も、何度も⋯⋯。
「ああぁぁぁ⋯⋯た、助けて、スピルド兄貴ィ!」
シルドルは、あまりの恐怖に床を黄色に染めた。
「ビート、このままじゃラチがあかない。俺がやる」
エータはそう言ってビートの肩を叩いた。
「⋯⋯コイツの汚ぇ顔も見飽きたしな」
ビートは弓を降ろす。
「お、俺の防護は最強なんだぁ⋯⋯誰も破ることは出来ねぇ⋯⋯。誰もォ⋯⋯」
半泣きでブツブツとなにかを言っているシルドル。
と、彼の床が円状に空いた。
「えっ?」
その穴は、どれほどの深さなのかわからないほどの暗闇に包まれている。
男は「嫌だァァァァ」と叫びながら、深く深く、仲間たちが眠る土の底へと落ちていった。
「アイテムボックス⋯⋯」
そして、エータはそっと地面を元に戻した。
もう戻らない時を嘆きながら。