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第086話〜ドロシー〜

 これは絵本のようなキレイな物語ではない。


 王都から逃げた両親に巻きこまれた。


 サイテーサイアクな私の物語。


 ――――――


 私の周りには、いつも『美』があふれていた。


 ママの作った服と、パパが切ってくれた髪。


 両親が『おきゃくさま』と呼ぶ人たちは、みんな美しい姿となって店を出る。


「パパ、おきゃくさま、きれーしたの?」


 私のパパ、ジョンは、さらりと流れる美しい前髪を手で撫でながらこたえる。


「あぁ、世界で一番ね」


 その優しい笑顔は、誰よりも気高く、カッコよく、パパは私の自慢だった。


「わたしも、せかいでいちばん、きれーして!」


「ドロシーちゅわんはもう世界で一番きれーきれーだよぉぉおおおぉおうっ!!」


 訂正。

 たまに、カッコよく無かった。


 ちいさな私を抱きかかえ、ほおずりをするパパ。


「ふーん、ジョン。私よりドロシーの方が良いのかい」


 美容室の奥にある仕立て屋のほうから、ママが壁にヒジをつき、私とパパをながめている。


「さ、サリバン!!」


 パパは私を胸に抱き、ママの方へと足早に向かう。


「そんなことないよぉ〜! ふ、二人とも僕の大事な世界一の家族なんだから〜!」


 パパは左腕に私を乗せて、右手でママのほおをなぞる。


「フフッ、あんたは本当に⋯⋯変わらないねぇ」


 ママはそっとパパに寄りそった。


「当たり前じゃないか、永遠を誓っただろう?」


 私の頭の上で、ちゅっちゅっと音がする。

 きっとチューだ!


「パパ、ずるい! わたしも!」


「おぉー! ドロシーちゅわんもちゅー!!」


「はぁぁ⋯⋯まさかこんなに親バカになるとはね」


 ジョンとサリバンの『美用室』。

 王都パイナスに、自宅兼仕事場で、ちいさいながらも店を持つ。


 私たちのお城。

 私の大好きな居場所。


 「美容のことならカットもファッションもおまかせあれ」


 それが、服飾家(デザイナー)のママと、美容師(ヘアドレッサー)のパパの仕事。


「来た人を世界一美しく!」


 それが二人の誇り。


 ひっきりなしに来るおきゃくさまは、みな、二人の手によって『美しく』なって帰っていく。


「ありがとう、また来るわ」


「わぁ⋯⋯」


 私は、おきゃくさまが美しくなるのは『外見だけでは無い』と、幼いながらも感じていた。


 そして、そんなステキな魔法をかける二人を、心の底から尊敬していた。


 ――――――


 そんなある日⋯⋯。


「ドロシー⋯⋯良いかい? 街を出るまで声を出しちゃいけないよ?」


「んー? わかったー」


 寝ぼける私を抱いて、両親は店を飛びだした。

 最近、予約を取らなくなったのはこの日のためだろうか。


 街を出てしばらく進んだところに、長い銀髪の男の人と、鎧をきた大柄な男の人が待っていた。


「ジョン、サリバン、ありがとう」

「それでは、みなのところへ行こう」


 私は怖くなり、パパの胸に顔をうずめる。


「ねぇ、どこに行くの?」


 ジョンは優しくほほえみ。


「誰も悲しまなくて済むところだよ」


 と、こたえた。


 そっか。

 誰も悲しまなくて済むところ。


 きっと、前のおうちよりもきれーな場所なんだろうなぁ。


 ――――――


 私の予想はハズれ、道中は過酷を極めた。

 追ってくる甲冑(かっちゅう)をきた人々。

 昼夜を問わず襲いくるモンスター。


 やっと休めると思ったら、地図から村や町は消えていて、人々の営みが火薬と焼けた肉の匂いに塗り替えられていた。


 そんな場所から、使えそうな物をあさる。


「くっ⋯⋯ドロシー⋯⋯見ちゃダメだ」


 パパの手が私の視界をさえぎる。

 ボロボロになった家屋の下敷きにされた、なにかの肉が、パパの指の隙間から見えた。


 それがなんなのか、私は大きくなってから知った。


「パパ、服がドロドロになっちゃった」


「目的地についたら、ママに新しいのを作ってもらおうね」


 『美』に囲まれた生活から一変。

 私は『汚』にまみれた。


 ――――――


 目的地というには何もない、開けた神じゃらしの草原に出た。


「ドロシー、ついたよ」


「ここが、きれーなところ?」


「そうさ! 僕たちの新しい生活がはじまるんだ!」


 私は、王都のキラキラした生活を思い出し、駄々をこねた。


「やーーだーーー!! おうち帰るーー!!」


「ドロシーちゅわ〜ん! 泣かないで〜!」


「はぁ⋯⋯まぁ、そうなるよね」


 ママは頭を抱えた。


 そんな私のために、ママは『せめて着るものだけでも』と、ドレスのようなワンピースを作ってくれる。


 服がちいさくなる度に、すぐに、すぐに。


 村の人たちから頼まれた裁縫の仕事をしながら。


 使い慣れた道具を、騎士団に追われたときにすべて無くしたと言うのに。


 木を削った針で⋯⋯何着も、何着も。

 あのキレイな手を、ささくれでボロボロにしながら⋯⋯。


 ――――――


 私は、数年暮らす内に、新しい家にも慣れ、村の人たちが好きになっていた。


 ディアンヌはいつも瞑想(めいそう)という名の日向ぼっこをし、ケイミィはそこらのキノコを使って何かを作っている。


 ノバナは花を摘んで王冠をつくり、まだヨチヨチと歩くイーリンの頭に載せてほほえんでいる。


 ビートは、ダストンおじさんから追いまわされていて、たまに私にカエルなどを見せて驚かせてくる。


 キライ!


 ⋯⋯でも、好き。


 みんなが、大好き。


 ――――――


 何度目かの冬。

 元々、線の細いパパは日に日に弱っていくのがわかった。


 村の人たちはなぜか、冬になると減る。


 今度はパパの番?


 イヤだ!!


「パパ、早くよくなってね」


 すっかりとほおがコケたパパが、力強く私の手をにぎる。


「当たり前じゃないか! ドロシーちゅわんを置いていかないよ! すぐに良くなる!」


 その数日後、ブライとクルトとダストンがやってきて、パパを連れていった。


「治療に専念しなきゃならんさね」

「しばらく会えんが、我慢してくれ」

「すまない⋯⋯」


「やだー!! パパァー!!」


 もう九歳になろうというのに、私はちいさい子のように大声で泣いた。


 もう二度と会えないって、わかっていたから。


 ――――――


 どうしてこんな事になってしまったんだろう。


 いつまでも、あの王都で暮らしていれば、こんな事にはならなかった。


 パパ、ママ、なんで?


 なんで、私たちのお城を捨てたの!?


 なにが悪いの!?


 誰のせいなの!?


 ⋯⋯教えて。


 ⋯⋯⋯⋯教えてよぉ。


 ――――――


 冬が開けて、ママと一緒に外に出る。


 木々は新芽を萌やし、小鳥やちいさな虫が、生命の息吹を感じさせた。


 でも、パパは居ない。


「一人になりたい⋯⋯」


 私はママにそう告げて、村の中心にある木陰にうずくまった。


「パパ⋯⋯」


 すると、頭の上がガサガサと動き、ひょっこりとビートが現れた。


「泣いてんのか?」


「⋯⋯⋯⋯」


 私はサイアクな気分になった。

 いまは、誰にも会いたくない。

 特に、ビートはイヤだ。

 うるさくて、いじわるだ。

 きっと、また私をからかう。


 そんな予想と反して、私の頭を、あたたかい何かがなぞる。


「よしよし⋯⋯」


 あのビートが、私よりもちいさな手で撫でてくれた。


 ビートはなにも言わず、ただ隣に座って、頭を撫で続けてくれた。


 ――――――


 涙が止まったころ。

 私は、パパが居なくなってさみしい事。

 元の生活が恋しいことをビートに話した。


「うーん」


 うなるビート。

 私はなにを話しているのだろう。

 ビートはまだ子どもだ。

 わかるわけがない。


 私は、ビートに相談したことを後悔した。

 すると、


「お城に住みたいならさ、貴族と結婚すればいーんじゃね?」


「えっ?」


「ほら! 白馬の王子様ってあるじゃん? ドロシーが良い子にしてたらさ、きっと迎えに来るんじゃねーかな?」


 バカバカしい。

 そんなこと、本当に信じてるの?


 でも、貴族と結婚か。


 もし、私が貴族と結婚すればみんな助かる?


 ⋯⋯⋯⋯!


 そうだ! そうすれば良いんだ!!


「それ良いね! ありがとうビート!!」


 ビートはニカッと笑って、


「おう!」


 と、こたえた。


 ――――――


 それから私は、すぐにおーきゅーで本を扱ってたというブライの元へと走った。


「ブライー!!」


 ブライは、私の来訪にすこし気まずそうにし、でも、なぜこんなに元気になったのか不思議な様子だった。


「私に、貴族のまなー! おしえて!!」


 ――――――


 それからわたくしは、ブライに貴族としての立ち振る舞いや基礎的な勉学を教えてもらいました。


 貴族と結婚するなどと、夢物語も良いところですわね。


 でも、ブライはきっと、わたくしに生きる希望を持って欲しかったんだと思いますわ。


 そして、ブライ自身の(つぐな)いも、きっと⋯⋯。


 ブライの屋敷で学び始めてから、お母様から「その口調はどうにかならないの?」と、小言をいわれる事も多々ありましたけれど、


淑女(しゅくじょ)たるもの、言葉遣いには細心の注意を払うのですわ! お母様!」


 と、言ってから、何も言われなくなりましたわ。


 なにか変でしたかしら?


 ――――――


 わたくしが十歳になった頃。


 村には(つつ)ましくも(おごそ)かな神殿が出来ていましたわ。

 敬虔(けいけん)な信者がおおく、いの一番に建てたんですって。


「こんなもの、腹の足しにもなりませんわ」


 わたくしは納得いきませんでした。

 優先順位を間違えるからパ⋯⋯お父様は助からなかったのでは無くて?


(きっと、こんなわたくしにバスティ様はアーツなんか与えてくださらないでしょうね)


 そう思いながら、同年代の女の子、ディアンヌと共に神託を受けました。


(こんなので本当に神託なんておりるのかしら。そもそも、本当に神様がいるなら、なぜお父様は死ななければならなかったんですの? おかしいですわ! バスティ様に感謝と言っても、言葉が出てきません。なにもしていただいてはおりませんもの。わたくしが感謝したいのは⋯⋯)


 わたくしは、ボロボロの手をさすりながら、それでもなお、わたくしのために服を作ってくださる、あの背中を思い浮かべましたわ。


(わたくしが求めているのは、貴族と結婚して、豊かな暮らしをすることですわ⋯⋯。愛してる方々と共に過ごせたとしても、豊かで無ければ心は(すさ)み、悲しみは産まれます。わたくしは、ただ生きれば良いとは到底思えません。みんなと、幸せになりたい⋯⋯)


 その時、ディアンヌと一緒にわたくしの身体が光に包まれましたの。


「まさか二人とも神託を得るなんてね」


 神官(プリースト)の代わりに、儀式を請け負っていたブライが、驚いていましたわ。


「それで、バスティ様はなんと?」


「人々の心の豊かさを願い、繁栄のための自己犠牲を(いと)わない魂に祝福を。民の心を救うしなやかさと、人々を魅了してやまない苛烈(かれつ)さをあなたに⋯⋯【踊子(ダンサー)】、【身体強化(ブースト)】、【魅了(チャーム)】を授かりましたわ」


 ――――――


 それから数年が経って、ビートも神託を得ましたわ。


 彼は冬が近くなると、なにかに(おび)えるように山へ出かけ、ホッと肩を撫で下ろすように帰ってきます。


 毎日、毎日⋯⋯。


 それが、モンスターのせいでは無いとわかってから、わたくしは彼がどうしてもほうっておけなくなりました。


(いつか、わたくしが北のプリースか、南のジーニアスに行けるようになれば、貴族様と結婚して、ビートに怖い想いをさせずに済むかも知れませんわね)


 ――ズキッ⋯⋯。


 あら?

 どうしたのかしら。


 貴族様との結婚を思い浮かべると、胸がチクりとしますわ。


 ――――――


 そして今、私は本当に(けが)されようとしてる。


 いや、もう(けが)されてしまった。


 臭くて、汚くて、不快で⋯⋯。



 かなしい。



 きっともう、誰も私を愛してはくれない。


 こんなに汚れた私。


 ママに叱られちゃうかな。


 パパにもうキスをして貰えないかな。


 こんな事なら


 もっと早く自分の気持ちに気付けば良かった。


 素直になれば良かった。


 せめて、あなたに私の初めてを捧げたかった。


 ⋯⋯キレイなままで、居たかった。


 あなたに、会いたい。




 ――会いたいよ。




「ビートぉぉーー!!」


 ドロシーが叫んだ瞬間。


「ガォン!!!!」


 という音と共に、頭上の屋根が吹き飛んだ。


 そして、高速で飛来した『なにか』は、勢いを弱めることなく、集会所に着弾し、大爆発をおこした。

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