第084話〜友達〜
クルト、ブライ、シロウから詳しい話を聞き、状況を確認するエータ達。
テーブルを取り出し、その上に地図を置いて、みんなで囲っている。
イーリンとビートはまだ話し合いが出来る状態ではない。
心苦しいがそっとしておいた。
――――――
「ドロシーが捕まってる!?」
「あぁ⋯⋯このままじゃ私たちが逃げきれないと判断して、自分から⋯⋯」
エータの問いにブライが気まずそうにこたえる。
「ドロシーならやりかねんな⋯⋯」
フィエルは、自分から人質になりに行くドロシーの姿を容易に思い浮かべていた。
クルトは地図上にあるブライの屋敷をさす。
「囚われているのはたぶんココさね。ここなら、集会場も近い。今ごろ、制圧した村の物資を品定めしているだろうからね。それに⋯⋯」
なにかを言いかけたクルトだったが、グッと飲み込んだ。
「とにかく、急いだ方が良いさね。王国の貴重な労働力になるとは言え、ドロシーの事だ⋯⋯。不興を買って、いつ殺されるかわからん」
確かに⋯⋯。
ドロシーなら、騎士団に説教の一つでもして暴力を振るわれてもおかしくない。
それがただの暴力ならまだ良い。
最悪、生命を脅かされている可能性も⋯⋯。
すぐにドロシー奪還の準備を始めなくてはならない。
エータは動いた。
「行くのは俺とフィエルとビートの三人だ。残りの人たちは、この洞窟の護衛にまわってくれ」
一同は目を丸くしてエータを見ている。
あまりにも無謀な作戦。
一体なにを考えているのか、見かねたブライが口をはさんだ。
「エータ、責任を感じているのはわかる。だが、無茶だ。そもそも私は、ドロシーはもう見捨てるべきだと思っている。村人全員を救うにはそれしかない、相手は何百人も居るんだ。⋯⋯今すぐ南のジーニアス魔道国の方へ逃げれば、ヤツらは追いかけて来られない。国境付近で戦闘があれば、ジーニアス魔道国も黙ってないはずだからね」
その言葉にエータは顔を左右に振り、答えた。
「村もドロシーも、必ず取り返す。勝算があるんだ」
「エータ⋯⋯君は⋯⋯」
感情的になっていると思われたエータの目には、怒りに任せた無謀も、アイテムボックスを過信した驕りも無かった。
それを感じ取ったブライ。
「信じて⋯⋯良いんだね?」
ブライは、エータの目を真っ直ぐ見て問う。
エータは力強く「あぁ」と、答え、フィエルとビートを連れていこうと踵を返した。
「フィエル、ビート。着いてきてくれ」
「わかった。さぁ、ビートも⋯⋯」
フィエルが声をかけたが、ビートはこちらに目も向けず、ダストンの亡骸の前で、ただ、あぐらをかいている。
「ビート、ドロシーが危ないんだ」
エータは優しくビートに語りかける。
「⋯⋯どうせもう手遅れだよ」
いつものビートらしからぬその言葉に、驚く一同。
フィエルが「おい、ビート」と、たしなめようとした時、エータがビートの元へと歩み寄る。
「ドロシーなら絶対大丈夫だ。まだ間に合う」
エータがビートを起き上がらせようと腕を引っ張った。
しかし、それを払いのけるビート。
「間に合わねぇよ」
ぽたぽたと、水の落ちる音が聞こえる。
「⋯⋯間に合わなかったじゃねぇか」
エータは、ダストンの亡骸に視線を落とした。
それは、冷たく、なにも言わない。
暖かい太陽のような声と表情が、脳裏に浮かぶ。
ビートの深い哀しみは、どれほどの物なのだろう。
――ズキッ⋯⋯。
思わず涙をこぼしそうになるエータだったが、それを我慢して、また彼を起こそうとする。
「こうしてる時間も惜しいんだよ、早く行くぞ」
「うるせぇな⋯⋯行かねぇって言ってんだろ!!」
「いい加減にしろよ! 甘えてんじゃねぇぞ!!」
段々とヒートアップする二人。
洞窟の中でひびく口喧嘩。
「お、おい⋯⋯お前たち⋯⋯」
二人の元へ向かおうとするフィエルを、ブライが止める。
「⋯⋯もう少し様子を見よう」
クルトは冷や汗をかきながら、
「大丈夫なのかい?」
と、ブライに問う。
「きっと大丈夫です。彼らなら⋯⋯」
周りに見守られながら、ひとしきり問答をした後、エータはふぅーと息を整えた。
そして、
「みんな、絶対に手ぇ出さないでくれ」
と、告げた。
一同が「エータ、なにを⋯⋯」と聞く間もなく。
エータは強引にビートの身体を起こし、拳を振りあげ、涙のあとがのこる彼の顔面を思いきり殴り飛ばした。
「きゃっ!!」
「エータ!!」
「⋯⋯⋯⋯!」
突然のことに驚く面々。
二、三歩あとずさりをするビート。
口を切り、血を流しながらエータをにらんでいる。
「てめぇ⋯⋯やったなコノヤロー!!」
ビートは怒りのままにエータの顔面を殴りつけた。
それは、ブバスティス最強クラスの筋力から繰り出される拳。
「ぐっ!! がはっ!!!!」
――エータの身体は宙を舞い、洞窟の壁がパラパラとこぼれるほどに叩きつけられた。
思わず目をそらすディアンヌ。
慌てるクルト。
ダメージの差は、誰が見ても明らかである。
ハッと我に帰ったビートは、自分のやった事の重大さに気付いた。
「え、エータ⋯⋯ごめん⋯⋯」
と、彼は呟く。
しかし、エータはフラフラと立ち上がり、闘志の炎をその目に宿した。
「ビートぉ! 歯ァ食いしばれ!!」
またしてもビートに殴りかかる。
まさか、まだ来るとは思っていなかったビートは呆気に取られ、再度、顔面にパンチを貰ってしまう。
どさりと地面に倒れ込むビート。
「いってぇ⋯⋯」
そう言ってエータを見ると、彼は顔の半分がパンパンに腫れ上がっていた。
「エータお前! そ、その顔⋯⋯」
ほおの骨が折れている可能性がある。
だが、それでもエータは向かってくる。
「おい、やめろって!!」
止めようとするビートだが、それを無視し、上から殴りつけてくるエータ。
毎日の訓練と、何度か死線をこえてステータスが上がっている分、いまのエータは農家程度には筋力がある。
「痛ぇって!!」
たまらず腹部へと蹴りを入れるビート。
本気を出したら殺してしまうかも知れないとセーブされたキックだったが、それでもエータにとっては自動車に衝突したようなインパクトである。
ぐぅぅっ!と、苦痛の声をあげ、勢いよく壁にぶつかるエータ。
「なんなんだよ! もうやめろよ!!」
ビートの声もむなしく、またもエータは立ち上がり、何度でも向かってくる。
「まだだ⋯⋯」
その目は、闘志こそ籠っているものの、焦点が合っておらず、危険なほどにHPが減っているのは誰の目から見ても明らかだった。
「と、止めましょう!!」
「あぁ! これ以上は危険だ!!」
と、フィエルとディアンヌが行こうとするのを、シロウとブライが制止する。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その顔は、二人を信じて待てと言いたげであった。
訳が分からないまま、エータとビートの方へと視線を向けるフィエルとディアンヌ。
ビートは完全にエータの気迫に押されていた。
何度突き放そうと、何度痛めつけようと。
エータは向かってくる。
「なんだよ⋯⋯なんでだよ! なんで向かってくんだよ!! そっとしといてくれよ!! 親父のために⋯⋯ゆっくり悲しむ時間くらいくれても良いだろ!!」
いつもブバスティスの人たちに、笑顔と勇気を与えてくれる小さな英雄は、こんなにも打ちのめされて居る。
「お前、死んじまうってエータ⋯⋯もう向かってくんなよ!!」
なおも殴りかかってくるエータに、ビートは目をつむり、涙を流しながら拳を突き出す。
それをエータは、額で受け止めた。
――ゴッ!!!!
重く、鈍い、痛々しい音が洞窟内に響く。
「頼むから⋯⋯もう、やめてくれ⋯⋯」
ビートの悲痛な願いに、それでもひるむことなく。
割れた額から血を流し、エータはギョロりとビートをにらみつけた。
「ダメだ⋯⋯」
エータは小さな声で言った。
ビートは血でぬれた拳をゆっくりと降ろす。
「俺にしか、無理だからか⋯⋯? 俺が探知を持ってるからか? この村で、一番つえぇからか⋯⋯?」
ビートは、自分に力があるからエータが頼らざるを得ないのかと、そう思い始めていた。
しかし、エータは顔を横に振る。
「そんなんじゃねぇ⋯⋯ただ⋯⋯」
エータは、ビートの目を真っ直ぐ見て言った。
「ここでお前を置いてったら、お前は絶対に後悔しちまう。だから置いていけねぇ。それだけだ」
「俺が⋯⋯後悔?」
「そうだ、お前は優しいから⋯⋯誰よりも⋯⋯」
エータは口の中の血を吐き出しながら言う。
「ドロシーが無事だろうがなんだろうが関係ねぇ。いまお前を置いて行ったら、お前は必ず後悔する。なんであの時、助けに行かなかったんだって⋯⋯。俺にはわかんだよ」
その言葉に、二人の行方を見守っていたブライが大粒の涙を流した。
(エータ。君ってヤツは⋯⋯)
今にも倒れそうなエータは、足に力を入れ直して続ける。
「そして、お前は⋯⋯。いつか、ダストンを想うその優しい気持ちまで否定するようになるんだ。『俺が親父を優先したせいで』って」
エータは優しくほほえんだ。
その目から、愛する父を亡くした彼の心を想い、涙という名の感情があふれてくる。
「わかるんだよビート、俺には⋯⋯」
周りに居る全員が、固唾を飲んで二人の行方を見守っている。
「俺は、お前にそんな想いはさせたくねぇ。そんなお前を見たくねぇ。⋯⋯だって!!」
エータは思いきり、息を吸い込んで叫んだ。
「お前は俺の、友達だから!!」
「――――っ!!」
――友達。
その言葉に、ビートはエータと出会ってからのこの一年間を思い出していた。
――――――
そうだ、そうだった。
いつだってエータは全力だった。
無職で弱いくせに最前線に行こうとする。
何も知らないに亜人種を命がけで助けようとする。
歳がふた周りも違うのに、ビートと一緒にバカばっかりする。
どんなに罵声を浴びせられても、どんなに無謀なことでも、諦めない。
メチャクチャである。
でもビートは、そんなエータが好きだった。
彼らは根っこが同じなのだ。
志が、理念が、魂が⋯⋯。
だから、力になってやりたいとビートは思うのだ。
正直なところ、ビートはまだ亜人や使徒について、まだピンと来ていない。
しかし、これだけは分かる。
エータは、信じるに値する男だと。
――友達だと。
そんなエータが、来いと言っている。
いま来ないと後悔すると。
――――――
ビートの瞳に光が灯った。
「すまねぇ、エータ。目が覚めた」
ビートは拳をほどき、エータに右手を差し出した。
「そうだ、そうだよな。ドロシーを助けに行かなかったら、親父に怒られちまう」
二人は固く、握手を交わすように手を取った。
そして、緊張の糸が切れたのか、ビートに寄りかかるエータ。
一角牛鬼の戦闘後だ。
HPの限界はとうに超えている。
彼は精神力のみで立っていた。
「お前が間違えそうな時は、また殴って止めてやる」
「じゃあ、俺もエータが変になったらぶん殴るわ」
「手加減しろよ、お前のパンチはマジで死ぬから」
そう言って、二人は抱き合ったまま笑った。
「不器用だな、本当に」
二人を見て、フィエルは涙をぬぐいながらつぶやいた。
「はぁ⋯⋯見てるこっちはヒヤヒヤするさね」
クルトはボヤきながらも、その目には涙が浮かんでいる。
「二人の絆はホンモノだ⋯⋯。きっとこれからも、どんな困難も乗り越えられるだろう」
(年齢も、住む世界も、なにもかも違う二人だが⋯⋯きっと、似た者同士なんだろう。私たちの理解も追いつかないほど、もっともっと、深いところで⋯⋯)
生きてきた時間が違おうと。
ステータスや戦闘力が違おうと。
どちらかを見下すことなく。
対等に笑い合い、手を取りあってきた二人。
その心には、確かに共通の光がある。