第082話〜絶望〜
クロウガが空へと舞い上がり、村を見る。
そこには、黒煙がいくつも上がり見るも無惨なブバスティスの姿があった。
「なんという事だ⋯⋯」
外壁にはプリース王国の旗がぐるりと立てられており『すでに村は占領されている』と、その旗が物語っている。
――クロウガの報告を聞き、絶望するエータ一行。
「このまま村に進むのは危険か⋯⋯」
そう思っていた時だった。
「エータ殿!!」
セツナだ。
どうやら、空に上がったクロウガを視認し、ここまで来たらしい。
「ここにおりましたか! ブバスティスの村人はシロウ殿の手引きにより、西の山に集まっております! 急ぎ合流を!」
「セツナ!! 良かった!! みんな無事だったのか!」
「そ、それは⋯⋯」
セツナは難しい顔をしている。そして、
「その話は集まってからの方がよろしいかと⋯⋯とりあえずこちらへ」
と、誘導を始めたのだった。
――――――
セツナに案内されるまま、西の山へ向かう面々。
草木で隠された道を通ると、山の壁面に大きな洞窟があった。
そこには、命からがら逃げてきたであろうブバスティスの村人が、涙を流し、互いを励まし合いながら小さく固まっている。
そんな中、ビートが一人ひとりに声をかけ、肩を落とす村人を励ましてまわっていた。
「ビート! 良かった、ここに居たのか!」
「あぁ、途中でシロウと会ってな、ここに誘導されたんだ。どうやら、山に散ったみんなを集めてくれてるらしい」
そんな話をしていると、ギノーが洞窟の中で横になっているサクべを見つけて走り出した。
「サクべ!! 良かった、オラ⋯⋯お前が捕まっちまったのかと⋯⋯」
ギノーを見たサクべは一瞬安堵したような顔を見せたが、すぐにその顔は崩れ、涙を浮かべた。
「あんたぁ⋯⋯ごめんよぉ⋯⋯。赤ちゃんが⋯⋯赤ちゃんが⋯⋯」
起き上がろうとするサクべを、ギノーは優しく寝かしつつ「無理すんな。どしたんだ⋯⋯サクべ⋯⋯?」と聞く。
「赤ちゃんが、動いて無いんだ⋯⋯。もしかしたら、もう⋯⋯」
ギノーはまさかと大きく目を見開き、すぐさまサクべのお腹を触る。
今朝まで元気にサクべのお腹を蹴っていた我が子は、しんと静まり、その命の鼓動が聞こえない。
「ごめんね、あんたぁ⋯⋯ごめんね⋯⋯」
と、泣きながら謝るサクべの手を、ギノーは優しく握る。
「お前だけでも無事で良かった。そう思おう⋯⋯な、サクべ。オラはお前が生きていてくれて嬉しい⋯⋯」
それは、ただでさえ心身共に限界のサクべにもう負担はかけまいと、ギノーがひねり出した精一杯の優しさであった。
だが、ギノーの目からあふれる涙は止まってくれない。
悔しい、悲しい、そんな思いが次から次へと涙になって止まらない。
これ以上、妻に心労をかけたくないのに⋯⋯。
不器用で優しいギノーの姿を見て、サクべは思わず大声で泣いた。
「なんで⋯⋯なんでこんな事に⋯⋯」
エータは、無力感に押しつぶされそうになっていた。
「エータ殿!」
洞窟の外から声が聞こえる。それは、はぐれた村人を救助して帰ってきたシロウだった。
「遅くなってすまない。お主たちが一角牛鬼の討伐に向かったと聞いたのでな。ジーニアス魔道国からすぐブバスティスに来たのだが⋯⋯」
シロウは固く目をつむった。そして、
「かたじけない⋯⋯拙者の力では、守りきれなかった」
そう言って頭を下げた。
エータが言葉を無くしていると、洞窟の壁に腰掛けていたポピーが口を開いた。
「あんたが居なかったら、私たち全員、王国騎士団に捕まってたか、山のケモノに喰われてたよ⋯⋯。感謝してるよシロウさん」
その言葉に、シロウは首を左右に振り、うつむいた。
シロウは「もっと早く到着していれば」と責任を感じているようだ。
そんな彼にエータは、
「ありがとう、シロウさん。本当にありがとう」
と、彼の手を握って感謝を述べた。
「エータ!!」
洞窟の奥から、髪を乱したブライが走ってくる。
「良かった! 無事だったんだね! エルフ達が居るという事は一角牛鬼は⋯⋯」
「なんとか倒せたよ」
エータは小さく答える。
「疲れているところ悪いのだが、奥で話がしたい、来てくれるかな?」
「わかった」
エータは、村人たちの衣服に着いた血や泥をアイテムボックスで収納し、飲み水と食料を取り出した。
そして、すこし不安だったがエルフ達を残し、主戦力であるビート、イーリン、ディアンヌ、フィエル、クロウガ、ライオ。
作戦立案役としてケイミィ。
ブバスティスの事情を把握しているであろうシロウを連れ、ブライと共に洞窟の奥へと進もうとした。
すると、ブライが突然立ち止まる。
「ビート、イーリン、君たちは入口で待ってなさい」
「は?」
「えっ、なんで?」
「これから大事な話をするから⋯⋯」
納得いかないと言った表情の二人。
「私、村で二番手の魔道士。何か作戦あるなら、私も聞かないと。ダメ!」
食い下がるイーリン。
ブライはそれでも二人を置いていきたいようだ。
「ブライ、ビートは私たちの特記戦力だし、今マナが残ってるのはイーリンだけだ。話があるなら二人を連れていかない訳には⋯⋯」
そんなフィエルの言葉に、ブライはしばらく考えて「わかった」と返事をし、案内を再開してくれた。
嫌な予感がする。
しかし、エータたちは歩みを止めるわけにはいかなかった。
――――――
洞窟の奥には松明が置いてあり、クルトが村の地図を見ながらうなっている。
「お母様! 無事だったのですね!」
ディアンヌがクルトに抱きつく。
「おぉ、ディアンヌ。なんとかね」
クルトはディアンヌの頭を優しく撫でる。
「大変なことになっちまったよ⋯⋯」
地図をなぞりながらクルトは言った。
「何百人居るかもわからないプリース王国の軍勢が、突然、北の山から襲ってきてね⋯⋯。バリスタやクロスボウで応戦したんだが、見えない壁に阻まれちまって⋯⋯」
「見えない壁?」
エータは首をかしげる。
「あぁ、十中八九、防護というアーツさね。味方にマナのシールドを付与するんさ」
「なんて厄介な⋯⋯」
「それで、ファイアボールや弓矢が飛んできて、あっという間に門が破られちまった。それから⋯⋯」
と、突然、言いよどむクルト。
「それから、どうしたんだ?」
ビートがクルトの顔を見て問う。
「そ、それから⋯⋯。ダストンやギムリィが防衛に来てくれたんだが⋯⋯」
クルトは、静かに洞窟の奥をゆびさした。
ビートが視線を向けると、そこには、顔に布をかけられた人が横たわっている。
「まさか⋯⋯」
エータ達の顔は見るみる青くなっていく。
ビートは無言でその人達の元へ向かい、布をゆっくりと取った。
「――――――っ!!」
そこには、絶望があった。
プリース王国に殺されたであろう、ダストンとギムリィの遺体があったのだ。
ダストンは祈るように手を組み、静かに目を閉じている。
その顔に生気は無く、彼の魂はもうこの世に居ないのだと主張していた。
「おばあちゃん⋯⋯?」
イーリンが杖を落とす。
そして、奥にあるケモノの皮を被った小さな遺体へと走り出した。
「うそ! うそ!! おばあちゃん!! おばあちゃん!! いや⋯⋯いやぁぁぁぁぁ!!!」
イーリンの絶叫のような鳴き声が洞窟内に響く。
あまりにもいたたまれない状況に、エータたちは思わず目を背けた。
ビートはその場に崩れ落ち、震える手でダストンの頬に触れている。
クルトは胸が押しつぶされそうになりながらも、話を続けた。
「アイツらの狙いは職業を持った人間みたいなんさ」
「どういう事ですか⋯⋯?」
「隊長みたいなヤツが叫んでたんだ⋯⋯『出来るだけ生け捕りにしろ』って⋯⋯。私たちが王国を出る頃、ジョブ持ちはすでに数百人に一人しか産まれなかったからね⋯⋯。きっと、いよいよ人手が足りなくなって、王国から逃げた私たちを連れ戻しに来たんさ」
「そんな⋯⋯そんな理由で⋯⋯」
信じられないと言った様子のエータに言葉をそえるブライ。
「エータ。君も見てきたと思うが、ジョブは強力だ。特に農家は一人居るだけで何百人分の食料に影響を与える⋯⋯。命がけで奪いに来てもおかしくない」
腕を組みながらブライは話を続ける。
「ハロルド王の職業は王。武芸術は富国強兵。国に生きるすべての国民のステータスを上昇させる、プリース姫を超える効果を持つ、特殊な受動武芸術だ。だから、ジョブ持ちが産まれなくてもしばらくは国営に問題は無いはず、そう思ってたんだが⋯⋯」
ブライは目を閉じながら言う。
「私の目測が甘かった⋯⋯。買いかぶり過ぎて居たんだ。まさか、こんなに早く奪いに来るなんて。しかも、最悪のタイミングで⋯⋯」
クルトはうつむきながらポツリと言葉を落とす。
「ハロルドの能力があるからこそ、戦闘職は邪魔なだけだったんだろうね。二人を殺すことになんの躊躇も無かった」
クルトは王宮から何十年と親交を深めてきたダストンとギムリィを想い、大粒の涙をこぼした。
「ダストンもギムリィも馬鹿さね、あれだけ逃げろと言ったのに⋯⋯。アーツドライブは⋯⋯もう撃つなと言ったのに⋯⋯うぅ⋯⋯あぁぁ⋯⋯」
両手を顔にあて、子供のように泣きじゃくるクルトを、ディアンヌが優しく抱きしめた。
「俺のせいだ⋯⋯」
数々の惨状を見て、エータは力なくつぶやく。
「俺が⋯⋯村を留守にしたから⋯⋯」
「それは違うぞエータ⋯⋯だってお前は⋯⋯」
フィエルが言いかけた、その時だった。
「エータ!!」
激しい怒りのこもった声がひびく。
それは、花飾りをどこかに落とし、命からがらで逃げたであろうノバナだった。
物凄い形相でエータの元へかけてくる。
「お前!! この責任をどう取るつもりだ!!」