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第081話〜人間の悪意〜

 ――ハイ・ジーニアス魔道国。マリュー・サイケゴゥル研究室。


 コクシ大陸・南西。ジーニアス魔道国のどこかにある、暗く、じめっとした地下室。


 培養液にひたされたモンスター、鎖で繋がれた武具、怪しげな薬の数々。


 その不気味な空間に似つかわしくない、小学生くらいの女の子が、実験のような物をしている。

 彼女は、ジーニアス魔道国の王女・マリュー・サイケゴゥル。


 そんな彼女の元に、一人の年老いた騎士が訪れる。


「マリュー様、急ぎ報告したい事が⋯⋯」


「なに〜? あーし、忙しいんだけど〜」


 研究衣に身を包み、ゴテゴテと手にネイルをつけ、つけまつ毛をクルンとさせたマリューは、幼さを残すちいさな手でフラスコをくるくると回し、ぶっきらぼうに答える。


「それが⋯⋯『単眼(モノキュラー)』の反応が消えておりまして、どうやら⋯⋯その⋯⋯。死んだ、ようなのです」


「⋯⋯は?」


 マリューは実験の手を止め、騎士の方を見る。


「ちょっと〜笑えない冗談やめてよ、ナクォ」


 ナクォと呼ばれた老年の騎士は、恐怖で額に汗をかきながらも報告を続ける。


「アイテム付与による経過を見ておりました、サムライオーガとオーガキングの反応も消えているとの報告が⋯⋯。調教師(テイマー)は、何者かが単眼(モノキュラー)達を根こそぎ倒したのでは無いか、と⋯⋯」


 マリューはテーブルを強く叩きながら叫ぶ。


「だ〜か〜ら〜。そんなの無理に決まってんじゃんって話ぃ。なに? エルフ達がいきなり覚醒でもしたの〜? それとも鬼の住処にはも〜っと怖いモンスターが居るのかな〜?」


 にらまれたナクォは「い、いえ」と言いながら固まっている。


(ありえないっしょ。あーしの実験体がやられるなんて)


 マリューは苛立っていた。

 ジーニアス魔道国の北の山に現れた瀕死の牛鬼。


 それを牛師(カウマスター)に屈服させることに成功した時のコーフンは今でも覚えている。


 何十年ぶりに胸が踊ったあの日。


 ――――――


 約一年前。

 コクシ歴2025年。春。


 研究室に届けられたボロボロの牛鬼の檻の前で、ぴょんぴょんとはしゃぐ女の子。

 マリュー。


「すっげ〜じゃん! 伝説のモンスターっしょコレ!? さっそく実験〜!!」


「おめでとうございます、マリュー様。魔法学の第一人者、イギル様が捕獲に成功したようですね。して、何から始められますか?」


 ナクォはぴしっと姿勢をただし、跳ねるマリューに問う。


「えっとねぇ〜。まずはずっと気になってた牛鬼の進化っしょ〜? はらみ袋の種類による『産まれてくるゴブリンの強さ』についてまとめたいし〜。あとは〜、ゴブリンを意図的に進化させられるかの実験と〜。共食いや同族殺しによるレベルアップは可能かどうかも調べたいな〜って!」


 子供のように無邪気に話すマリューに、心の底から恐怖しているナクォ。


 亜人種とは言え、同じ人類をモンスターの交配に使用するなど⋯⋯おぞましいにも程がある。


 しかし、それを悟られてはいけない。


 マリューの意思に少しでも反するような態度を取れば、たちまち実験体の仲間入りなのである。


「承知しました。では、奴隷の亜人種をいくつか御用意いたします。ここは贅沢に、職業(ジョブ)持ちや武芸術(アーツ)持ちも取り揃えるのはいかがでしょう」


 顔をひくつかせながら、必死に取り繕うナクォ。


 彼が産まれて五十年。

 見た目がずっと変わらないこのバケモノのお付をしているナクォだが、彼は不幸にも精神がまともに育ってしまった。


 そのせいで、心が休まった日は一日たりともない。


 自分も狂えてしまえば楽なのに。

 そう思わなかった日は無いのだ。


「良いねぇナクォっち〜! 魔道士(ウィザード)の親からは知力と魔力の高いゴブリンが産まれるのかな? ウェヒヒッ! 楽しみだねぇ〜」


 天使のような悪魔の笑顔を見せるマリュー。


 誰か、誰か助けてくれ。いや、誰かこの悪魔を殺してくれ。


 ナクォのそんな願いは、不気味な研究室に虚しく消えた。



 ――――――



 そんな楽しい楽しい一日を思い出し、さらに怒りが湧き上がってくるマリュー。

 足をトントンと鳴らし、さっさと報告を続けなさいと言いたげに、顎でナコォに指示をする。


「ジーニアス魔道国の密偵によりますと、鬼の住処方面にプリース王国の騎士が1000名ほど遠征に向かっておりまして⋯⋯その者達の仕業ではないかと⋯⋯」


 それを聞いて、マリューは納得したような表情を見せた。


「なるほどねぇ〜。あ〜ぁ、なんだってそんな場所に騎士が⋯⋯まぁ、それなら合点が行くよね〜。アイツらはハロルド王のアーツの恩恵を受けてるっしょ? 討伐できても不思議じゃないって話〜」


 マリューは、ぷくくと笑っている。


「くそ腹立つよね〜。人がせ〜っかく新しいエルフを調達しようとしてたのにさ〜」


 そういうと、マリューは研究室の奥にある、巨大な培養液がいつくも置かれた場所へと歩き出した。


「もうちょっとでオトモダチが増えたのにねぇ〜。ねぇ、シルフィ〜?」


 そこには、フィエルにそっくりな女性のエルフが、裸で培養液の中に浸かっていた。


 そして、その後ろにもおびただしい数の培養液が⋯⋯。


 ガラスの中で眠るように浮かぶエルフたちの姿が、そこにはあった。


「進歩に犠牲は付き物⋯⋯人類の夜明けの為に、働いてもらうよ〜? 亜人種くん」


 キャハハと狂ったように笑うマリューの後ろで、ナコォは顔を真っ青にしながら瞳を閉じていた。


(誰でも良い! この悪魔を殺してくれ!!)



 ――――――



 一角牛鬼との激戦を終えて、エータ達は回復と残党処理に追われた。


 コリル、ライオ、エータなど重症者が出たが、ディアンヌの治癒(ヒール)とケイミィのポーションで命に別状はない。


 散り散りになっていたエルフ達も、クロウガ隊、ライオ隊に助けられ、ケイミィの解毒薬により、10名の命を救うことが出来た。


 生き残ったエルフは計30名。犠牲者が多数出ていて、素直には喜べなかったが、全滅はどうにかまぬがれた。


 ほとんどの人員がマナ不足に(おちい)っており、残党狩りに苦労したが、アイテムボックスを無限に使えるエータと、エータの水によりマナの消費を抑えられているイーリンが中心となって、なんとかゴブリン達を山の奥へと追いやることに成功した。


「エルドラ様!!」

「里長!!」


 安全が確認できたエルフ達は、倒れているエルドラの周りに集まっている。


 ボルトルの蘇生により、エルドラは九死に一生を得たようだった。


 エルドラはゆっくりと目を動かし、エータの方を見る。


「エルフの里を代表して礼を言わせてください⋯⋯」


 身体にムチを打ち、上体を起こそうとするエルドラ。

 その姿を見て、エータは片膝をつき、エルドラのシワシワの手を優しく握る。


「ご無事で何よりです。さぁ、話は後にして、まずは俺たちの村まで行きましょう」


 そう言って、ブバスティスとエルフの一行は、村へと歩き始めたのである。


 やっと終わった、後は安全な村まで帰るだけだ。


 一同が胸をなでおろしていた。



 ――その道中のことだった。



「うわぁぁぁー!!」


 突如、聞こえる男性の悲鳴。


 仲間に肩を貸してもらっていたビートが素早く攻撃態勢に入り、探知(サーチ)を展開してビッと矢を射る。


 遠くにフォレストウルフの断末魔が聞こえ、見事、討伐したようだ。


「今の声って⋯⋯ギノーさん?」


 エータ達は急いで声の方へと走った。


 すると、草木の陰にボロボロのギノーが倒れていた。


「お、おめぇ達⋯⋯」


「ギノーさん!? なんでこんな所に!?」


 ギノーは鬼気迫る表情でエータの肩を掴み、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。


「む⋯⋯村が!! オラ達の村がプリース王国に襲われちまった!!」


「なっ⋯⋯!!」


 およそ信じられない報せに唖然(あぜん)とする一同。


 だが、ビートだけは木の上へと飛び移り、全速力で村へと向かい始めていた。


「ビートくん!!」


 ディアンヌの制止も聞かずに進むビート。


「俺達も行くぞ!!」


 エータ達は、状況を把握出来ないまま、村へと急いだ。

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