第080話〜エルフの痛みを思い知れ〜
「アイテムボックス!!」
エータは一角牛鬼の周りに、ドーム状の鉄を取り出し、その中に水を詰めた。
――氷河期――
イーリンはアーツドライブでドームを凍らせる。
普通のモンスターであればこれで終わりである。
しかし、一角牛鬼はこの程度で倒せるヤツではない。
鉄のドームがボコボコと変形するやいなや、一角牛鬼が登頂部を酸のような物で腐食させ、のそりと顔を出してきた。
「そこか!!」
ライオは氷をバキバキと破壊しながら脱出してくる一角牛鬼に狙いを定めた。
足にマナを込め、鉄のドームを駆け上がっていく。
一角牛鬼はそれに気付き、フィエルに破壊された右前脚を根元からブチリと引きちぎると、ライオへと投げつけた。
「しゃらくせぇ!!」
――山茶花――
と、ライオが自らの身長と同じほどの巨大な脚を、アーツドライブで弾き飛ばすと、目の前に一角牛鬼が!!
「なっ!!」
一角牛鬼は、自らの脚でライオの視界を防ぎ、一気に距離を詰めてきていたのだ!
それは、生粋のインファイターであるライオに対して『パワー負けしない』という、一角牛鬼の絶対的な自信。
体長十メートルの巨体に猛スピードで体当たりされるライオ。
そのまま噛みつかれ、ドームの下へと一角牛鬼と共に落ちていく。
「ぐぅぅぅ!!」
「ライオ!!」
――ドォォォンッ!
隕石が落ちたのかと思うほどの衝撃が辺りに響く。
エータ達は急いで落下地点へと急いだ。
エータは戦闘の邪魔になるであろう鉄のドームを左手をかざして収納し、土煙の中へと目を凝らす。
そこには、身体強化でなんとか耐え忍ぶライオに、今まさにトドメを刺さんとする一角牛鬼の姿があった。
一角牛鬼はライオにおおいかぶさり、大きなキバでライオの首元に噛み付いている。
そして、ライオの命を刈り取らんと鋭く禍々しい左脚を振り下ろす!
――狼牙――
高速で飛来した一本の矢が、一角牛鬼の左脚に深々と刺さる。
空を切り、地面へ突き刺さる左脚。
「へへっ⋯⋯あぶねー」
完全なマナ切れを起こしたビートは、木の上からふらりと落ちた。
それを、支援のために動き回っていたアナグマが、すんでのところでキャッチ!!
「さんきゅー」
そう言うと、ビートはそのまま気を失った。
ビートの最後の一矢により、一角牛鬼の攻撃は大きくそれて、ライオの命を奪うには至らなかった。
だが、まだ予断を許さない状況。
――愚者糸――
一角牛鬼はマナを消費し、ライオの身体に思い切り毒の糸を吐き出す。
そして、そのまま噛み砕こうと、より一層の力を込めた。
「ぐっ⋯⋯がぁぁ⋯⋯」
溶ける四肢、激痛。
呼吸すらも奪われる中、ライオはなんとか耐えている。
しかし、それも時間の問題。
(タサブロー様⋯⋯!)
ライオが諦めかけた、その時だった。
上空から飛来する黒い閃光。
――高天原――
斬撃と共に、クロウガが空から現れた。
「ぶはっ!!」
ライオを包む毒の糸は斬られ、なんとか肺に酸素を送り込む。
「遅れてすまない!」
一角牛鬼はそれを見ると、ライオをくわえたまま顔を大きく左右に振り、クロウガに向けて巨体を叩きつけようと突進!
しかし、クロウガは迅速で大きく後退し、そのまま居合の構えに入った。
「すべてを叩き込む! 後は頼んだ!!」
バリバリと黒いマナが光ったかと思いきや、クロウガの姿はフツと消えた。
――須佐之男――
と、同時に一角牛鬼の単眼に横一文字の斬撃が走る。
――キシャァァァ!!
青い血液を撒き散らしながら、一角牛鬼が思わず口を開いた。クロウガのおかげで生まれたわずかな好機。
その一瞬の隙をライオは逃さなかった。
「ありがとよ! カラスのあんちゃん!!」
ライオの両腕が激しく黄金色に輝く!
「最後のマナだ! 全部もってけ!!」
――枯山水・勇往邁進の型――
一角牛鬼の顔面に衝撃が走る!
思わず天を見上げる形となった一角牛鬼は、脳を揺らし口を開け、目をまわした。
そこに、エータは走ってきていた。
「フィエル!! 俺の足に風を!!」
「わかった!!」
エータの後方で、フィンにマナを送るフィエル。
そして、エータの足に跳躍力をあげる風のブーツを作成。
「生物の体内にアイテムを取り出すことは出来ねぇ、でもな!! 一つだけ方法があんだよ!!」
一角牛鬼の顔面へと思いきりジャンプするエータ。
脳を揺らしているヤツの口の中へと右腕をねじこんだ。
「アイテムボックス!!」
何十リットルという水が勢いよくエータの右手から発射される。
(なんだ、何をしている!? わからない、わからないがコイツを放置するのはまずい!)
と、一角牛鬼はライオに揺らされた脳を必死にまわし、エータの腕に噛み付いた。
本当であれば毒糸を射出したい。
しかし、ぐわんぐわんと世界が揺れ、目を潰されているので視界は真っ黒である。
マナを練ろうにもイメージが出来ないのだ。
一角牛鬼の噛みつきはクロウガやライオに与えられたダメージにより、とても弱い攻撃となっていた。
しかし、ただの人間であるエータにとっては十分に致命傷を与えられる物である。
ブチブチと音を立ててちぎれるエータの筋繊維たち、襲いくる激痛!!
「あああぁぁぁ!!」
前の世界で味わうことの無い、強烈な痛みに思わず絶叫するエータ。
このままでは腕が食いちぎられる!!
「エータさん!!」
アイチェは槍に残りすべてのマナを込めた!
「届けッス!!」
――一気呵成の槍――
勢いよく放たれた槍は螺旋を描きながら一角牛鬼の横腹に深く刺さる。
――グォォォォ!!
その衝撃で顎の力がほんの少しだけやわらいだ。
「くそ⋯⋯!!」
すぐさま左手でこれ以上噛みつかれまいと抵抗するエータ。
だが、所詮ちっぽけな人間の抵抗である。
ひとたび一角牛鬼が力を入れれば、水を出している右腕は引きちぎられてしまうだろう。
そんな絶体絶命のピンチに追い討ちをかけるように、一角牛鬼はゴブリンたちの魂を生贄に、さらなるスキルドライブを放った!!
――百鬼夜行・千日行脚――
一角牛鬼の身体から、死霊の怨念で象られた腕が大量に生えてくる。
「まずい!! 離れるんだエータ!!」
フィエルの叫び声が聞こえる。
しかし、エータの瞳はまだ諦めていない!
「ダメだ!! 絶対に離れねぇ!! 内側からアーツドライブを撃つしか、もう倒す手段はねぇんだ!! これが最後のチャンスなんだ!!」
五メートルはある怨霊の腕を八本生やした一角牛鬼は、近くの木々をなぎ倒し、暴れ狂っている!!
そして、一本の腕がエータを引き剥がさんと伸びてきた!!
「エータ殿ぉぉおお!!」
クロウガは先ほどサムライオーガから賜った妖刀を握る。
マナなどもう残っていない。
しかし、クロウガは限界を超える。
命を削ってマナをひねり出したのだ!
――怨呼斬影――
クロウガが妖刀の中に感じた鼓動。
無意識にそれを信じ、クロノハバキリでは無く、妖刀【泣鬼喚鬼】へとマナを流して斬撃を飛ばした。
サムライオーガの魂が好敵手に手をかさんと、クロウガの僅かなマナを借りてこの世に具現化する!!
――オオオオオォォォ!!
黒くちいさな一筋の斬撃が、一角牛鬼から生えた腕を一本、また一本と食いちぎって行く。
サムライオーガはその魂を燃やし尽くしてでも、仲間であった小鬼たちの怨霊を噛み砕き、輪廻転生の輪へ戻れるように一角牛鬼から解放せんと飛びまわる。
クロウガとサムライオーガのその一撃により、エータは間一髪で一角牛鬼の攻撃を受けずに済んだ。
謎の攻撃によりスキルドライブを消されつつあると気付いた一角牛鬼は、さらに身体を左右に振り、水を流し込むエータを振り落とそうと死にものぐるいに暴れる。
「⋯⋯絶対離さねぇぇぇ!!」
錯乱し木々に激突する一角牛鬼の衝撃がエータにも伝わり、かろうじて繋がっている腕の繊維が、さらにブチブチと音を立てていく。
歯が深々と刺さり、痛みで全身が震える。
それでもエータは離さない。
「この手を離すのはなぁ! 食いちぎられた時かお前を倒した時かなんだよ!! 舐めんじゃねぇ!!」
その様子をハラハラしながら見つめるフィエル。
「バカ! 無茶しすぎだ!!」
彼女は風宝細剣にマナを込める。
全身がちぎれるように痛い。
彼女はその痛みに耐えながら、最後の刺突を放った。
「ぐぅぅ⋯⋯頼む⋯⋯風よ、エータを助けてくれ⋯⋯!」
――凛咲華如――
フィエルの身体からミシミシと骨のきしむ音が鳴る。
螺旋を描いて飛ぶ刺突の風。
その美しい風は、一直線に一角牛鬼の喉元へと飛んでいき、大輪の花を咲かせて弾けた。
――キシャァァァァ!!
さらに顎の力が弱くなる一角牛鬼。
(みんな⋯⋯! ありがとう!!)
エータは、ここに至るまでのエルフの姿、そして、数々の涙を思い出していた。
故郷を奪われ、尊厳を踏みにじられ、それを嘲笑される姿。
「生命はオモチャじゃねぇんだぞ⋯⋯」
もはや痛みなど忘れてしまうほどに、エータの頭は、心は、魂は、怒りで満ちていた。
「エルフの痛みを思い知れ!!」
エータは、もはや腕などくれてやると言わんばかりに、一角牛鬼の顎を抑えていた左手さえも⋯⋯いや、上半身までをも口の中に突っ込んだ!!
「ありったけの水をぶちまけろ!!」
何百リットルという水が一角牛鬼の体内へと滝のように放出される。
「エータァァー!!」
フィエルの叫び声がこだまする。
――グォォォォ!!
一角牛鬼は、エータの胴体を食いちぎろうと、その口を閉じた!!
それでも、エータは水の射出を止めない!!
(まだ⋯⋯まだ⋯⋯! もう少し!!)
大量の水で腹が大きく膨れあがっていく一角牛鬼。
しかし、一角牛鬼の鋭い牙が、エータの腹の肉へと深く、深く、くい込んで行く。
「ごふっ!!」
エータの口から大量の血が⋯⋯!
(あと少し⋯⋯! あと、すこし⋯⋯なのに⋯⋯)
かすむ視界、薄れゆく意識。
もうダメか⋯⋯!
みんなが諦めかけた、その時だった!
――魔素之矢――
一角牛鬼の首元。
先ほど、フィエルのスキルドライブでえぐった傷口へと、一本の矢が突き刺さる。
――グゥゥゥ!!
それは、人間を殺したいほど憎んでいる、エルフの娘⋯⋯。
ライファの一撃であった。
「お願い、そいつを⋯⋯そいつを倒して!!」
エータは、ライファの声が聞こえた気がした。
「うっ⋯⋯あぁぁぁぁ!!」
エータは、意識を飛ばさないよう、もう一度しっかりとアイテムボックスをイメージする。
そして⋯⋯!!
「イーリン!!!!」
彼は、力の限り叫んだ!
エータのその声に、イーリンは杖をクルクルとまわす。
仲間が傷つきつつも「大丈夫、必ず!」と、信じ続けたイーリンは、極限まで集中力を高め、その身体は蒼い魔素で激しく光り輝いていた。
「だいじょぶ、任せて」
イーリンは、一角牛鬼へと杖をビッと構えた。
「理の極地! 見せる!」
エータの腕から放出される水を導とし、イーリン最強のアーツドライブが、いま、放たれる!
――絶対零度――
エータの腕からヤツの体内へと、一気に進んでいく激しい冷気。
それは、一角牛鬼の体内で膨張し、ヤツの禍々しい皮膚を鋭利な氷柱で何本も貫きながら成長していく。
――グォォォォ!!!!
体内からの攻撃に、うろたえる一角牛鬼。
しかし、凍りつく身体を止める術はない。
アーツドライブの発動を見届けたエータは、力が抜け、一角牛鬼の顔から落ちていく。
それをフィエルが空を飛び、優しくキャッチした。
「やったな、エータ」
「あぁ、仇が取れて⋯⋯良かった⋯⋯」
フィエルはその言葉にハッとしつつ、目に涙を浮かべて「あぁ、そうだな⋯⋯」と返した。
(ありがとう⋯⋯)
薄れゆく意識の中で、エータは微かにフィエルの声を聞いた。
――グギャァァァ!!
大きな断末魔をあげる一角牛鬼だったが、体内の氷結は無慈悲にも、その巨体へと拡がっていく。
身体中にゆっくりと霜ができ、バキバキと皮膚を突き破って氷柱が出てくる。
そして、大きく天をあおぎながら、一角牛鬼は完全に氷像となって、絶命した。