第076話〜百火万雷〜
襲い来るゴブリンとオーガの大群。
一角牛鬼、ハイマジックゴブリン、オーガキングはそれをニヤニヤとながめている。
「アイツら⋯⋯いたぶるつもりか」
退路を絶たれ、何千という敵に囲まれたエータたちは額に汗を流す。
ステータスが上昇した鬼共は強く、アイチェとフィエルは苦戦を強いられているようだ。
一気に蹴散らしたいビートとイーリンであったが、一瞬でも気を抜くと二人が死ぬ。
サポートに手一杯で大技を撃つ隙がなかなか見つからず、ヤキモキとしている。
と、エルフの里長であるエルドラが口を開いた。
「フィエル⋯⋯あれは風宝細剣か? なんと無茶な⋯⋯」
「無茶?」
里長の不穏な言葉に、疑問を抱くエータ。
「フィエルの職業は調教師⋯⋯。本来、剣や弓は不適正。後衛にて魔素を操るのがあの子の得意とするところなのだ⋯⋯」
「なんだって!?」
「手足に風をまとい、無理に身体能力を上げているようだな。さらに風宝細剣は使用の度にマナを消費する。このままでは身体も、マナも、限界が来るであろう」
「そんな⋯⋯だって、いままでそんな素振り一度も⋯⋯」
「もしそうであれば、引きちぎれそうな全身の痛みを耐えて居たのだろう⋯⋯」
エルドラは自身の行いを悔いていた。
地下牢に閉じ込め、ステータスの低下をまねき。
さっさと死んでしまえと斥候に任命し、ろくな戦闘訓練も受けさせず、ジョブの適正も教えず、彼女をとことん追い詰めた。
そんな彼女がいま、戦っている。
自分を捨てた里のために。
同胞たちのために。
その身を削って⋯⋯。
「私がどうにかしよう」
里長はボロボロの身体を引きずってエータたちの前に出る。
「一体なにを⋯⋯?」
エータはエルドラの背中に問いかける。
「私の最後のマナを使って、雷の精霊を呼び出す」
その一言に、ライファや年老いたエルフはざわついている。
「里長! それ以上はお身体に障ります!!」
「おやめくださいエルドラ様!!」
「あなた様の身に何かあれば里は⋯⋯」
里長は見返り、エルフたちに言う。
「私なりのケジメだ。そなたたちが居ればエルフは死なぬ」
そして、エータたちの方を向いた。
「私が言えた義理ではないが⋯⋯フィエルを頼む。すまなかったと伝えてくれ」
最後に、側近であるドラシルを見る。
「⋯⋯あとは頼んだぞ、ドラシル。次の里長はお前だ」
ドラシルはそっと瞳を閉じた。
「承知いたしました、里長⋯⋯。いえ、お父様」
これが最後の別れと悟った長身のエルフは、あふれる涙をこぼさないよう、里長であるエルドラを父と呼んだ。
何をするつもりかはわからないが、命を代償にしようとしているのはわかる。
そんな彼を止めるべきかどうか、エータは迷っていた。
しかし、他に方法が見つからない。
考える時間もない。
それに、何より⋯⋯。
里長の覚悟に水を差すわけにはいかない。
「里長様。俺はエータと申します。女神バスティ様の使徒です。必ず、エルフのみなさんを保護すると誓います」
こう呼びかける事が、エータに出来る精一杯であった。
その言葉にエルドラは「そうか、あなた様が⋯⋯」と、呟いた。そして、
「私の名はエルドラと申します。エルフの長であり、フィエルの父です。娘を救っていただき、感謝の言葉もございません。使徒様、あなたの事を信じなかった私を、どうかお許しください」
と言い、必死に戦うフィエルの背中を見る。
「エルフと、あの子を導いてください」
そう言うと、激しい戦闘が行われている方へその老体を一歩、また一歩と進めた。
「ボルトル、私のすべてのマナをお前にやる。出てきてくれ」
エルドラの右腕にパリッと紫色の電流が走るやいなや、それは羽を生やした小さな男の子になってエルドラの指に止まった。
「エルドラ、お前死ぬぞ」
ボルトルは頬杖をつき、心配そうにエルドラを見つめている。
「命の使い時が来たのだ。ボルトル、お前とは長い付き合いになったな。今までありがとう」
ボルトルは「ハンッ」と鼻で笑い、
「はいはい、そーゆーの良いから。んまっ、死ぬっつってもどうせ老い先短ぇから、ちょっと早まるだけだわな」
そう言うと、ゆっくりと上昇を始めた。
「僕が死んだら、娘を頼む。アイツも精霊師だ!」
エルドラは里長という立場を払い、旧友ボルトルにありのままの口調で話す。
ボルトルは振り返り、
「やだね! 俺、アイツ嫌いだもん! お前からすべてを奪った穢れた血⋯⋯。誰が従ってやるもんか!」
そう言って、天高く飛んで行った。
「頼んだぞ。ボルトル」
そういうとエルドラは両手を祈るように組み、紫色のマナを身体からひねり出した。
その命と共に。
――――――
ボルトルは上空で一人、泣いていた。
決して、エルドラに悟られぬように。
「あーぁ、こんなにマナ渡したらガチで死ぬじゃん⋯⋯。バカが⋯⋯お前は本当にバカヤローだよ。エルドラ⋯⋯」
そう言うと、涙をぬぐい。
キッと一角牛鬼をにらみつけた。
「里をグチャグチャにしやがって⋯⋯アイツがどんな気持ちで守ってきたと思ってやがる」
ボルトルの身体が激しく光る!
「⋯⋯許さねぇ。ぜってぇ許さねぇー!!」
喋りながら、ボルトルの身体は紫色の光の球となって大きくなっていく。
そして、ボルトルは空を円を描くように周り、少しずつ、どこまでも大きな雷雲を作り出した。
バリバリと激しく鳴く雷雲の中から、巨大な龍がその姿を現す。
一つ、二つ、三つ⋯⋯。
八つの頭をたずさえて。
――百火万雷――
雷で出来たその龍は、大きな口を一角牛鬼たちに向けた。
「幾千幾万の時を経ても、生物は雷天にかなわねぇ事を教えてやる。覚悟しろ鬼共⋯⋯!」
そういうと、ボルトルは龍と化した自らの身体を次々とゴブリンたちへと叩きつけた!
山を震撼させるほどの轟音と共に!
刹那、何千というゴブリンを感電死させていく!
「これは⋯⋯里長!?」
「とんでもねぇ雷だ!」
「こ、怖い〜!」
「んおー。すごい高純度のマナ!」
フィエルたちは突如として現れた雷の龍にうろたえたが、いまが好機と動き出した!
「この隙に前へ!!」
――――――
一方、一角牛鬼。
ハイマジックゴブリンは額に汗をかき、ドクロの杖を強く握りしめている。
オーガキングはそんなハイマジックゴブリンの肩に手をおき、呪文のような物が刻まれた棍棒を激しく光らせている。
まるで「あれをやるぞ」と、言わんばかりに。
それを見たハイマジックゴブリンはうなずき、杖を激しく光らせはじめた。
龍の頭が二つ、一角牛鬼たちの元へと高速でせまる。
「ぜってぇ殺す!!」
龍からボルトルの声がする。
ピンチと見るや、一角牛鬼は醜い鳴き声をあげ、ゴブリンたちに命令をくだした。
おびただしい数のゴブリンが、仲間を次々と踏み台にして龍の頭に飛びかかっていく。
本来ならばありえない行動。
だが、一角牛鬼の魔技・鬼軍曹がそれを可能にしていた。
「なんとおぞましい⋯⋯」
「一角牛鬼のスキルか!」
「仲間を盾に⋯⋯」
生物とは思えない、自殺とも取れるその行動に、エルフたちから恐怖の声があがる。
ハイマジックゴブリンとオーガキングは、その身を盾に龍を止める仲間たちを見ながらニヤリと笑い、杖と棍棒を構えた。
――鬼畜道――
大きく振りかぶった二人の武器から放たれる巨大な波動。
それは、龍へと向かう味方のゴブリンさえも殺しながら進む。
「チクショウ⋯⋯!」
龍の頭がその波動と衝突し、完全に勢いが殺されてしまった。
しかし、ボルトルは龍と化した巨躯に目一杯の力を込め、もう一つの頭を一角牛鬼たちへと向かわせた。
「諦めねぇぞ!!」
そんな彼に絶望を与えるがごとく、一角牛鬼は行動をおこした。
――百鬼夜行――
一角牛鬼の口から、ゴブリンたちの怨念のような物が発射される。
どうやら、ゴブリンが倒されれば倒されるほど、その威力は増すようだ。
現在進行形で倒され続けるゴブリンの魂が、天に召されることも叶わず、輪廻転生の輪をはずれて一角牛鬼に利用されている。
『外道』というには生ぬるい『最悪な攻撃』だ。
「ふざけるな⋯⋯エルドラの命なんだぞ⋯⋯! エルドラの⋯⋯! チクショウ! チクショォォォ!!」
禍々しいそのビームのような物体は、ヤマタノオロチの身体を貫通。
完全にマナの奔流を止められてしまったボルトルは、小さな光の球へと戻ってしまった。
彼は、亡きエルドラを想い、絶望をさけびながら、戦場へと落ちていった。