第075話〜毒蜘蛛の包囲網〜
――サンボンクイ東。大竜巻発生地点。
「デケぇ反応がある、いるぞ! ヤツが!!」
エータたちの上空を、ビートが木々を移動しながらさけぶ。
探知は、おびただしい数の敵を示している。
その中でも、一際まがまがしいオーラを放つ凶星。
一角牛鬼。
エータたちの目にも数えきれないほどのゴブリンが視認できた。
もはや地面が見えない。
「どうにかして包囲網を突破しよう! ビート、大技いけるか!?」
「任せろ!!」
ビートは大きな枝の上に止まり、エルフを包囲しているであろう上位種の反応に狙いを定めた。
「一角牛鬼と向かい合ってる大きめの反応が最上位種だろうな。きっと、エルフの退路をふさいでんだ。アイツをやれば戦局が変わる⋯⋯。周りの小せぇ反応ごと吹き飛ばしてやるぜ!」
ふぅーっと息を吐き、バチバチと赤いマナを全身に纏わせるビート。
「行くぞ!! 開戦だ!!」
――牙狼穿――
「ガォンッ!」という音と共に、真っ赤な魔狼が木々をなぎ倒しながら進む。
ベヒモス、グガランナとパワーアップしてきたビートの必殺技だが、さらに威力が増している。
その一本の矢は爆風でゴブリン共を蹴散らし、オーガの頭を貫通し、ゴブリンやオーガの上位種に致命的なダメージを与えながらも、なお勢いが止まらない。
敵が異変に気付いたときには時すでに遅し。
クイーンオーガの上半身を吹き飛ばし、その奥に居るゴブリンの郡勢までをも、着弾の爆発により一撃で蹂躙した。
その数、なんと百二十体。
クイーンオーガ、一体。
オーガファイター、三体。
オーガ、八体。
ゴブリンウォーロック、八体。
ホブゴブリン、二十体。
ゴブリン、八十体。
とんでもない大戦果である。
「もはや大砲じゃないか」
「同じ狩人とは思えない⋯⋯」
グリスとライファは目を丸くしている。
「混乱に乗じて一気に叩くぞ! エルフたちと合流後、即時撤退!!」
「「「了解!!」」」
エータの号令により、アイチェとフィエルが前に出る。
エータ、イーリン、ディアンヌ、ビートはいつでもサポート出来る位置へと走り。その後ろをケイミィ、グリス、ライファが続いた。
――破地牙角――
アイチェが地面に槍を突き刺し、ゴブリンたちの足元から鋭い土のトゲを召喚する。
――宝刀風――
そして、負傷し動けなくなったゴブリンたちの頭部を次々と潰していくフィエル。
と、オーガが棍棒をアイチェへと振り下ろす!
「きゃっ!!」
――氷柱豪雨――
間一髪、イーリンの放ったツララがオーガの腕に突き刺さり、それを止める。
――狼牙――
オーガの頭を貫くビート。
「あっ、ありがとッス! 二人とも!」
「サポート。任せて!」
「ガンガン進んじまってくれ!」
「うんっ!!」
足の踏み場もないほどの死体。
それをエータはアイテムボックスに収めながら進む。
――キシャァァァア!!
一角牛鬼が怒りの声をあげる。
ヤツの姿が見えてきた。
体高五メートル。
体長十メートルはある巨大な人面蜘蛛。
グリスの報告通り、壱メートルはあろうかという大きな一本角。
そして、ギョロりと光る赤い単眼。
およそ普通では無いバケモノが、そこには居た。
一角牛鬼は、巨大なゴブリンやオーガを引き連れ、ボロボロのエルフたち二十人に今にも襲い掛かりそうだ。
「里長ァ!!!!」
ライファの呼びかけに、エルフたちは一角牛鬼を牽制しながらこちらを横目に見る。
「その声はライファか!? その者たちは!?」
「こ、この者たちは⋯⋯!」
「味方です! 安心してください!!」
言いよどむライファをすぐさまフォローするグリス。
(ナイス、グリス!! さて、まずはエルフたちを牛鬼から離さねぇと!)
エータは思考をめぐらせた。
「イーリン! アレ頼む!!」
「わかったー!」
エータは出来るだけ細かいミストを、辺り一面に展開する。
そこにイーリンはアーツドライブを放った。
――濃霧蜃気楼――
途端に、一寸先すら見えなくなるほどの濃霧が発生。
――妖精之風――
エルフたちの退路をまた塞ごうとしていたゴブリン共を、フィエルは一掃し、里長の腕をつかむ。
「こっちです、里長!!」
「あ、あぁ⋯⋯」
混乱するエルフたちだったが、一角牛鬼と正面からやり合うより人間共と逃げた方がマシと判断したのか、大人しく着いてきてくれた。
ビートの探知を頼りに、道中の敵を倒しつつ離脱する一行。
エルフたちは猛毒にやられている者、大ケガを負っている者がほとんどだった。
「お、お前たちは!?」
「どうして人間が⋯⋯」
「なぜフィエルがここに?」
エルフたちから飛んでくる質問の数々。
無理もない。
しかし、いまはそれどころでは無い!
「話はあとです! まずはここを離れましょう!!」
エータたちは、解毒と治癒をしながら全速力でその場を離れようとする。
だが!!
「みんなスト〜プ! 死ぬよ〜!」
突然、ケイミィが大声を出した。
――毒蜘蛛の包囲網――
「これは⋯⋯蜘蛛の糸か!?」
一角牛鬼のほうが一枚上手であった。
視界をさえぎられた時点で、ヤツは毒を含んだマナの糸を広範囲に展開していたのだ。
「こんなもん、アイテムボックスで⋯⋯」
――ピコンッ!
――――――
マナで作られております。
使用者が生きている限り収納出来ません。
――――――
「マジか、ヤツを倒さないとダメらしい⋯⋯」
「そ、そんな!」
「俺たちは蜘蛛の糸にかかった獲物ってワケだ⋯⋯」
――キシャァァァア!!
一角牛鬼が嘲笑うかのように叫んでいる。
(木や地面を収納してムリヤリ逃げるか? ⋯⋯いや、ダメだ。ここは山。土砂崩れが発生する可能性が高い。どうする?)
「倒そう」
フィエルが呟く。
「どちらにせよ、ヤツを倒すためにここまで来た。仲間と合流する前で危険だが⋯⋯。今ならヤツが隠れる前に倒せる。郡勢を盾に、毒で山を汚染された方が厄介だ」
「ウチも賛成〜」
ケイミィは赤黒い糸をベチャベチャと触りながら言う。
「この毒〜かなりヤバいよ〜? 木や地面も侵食してる〜。早く倒さないと〜山が死んじゃうかも〜」
「ケイミィは触って大丈夫なのか⋯⋯?」
フィエルが冷や汗をかきながら言う。
「ウチは毒耐性のアーツあるから大丈夫だよ〜ん」
そう言って、ケイミィは手についた糸に謎の液体をかけている。
「マジカルケミカルマッシュ、エルテルク、ギライマ、北の山で採れたハコノキノコ、ユキヒメの里でもらったタマカイコの絹糸⋯⋯。うん、手持ちのアイテムで解毒できる」
ケイミィは驚愕していた。
(エータちゃんがこの世界に来なかったら、ここら一帯、死んでたね〜。みんな仲良く人類滅亡〜)
と、突然。
「あ、あんなヤツに勝てる訳がない!」
年配のエルフがうろたえながら言った。
「そ、そうだ。ヤツは伝説を超えたバケモノ⋯⋯。キビツでも、イナバでも、プリースでも無い我々が勝てる道理などない!」
そんな彼らを見て、フィエルがそっと声をかける。
「大丈夫だ、私たちが必ず守って見せる」
フィエルの蒼い瞳は力強く、そしてとても優しく輝いている。
その姿に、エルフたちは見蕩れ、微かな希望を抱いたように見えた。
「フィエル、お前は⋯⋯本当に母親に似てきたな」
「えっ⋯⋯?」
里長の言葉に驚きを隠せないフィエル。
顔も名前も知らない両親。
里長は私の両親のことを知っているのだろうか。
と、フィエルが疑問に思った。
その時だった。
――ゲギャギャギャ!!
イーリンの濃霧が消されていく。
視線の先には、ドクロの付いた杖を振りかざすゴブリンウォーロックが三体。
そして、その後ろからゴブリンの最上位種、ハイマジックゴブリン。オーガの最上位種、オーガキングがあらわれた。
二体の最上位種は両手を掲げ、マナを込めている。
すると、近くにいたゴブリンとオーガの身体が赤く光り始めた。
「まずい! 鬼共のステータスを上げてるぞ!」
エルフのその言葉に反応し、即座にオーガキングの頭へと狙いを定めるビート。
――狼牙――
神速の矢が飛ぶ。
しかし、横から一角牛鬼が割って入り、その矢をクモのような脚で受け止めた。
「チッ、早い到着だこって」
にらみあう両陣営。
最終決戦が、いま始まろうとしていた。