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第074話〜クロウガ・サンボンクイ南〜

 ――サンボンクイ南。もっとも攻撃が苛烈な危険地帯。


 ここを任された意味を、クロウガは噛み締めていた。


「一瞬足りとも集中を切らすな! 死地である!!」


 クロウガは秘宝・黒風団扇(くろばねうちわ)で大量のゴブリンを空中へと吹きとばす。


 そのゴブリンを、空を飛ぶウルシが攻撃を仕掛ける。



 ――風見鴉(かざみがらす)――



 黒い羽がゴブリンたちの目や喉を潰していく。


「九時の方向、ゴブリンウォーロック確認!」


幻覚(ハルシネーション)、どろんっ!」


 コリルが鹿に化け、切り立った岩肌を駆け上がる!


 そして、ウォーロックに噛みつきアーツドライブを発動させた!



 ――魔素奪取(マナテイカー)――



 ゴブリンウォーロックは枯れ木のようにしおしおと干からびながら、崖から落ちていった。


「ごちそーさま!」


 コリルが油断した、その時だった!



 ――災禍葬(さいかそう)――



 禍々しいオーラをまとった斬撃がコリルを襲う。


「ぐぁっ!!」

「コリルー!!」


 コリルは背中を大きく斬られ、崖から崩れ落ちた。

 ポンズが身体強化(ブースト)を使い、コリルを回収する。


 と、崖の上から体長170センチほどの小柄なオーガが見下すように顔を出した。


 そのオーガは、ボロボロの和服のような物を来ており、禍々しいオーラを放つ刀を(たずさ)えている。


「なんだアイツは!?」

「モンスターが刀を使ったのか!?」

「まさかアレは⋯⋯!」


 クロウガは口を開いた。


「サムライオーガか」


 サムライオーガ。

 オーガの最上位種。


 武器を作れないはずの鬼共が、どこからか名刀を奪いさり、その刀を使い続けることで進化する特殊個体。


 人類が発見したオーガ種の中で最強と謳われる。

 知性の高いモンスターである。


 サムライオーガはクロウガを視認すると、クイッと(あご)で指示をする。

 それは明らかに「サシで()ろう」と誘っていた。


「フッ、モンスター風情が武人気取りか⋯⋯」


 クロウガは静かに笑った。


「皆の者!! 崖上のあやつは拙僧が御相手いたす! ヤツは強い!! 顔を出せば首が飛ぶと心得よ!!」


 そう言うとクロウガは翼を大きくはためかせ、空を舞った。


「拙僧とヤツの一騎打ちである! 手出しするで無いぞ!!」


 クロウガ隊は「承知致しました!」と、叫ぶと負傷したコリルを中心に円を描き、100体を超える大量のゴブリンたちを牽制(けんせい)した。


 ――――――


 クロウガが崖上に降り立つと、サムライオーガは腕を組み、静かに彼を待っていた。


 クロウガはゆっくりと宝剣・クロノハバキリを構える。


「相当の手練と見た。そなたの望み通り、拙僧が御相手いたそう」


 その言葉にサムライオーガはコクリと頷き、ゆらりと身体をゆらしながら間合いを(はか)る。



 ――ザザッ⋯⋯ザッ⋯⋯ザザッ⋯⋯。



 ゆらゆらと不規則に揺れるサムライオーガ。


(なんという猛者。まったく隙がない)


 適当に揺れているように見えるサムライオーガの体捌(たいさば)き。

 しかし、血のにじむような鍛錬をしているクロウガは、そのリズム、その重心移動が計算され尽くした物であるのを肌で感じていた。


(こちらに呼吸は読ませず、それでいてヤツはいつでも攻撃に転ずることが出来る。まさに神業⋯⋯!)


 クロウガは、一手のミスで首が跳ねることを理解した。


(エータ殿⋯⋯)


 クロウガは、エータと出会う前の鴉天狗一族のことを思い出していた。



 ――――――



「ミスズ!! 身篭(みごも)ったというのは本当か!?」


「あなた、大きな声を出さないで。フフッ⋯⋯本当よ」


「でかした! でかしたぞ!!」


 若き日のクロウガは、美しい漆黒の翼を持つ女性。ミスズを強く抱きしめた。


「お医者様が診断(ダイアグノーシス)で診てくださったんだけど、男児らしいわ」


「どちらでも構わん! 嬉しいなぁ! ミスズよ! 私たちの子だ!!」


「はしゃいじゃってもう⋯⋯」


 ミスズは愛おしそうに自分のお腹をさする。


 窓からのぞく絶景。自慢の御屋敷。

 青々としげるハゴノキの大自然。


「愛しい我が子⋯⋯。私たちの世界は狭いけれど、とっても綺麗よ。早くあなたに見せてあげたいわ」


 静かに外をながめるミスズの横で、クロウガはなにやら紙に書いている。


「あなた、それは?」


「よし、出来た!!」


 そこには達筆な文字で『烏丸』と書かれていた。


「その子の名はカラスマル! 後に里長を次ぐのだ、我が一族の名を冠しても誰も文句はあるまい!!」


「あなた⋯⋯もう、勝手なんだから⋯⋯」


「い、嫌か⋯⋯?」


「良いですよ。ちょっと大袈裟な気もするけど⋯⋯。この世でもっとも美しく、賢い鳥だものね」


「そうだ! そうなのだ! カッコイイだろう!!」


「フフフッ⋯⋯じゃあこの子の幼名(ようみょう)は私に決めさせて」


「おぉ! いいとも!!」


「そうねぇ⋯⋯『ハネチヨ』なんてどうかしら?」


「ハネチヨ! 良いじゃないか! とても愛らしい!」


「フフフ⋯⋯あなたはハネチヨ。元服(げんぷく)までしっかり生きるのよ」


 ミスズとクロウガは両手と(ひたい)を合わせ、クスクスと笑った。


「愛してるわ、あなた」


「私もだ、ミスズ⋯⋯。お前は気高く美しい。鴉天狗の中でも、より漆黒の翼を持つ。私の自慢の妻だよ」


 (まず)しいながらも、愛する仲間たち。

 そして、妻と過ごす毎日。

 クロウガは満ち足りていた。

 屋敷からのぞくハゴノキの大自然。


 下界で繰り広げられる人間と亜人種との抗争なんぞ知ったことか。

 勝手にやっておれば良い。


 私たちはこの天空の楽園で(つつ)ましく幸せに暮らすのだ。


 彼は、鴉天狗一族を守ることだけを大切に思っていた。


(北の山が焼かれてもう20年近くになるか、こちらにも影響が出なければ良いのだが⋯⋯)



 ――幸せに満ちた日常はある日。クロウガの悪い予感と共に音を立てて崩れる。



「ミスズ!? 大丈夫かミスズ!! 医者(ドクター)よ! ミスズはどうしたと言うのだ!」


「予定日よりずっと早い⋯⋯産気づいております!」


「なに!? だ、大丈夫なのか!?」


「今すぐ対処すれば問題ありません! ただ、水が足りるかどうか⋯⋯。出来るだけたくさんのお湯を沸かしてください!!」


「水⋯⋯水か⋯⋯。わかった!! どうにかして集めて見せよう!!」



 と、その時。

 せわしなく屋敷の廊下を走る足音が⋯⋯。



「クロウガ様! 牛頭(うしがお)共が里に侵入しました!!」


「なに!? そんな馬鹿な!! ここは崖の上にあるのだぞ!?」


「そ、それが⋯⋯。ヤツら、お互いを踏み台にしてでも登ってきているようで⋯⋯。も、物凄い数です!!」


「ちぃ!! こんな時に!!」


(北の山から流れる大河が無くなった影響か!? 人間め、余計なことばかりしてくれる⋯⋯!!)


「あな⋯⋯た⋯⋯」


「ミスズ!? どうした!? あまり喋らない方が良い!」


「行って⋯⋯この里を守って⋯⋯」


「し、しかし!!」


「私なら大丈夫⋯⋯カラスマルを抱くまで死ねませんから⋯⋯」


 クロウガはギュッと目を閉じる。

 そして、意を決して口を開いた。


「わかった! 急ぎ片付けてこよう! ミスズ、私の心は常にお前と共にあることを、忘れるでないぞ⋯⋯!」


「私もです⋯⋯常にあなたと共にあります⋯⋯。さぁ、早く行って⋯⋯」


 クロウガは部下を連れ、足早に屋敷を去った。




 ――崖上の戦い。暴れるミノタウロスの群れ。




 なかなか刃が通らない鴉天狗たちの横で、鬼神のごとき活躍を見せるクロウガの姿がそこにはあった。


 食事もままならず、大きくステータスを落としているとは思えないその姿。


 とっくの昔に限界を超えているであろうその身体を、まるで『敵を殺すためだけの生物』になったように暴れるその姿は、味方の鴉天狗さえも戦慄させたという。



 ――高天原(タカマガハラ)――



 肩で大きく息をしながら、クロウガは最後の一体の首を跳ねた。


「終わった。急ぎ⋯⋯ミスズの元へ⋯⋯」


 そのまま、無数のミノタウロスの死体が転がる戦場で、クロウガは気を失った⋯⋯。



 ――翌朝。赤子の鳴き声で目が覚める。



「この声は⋯⋯? ミスズ⋯⋯ミスズ!!」


 目が覚めると、自分の屋敷にいた。


 どうやら部下たちがクロウガを回収してくれたようだ。


 しかし、クロウガはそれどころではない。

 着の身着のまま、声のする方へと走る。


「ミスズ!! ミスズ!!!」


 (ふすま)を開けると、医者の手で元気に泣く赤子と、涙を流しながら眠るように目を閉じる愛しい妻の姿があった。


「クロウガ様、申し訳ございません⋯⋯私の至らなさです⋯⋯」


 医者が子を抱きながら涙を流して頭を下げてくる。


 大きく頭を打ったような衝撃がクロウガの全身に走り、心臓が破裂しそうなほど鼓動が早くなる。


 医者の言葉が耳に入らない。

 ぐにゃりと歪む視界。


 脳が理解を拒んでいた。


「ミスズ⋯⋯子は抱けたのか⋯⋯? 死なぬと言うたではないか⋯⋯」


 クロウガはミスズの元にゆっくりと近づき、ミスズの頬を伝うその涙を優しくぬぐった。


 ミスズの身体から魂が抜け落ちてしまったのを、クロウガは冷たく、指先から感じていた。


「ハハッ⋯⋯そなたは死に顔さえ美しいなぁ⋯⋯」


 ミスズの顔に、ポタポタと(しずく)が落ちる。


「生きて、生きておるようだ⋯⋯生きて⋯⋯。うっ⋯⋯うあぁ⋯⋯あ⋯⋯あぁぁ⋯⋯⋯⋯」


 クロウガは声にならない声で泣いた。


 屋敷の一室には、赤子の大きな大きな泣き声だけが響いていた。



 ――時は経ち。妻の愛した美しいハゴノキ山は地肌を露出させ、醜いハゲ山へとその姿を変えていく。



 それと反比例して、ハネチヨは妻のように美しく育った。


 しかし、栄養が足りないのか、その身体は弱く、ちいさい。


「ハネチヨ、おいで」


「父上⋯⋯?」


 クロウガは優しくハネチヨを抱きしめる。

 その翼に妻の面影を見ながら⋯⋯。


「私は頑張るからな、ハネチヨ。お前にこの役割を引き継ぐまでに、必ずこの里を再建してみせる。美しかった頃のハゴノキの里を取り戻すのだ⋯⋯」


 クロウガの大きな手で頭を撫でられたハネチヨはたまらなく嬉しくなり、クロウガの目を見ながら言う。


「父上、僕。神託で調教師(テイマー)を授かったのです! 父上一人で頑張らなくてもよいのです、僕も里のみんなと共に父上を支えますゆえ! 里の再建、共にがんばりましょう!!」


 そういうとハネチヨは、クロウガの身体をギュゥと強く抱き締めた。


 なんとも愛しいその姿に、クロウガは目頭が熱くなる。


「そうか⋯⋯! そうか! 調教師(テイマー)とは慈愛に満ちた美しい心の持ち主に宿るという。お前は本当に母さんに似ているなぁ。その誇り高き翼も、その心も⋯⋯。私の愛したあの人にそっくりだよ。ハネチヨ」



 ――いつかお前に、お前の母が愛したあの美しいハゴノキを見せてあげたい。⋯⋯神よ。どうか私の願いを聞き入れては貰えないだろうか。




(この山に小さな川を作るのはどうでしょう?)




 ――――――



 クロウガは、まったく隙を見せないサムライオーガに対して、無謀(むぼう)と言わざるを得ない行動に出る。


 そっと瞳を閉じたのだ。


「――――!?」


 これにはサムライオーガも心を乱す。

 が、またすぐに自らのリズムに戻った。



 ――ザザッ⋯⋯ザッ⋯⋯ザザッ⋯⋯。



 不気味な足音だけが、二人の間に響く。


(エータ殿、感謝しております。我が里に川を作るなどという奇策。フフッ⋯⋯今思い出しても破天荒(はてんこう)すぎて笑みがこぼれますな)


 クロウガの身体が黒いマナで輝き始める。


(おかげで里には少しずつ、緑が帰って参りました。あなたはきっと、私がどれほど感謝しているのか御存知ないのでしょうね)


 サムライオーガが異変に気づき、地面がえぐれるほどの力を込めて一気に間合いを詰めた!!


(愛する民を救っていただき、愛する我が子を救っていただき、そして、愛する我が妻の⋯⋯。最愛の人の宝までもを取り戻そうとしてくれている)



 ――禍津日神(マガツヒノカミ)――



 死霊の怨念のような、うめき声のような音を出しながら、クロウガの首にサムライオーガの高速の刃が迫る!


 それをクロウガは、無意識に、紙一重で避けた。


 敵に攻撃された事も、それを交わした事にも気づかず。


 (ひる)ことなく、恨むことなく、害する意思すらなく。


 クロウガはただ、感謝だけをしていた。


 それはまさに無我の境地。

 武人の(いただき)のその先へ、彼は居た。


 サムライオーガはモンスターであるがゆえに、言葉は使えない。理解もできない。


 しかし、そのクロウガのあるがままの凛とした姿に、一人の武人として『賞賛』のような感情を抱いていた。


 クロウガの黒いマナが、より漆黒。

 愛する者の翼のように深く染まる。


(あなた様が全て取り戻してくれたのです。奪われた拙僧の⋯⋯。いや、私たちの!! 全てを!! だから!!!)


 その漆黒のマナが翼の形となり、優しく包むようにクロノハバキリを纏っていく!



 ――私はいつでも死ねる!! あなた様の為ならば!





 ――秘剣(ひけん)美涼粼(みすず・みくまり)――





 リィンッ!と、夏のさわやかな小川を流れる、鈴のような美しい音が聞こえた。


 サムライオーガの身体はピタリと止まる。


 突如、おとずれる静寂(せいじゃく)


 クロウガはビッと刃の血を振り払うと、何万回も同じ動きをしたであろう『型』のように、静かに美しく、刀を鞘に戻した。


 そして、ゆっくりとサムライオーガに近づいていく。


「申し訳ない、強き者よ。決闘中にお主のことを忘れるなど、拙僧は武士の風上にもおけぬ」


 クロウガは、サムライオーガに握られた名刀を持つと、それを鞘にしまって己の腰へとぶら下げた。


「これは戦利品として貰っておく。そなたにはもう必要無いだろう。悪く思うなよ」


 クロウガは翼を広げ、崖下でゴブリンを食い止めている部隊の元へ向かう。


「さぁ行こう。雑魚を片付けて、エータ殿の元へ向かわねば!」


 大きく羽ばたき、急降下するクロウガ!

 その身体は激しい黒い光に包まれる!


 そして、着地と同時にクロウガの身体はフッと消えた!



 ――須佐之男(スサノオ)――



 スキル・迅速(ラピッド)で、剣撃特攻(ソードエフェクト)をさらに強化した必殺のスキルドライブ。


 その一刀は、ステータスが下がっていたあの時とは比べ物にならない。


 ただ一筋の黒い閃光が走ったかと思えば、ゴブリンを五十体、オーガ十体を、彼は地面ごと切り裂いた。


 苦戦するクロウガ隊の戦況を、たった一撃でひっくり返したのである。



「さぁ、余興は終わりだ! 雑魚を殲滅(せんめつ)し、急ぎ主君の元へ!!」



 ――うおおぉぉぉぉー!!



 クロウガ隊は雄叫びをあげ、おびただしい数のゴブリン共を蹴散らしていく。



 ――――――



 ゴブリン、五百体。

 ホブゴブリン、八十体。

 オーガ、五十体。

 ゴブリンウォーロック、十体。

 オーガファイター、五体。


 次から次へと湧き出るモンスターの軍団。

 そのすべての鬼を切り伏せて、クロウガ隊はエータの元へと向かう。


 彼らが勝利の雄叫びをあげ「さぁ、行くぞ!」と、踵を返したその瞬間。


 サムライオーガの首は花を手折るように、はらりと落ちた。


 それはまるで、先へと進むクロウガに餞別(せんべつ)を送るようだった。

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