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第071話〜もちろんだ!〜

 治癒(ヒール)が無事に終わり、ライファとグリスの傷は完全に癒えた。


 グリスは正座をし、両手をつけて地面に頭を下げる。


「あなた達には一生をかけて忠義を尽くします。奴隷になれと言うなら、あなた達の子々孫々まで喜んで付き従います。⋯⋯ほら、ライファも頭を下げるんだ」


 ライファはどかりとあぐらをかいて、フンッとそっぽを向いている。


「ライファ!!」


 グリスが注意するもライファは(かたく)なに言うことを聞かない。


「いや、気にしなくて良い。さっきも言ったけど、俺のエゴだから⋯⋯それよりも」


 エータは真剣な表情で口を開いた。


「エルフの里で何があったか、詳しく教えてくれないか?」


 グリスはゆっくりと話し始めた。



 ――――――



 話を聞くと、どうやら、南の山も九ヶ月近くゴブリンやオーガの姿が消えていたようだ。


 ジーニアス魔導国の国境付近『ナトゥーメ』に(きょ)を構えるエルフたちは、普段、里から南に行った『トドロの滝』という大滝の近くで狩りをしているのだが⋯⋯。


 いつもなら生命の声にあふれる自然豊かなトドロの滝付近が、秋に入ってから虫の音一つ聞こえない『生物の居ない場所』になっていたとの事。


 異変に気付いたエルフたちだったが、あまり南に行き過ぎるとジーニアス魔導国の人間に見つかる恐れがあるため、狩場を変更し、そのまま放置してしまったのだと言う。


 結果、南から大量のゴブリンとオーガを引き連れた牛鬼が現れ、応戦むなしくエルフの里は蹂躙(じゅうりん)された⋯⋯と。


「牛鬼なんだが、年配のエルフから教わった姿と大きく変わっていて⋯⋯」


「姿が⋯⋯?」


 ブライが興味深そうに聞く。

 グリスはうなずいて話を進めた。


「あぁ、聞いた話より一回りはデカい。5メートルはあったんじゃないかな⋯⋯。それに、角と目がひとつしか無かった」


「角と目がひとつ?」


「それは負傷してたって事だよな? 俺たちが付けた傷がそのまま残ってるのか?」


「いや、ダメージを受けた形跡はない。元からそういう生物だったように、一角(いっかく)単眼(たんがん)だった!」


「えっ、そんな事あり得るのか⋯⋯? ブライ、何かわかるか?」


 エータは眉をしかめながら言う。


「わからない。ただ⋯⋯もしかするとそれは『進化』かも知れない⋯⋯」


「進化⋯⋯?」


「そうだ。モンスターは経験を積み、条件を満たすと進化することがある。オーガはゴブリンの進化先の一つだしね」


 ブライは近くに落ちていた枝をひろい、地面に絵を描きはじめた。


「牛鬼はゴブリンチャンピオンと女郎蜘蛛(じょろうぐも)。キングミノタウロスとオーガクイーンのように、交わることのない牛、鬼、蜘蛛のうち、二種族の最上位種が交配することで産まれるとされている」


 地面に描かれる、牛、鬼、蜘蛛の絵。

 そして、その先に描かれる、牛の頭に蜘蛛の足が生えたバケモノ。牛鬼。


「つまり、牛鬼はモンスターとしては一段階目。まだ進化の可能性を残していてもおかしくは無い」


「あんなバケモノが!?」

「そんなまさか!?」

「ただの牛鬼でさえ厄介だってのに⋯⋯」


 ざわつくブバスティスの面々。


「エータたちが見たというベヒモスとの融合。ダストンやビートくんとの戦闘。それで経験を積み、より強力な個体へと進化したのかも⋯⋯」


 形式上、ブバスティスではその牛鬼を『一角牛鬼』と名付けた。


「今ごろナトゥーメは⋯⋯俺たちエルフの里は⋯⋯」


 グリスは逃げる直前のエルフの惨状を思い出す。


 そして、すがるような目でエータたちを見た。


「なぁ、お前さんたち⋯⋯助けて貰っといて厚かましいのは重々承知してる⋯⋯。でも、森に散った同胞を⋯⋯エルフのみんなを助けてくれないか!?」


「わかった」


 エータは即答した。


「えっ⋯⋯?」


 グリスはあまりに早い返答に、脳の処理がおいつかない。

 しばらくしてやっと理解したが、信じられないと言った表情でエータを見る。


 これにはさすがに村人たちも動揺を隠せないで居た。


「エータ、軽率すぎる。もう少し考えてからでも⋯⋯」


 ブライが耳打ちをする。

 しかし、エータの決意は固い。


「グリスさんとライファさんの状態⋯⋯。それに、今の話を聞いた限り、時間は残されてない。もたつけばその分犠牲者が増える。今すぐ動くべきだ」


「しかし⋯⋯」


 困り果てるブライ。


「エータちゃ〜ん、ウチはもう付き合ってらんないわ〜」


 ケイミィが村人たちに見せつけるように大きく身振り手振りしながらエータに言う。


「そこの恩知らずなエルフみたいなのがきっとた〜くさん居るよ〜。助けたエルフに襲われないとも限らないし〜。エータちゃんの判断じゃみんなが危険だよね〜。それとも〜みんなの命よりエルフの方が大事なのかな〜?」


「ケイミィ、辞めないか⋯⋯」


 ブライが止めに入る。


「い〜や、言わせて貰うね〜。そこの女を助けるのとは訳が違うんだよ〜。危険なモンスターがた〜くさん居る森にみんなを行かせるんでしょ〜? もし、その間にゴブリンが攻めてきたらど〜すんの〜? 逃げてきたエルフがこの村を占領しようとするかも知れないし〜」


 あのケイミィがブライの制止も聞かないなんて⋯⋯。

 村人たちは心底驚いている様子だった。


「占領だと!? そんな卑劣な真似! 誇り高きエルフがするはず無いだろ! 人間と同じにするな!!」


「バカ!! ライファやめろ!!」


 ライファの口を手で抑えるグリス。

 ケイミィはニタニタしながら言う。


「ほら〜。ウチの薬とディアンヌの治癒(ヒール)でおありがた〜く助けてもらった崇高(すうこう)なエルフ様がこうなんだよ〜? 逃げたエルフがどんな行動するのか〜想像にかたくないよね〜?」


 あわてた様子でグリスが言う。


「ち、違うんだ! ライファは北の山の産まれで⋯⋯人間たちに故郷を焼かれて⋯⋯。人間に不信感を持ってて⋯⋯」


「へぇ〜。だから、関係のないノバナの故郷を焼いて旦那さんも殺したんだ〜? ふ〜ん」


「そ、それは⋯⋯」


 グリスは返す言葉もないと言った様子だ。

 困り果てた彼は、腕を組み、ことの成行をながめていたフィエルに訴える。


「フィエル! 頼む⋯⋯!」


「⋯⋯⋯⋯⋯」


 フィエルは腕を組んだまま、何も言えずにいた。

 その様子を見て、ケイミィがケラケラと笑いながら言う。


「あはは〜里を追放したフィエルに頼むんだ〜。この子、村に来たときあんた達のせいで死にかけてたんだよ〜? 知らないだろうけど〜」


 その言葉に、グリスは地面を見つめた。


「それでも⋯⋯もう、ここ以外に頼れるところがない。俺の言葉一つ、身体一つじゃ到底足りないのはわかってる。けど⋯⋯」


 (ひたい)に砂がつくのもいとわず、土下座をするグリス。


「お願いします。どうか、どうかみんなを助けてください」


 フィエルの心は揺れていた。


 里のみんなには酷い扱いを受けてきた。

 追放される直前は、多少なり、フィエルのことを認めてくれていた人が居るようにも思う。


 しかし、彼らは何もしなかった。

 してくれなかった。


 結果、フィエルは命を落とす寸前まで負傷し、エータ達に助けられて村の一員になる時も、エルフたちの今までの行いのせいで殺されかけた。


 ハッキリ言ってしまえば、エルフたちに特別恩がある訳でもなく、なんなら、(かたき)であるはずの自分を暖かく迎えいれてくれた村人たちの方に、返しつくせないほどの恩がある。


 でも、それでも⋯⋯。


「私は⋯⋯エルフを⋯⋯」


 フィエルはグッと拳を握りしめた。


「助けるべきでは無いと思う」


 その言葉に、グリスは絶望の表情を見せる。


「フィエル、そんな⋯⋯」


 フィエルはグリスから目をそらし、話し始めた。


「ケイミィの言う通りだ。エルフは誇り高いと言えば聞こえは良いが、その実は傲慢(ごうまん)。⋯⋯助けたところで感謝する者は少ないだろう。人間は悪だと育てられてきたし、私も⋯⋯。最初、エータたちの言葉を聞かず、なんの罪もない彼らを攻撃した」


「なに!?」

「その話は本当なのか?」

「フィエルちゃんでもそうならやっぱりエルフは⋯⋯」


 動揺を隠せない村人たち。


「だから、きっとケイミィの言った通りになる。私はこの村が好きだ、大好きだ⋯⋯。ブバスティスのみんなが大切なんだ。だから、たとえ同胞であったとしても、みんなを危険に晒す可能性があるのであれば、手を貸すことは出来ない」


 フィエルは村人たちの方を向いて言う。


「私は、助けるべきでは無いと思う」


 その言葉に、グリスは無言で俯き、ライファは今にも泣き出しそうな瞳をグッとこらえているようだった。


(すまない⋯⋯)


 フィエルが諦めた。

 そのとき。



「助けてみないとわからないだろ」



 エータが口を開く。

 呆気にとられる一同。


「いやいや⋯⋯」


 と、即座にケイミィがツッコミを入れる。


「だから〜助けようとして村が危険な目にあったらって話を⋯⋯」


「それじゃ、一角牛鬼の討伐と、村の防衛で部隊を分けよう」


「⋯⋯えっ?」


 エータは腰に手を当てて言う。


「俺はエルフを助けたい! ケイミィやフィエルは村人の安全を第一に考えたい!! じゃあもう手分けするしかない!!」


 ケイミィは


「う、う〜ん⋯⋯」


 と、納得していない様子。

 村人たちも悩んでいる様子だ。


 すると⋯⋯。


「俺は討伐隊だな!!」


 ビートが大きな声でそう言った。


「牛鬼は一回倒したようなモンだし! 山の戦闘なら慣れてるしな〜!!」


「ビート⋯⋯!」


 エータは感謝のまなざしでビートを見る。

 それに続いてドロシーが前に出る。


「村のみんな! 安心してくださいまし! わたくしは村に残りますわ! オーガが来ようと! エルフが暴れようと! 即座に駆けつけて蹴散らして差し上げます!!」


 その言葉に、村人は勇気をもらっているようだ。


 そして、ブバスティスの面々が次々と声をあげる。


「私、討伐、エルフ助ける!」

「一刻を争うと思いますので、その場で治癒が出来るよう私は戦場に行きます!」

「拙僧はエータ殿の護衛にまわります。村は頼んだぞ、コガラシ」

「ハッ! クロウガ様!!」

「ワシは村の防衛じゃな」

「当たり前さねダストン。あんたは私と一緒に村を守るんだよ」

「イーリンと離れるのは寂しいが⋯⋯さすがに山道はこたえる。エータ、イーリンを頼んだぞ」

「鴉天狗飛行部隊・隊長セツナ。村は視界が開けてるから、私は村の護衛にまわるわ。木の葉が邪魔で空からじゃ攻撃できないしね」


 みな、自主的に動き始めてくれている。

 その姿に、エータは胸の奥から熱い物が込み上げていた。


(ありがとう、みんな!)


 その光景を見ていたライオンの獣人ライオは、大きな腕を組み、考え込んでいた。


 そして、群衆の中からゆっくりと前へ歩き、


「オレも討伐隊に加わる。タサブロー様の言いつけ通り、ブバスティスの総大将エータを守ってやる」


 と告げた。


「ありがとうライオ、頼りにしてる」


 そう言ってエータは、ライオの腕に触れた。

 ライオはじっとエータの目を見つめた後、


「フンッ」


 と、言って群衆の中へと戻っていった。


 しかし、一番の問題をクリアしなくてはならない。


「ケイミィ⋯⋯」


「な〜に〜?」


「一緒に来てくれ」


 そうなのだ。


 一角牛鬼の魔技(スキル)致死猛毒(デッドリーポイズン)

 これがある以上、錬金術師(アルケミスト)のケイミィは必須。


 彼女を説得しなければ、道中のエルフを救うどころか、一角牛鬼を討伐することも困難だろう。


「冗談にしては笑えないな〜」


 ケイミィは心底イヤそうにしている。


「私からも頼むよ、ケイミィ」


 旗色悪しと見て、ブライがケイミィの前に立つ。


「あの牛鬼が進化しているとしたら、君の力は必要になる。私は、村長であるエータの決断に従いたい」


「う〜ん⋯⋯」


「ケイミィ、私は彼が村長に相応しくないなんて思わない。私とやり方は違うかも知れない。君と意見が合わないかも知れない⋯⋯。それでも、ケイミィ。君だってわかってるはずだ。彼がこの村を本当に大事に思っていて、いつだって本気な事を」


 ケイミィはのけ反るほどに


「うーーーーーーん」


 と、唸った後。


「わ〜かったわーかった。ウチも行くよ〜。村長のエータちゃんに従いま〜す」


 と、言ってくれた。


 ――――――


 フィエルは、そんな彼らを見てまだ迷っている。


(良いのか? 本当に⋯⋯)


 群衆のすみで難しい顔をしているフィエルに気付いたエータは、そっと彼女に声をかける。


「フィエル、大丈夫。わかってるから」


「えっ⋯⋯?」


 エータの唐突な言葉におどろくフィエル。


「助けたいんだろ? エルフのみんなのこと⋯⋯。だってフィエル『助けたくない』とは一言も言ってないから」


「あっ⋯⋯」


「助けるべきじゃないとかさ、そんなこと言うなよ。フィエル。一緒に行こう?」


 エータはフィエルの手を握る。


「君の力が必要なんだ。俺のために一緒にエルフを助けてくれ!」


「エータ⋯⋯」


 彼女は声を震わせながら、


「良いのか、助けても⋯⋯?」


 と呟く。

 その目には今にもこぼれそうな涙をあふれさせて⋯⋯。


「わたし、私な⋯⋯助けたいって言いたかった」


「うん」


「私はな、村でひどい扱いを受けていた。エータたちと初めて会ったあの時も⋯⋯。死にに行けと言われたような物だったんだ」


「うん⋯⋯」


 エータは静かにフィエルの言葉を聞いている。


「でも⋯⋯」


 ギュッとエータの手をにぎり返すフィエル。


「え、エルフのみんなが心配なんだ、嫌いになれないんだ! エルフのみんなが村の人達に迷惑をかけるかも知れない⋯⋯。また同胞が、誰かを傷付けるかも知れない!」


 彼女の頬に一筋の涙がこぼれた。


「それでも、良いのかな⋯⋯?」


 とめどなく溢れる涙を止めることが出来ないフィエル。


「助けたいと、思ってしまっても良いのかな?」


 エータはフィエルの目を見て優しく微笑み。


「もちろんだ!!」


 と、力強く言った。


 エータのその言葉に、フィエルは(せき)を切ったようにたくさんの涙をこぼした。


「私は⋯⋯助けたい! みんなを、助けたい! 助けたいんだ! うっ⋯⋯うわぁぁぁ⋯⋯!」


 エータの胸で子供のように泣きじゃくるフィエルを、エータは優しく抱きしめた。


 彼女の涙が止まるまで⋯⋯。


 ――こうして、ブバスティスによる『エルフ救出・一角牛鬼討伐隊』が組まれたのである。


 鬼の住処をめぐる最終決戦の火蓋(ひぶた)が切って落とされようとしていた。

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