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第070話〜諦めたくねぇんだ〜

「エルフだ! エルフが来たぞ!!」


 南口を守る監視が、緊急の鐘を鳴らす。


「エルフだって!?」


 エータたちは仕事の手を止め南口に集まり、朝焼けがなごり雪に反射する中、じっと南の山に目をこらす。


 そこには、男女のエルフが二人。

 草木をかきわけて、必死に山を降りてきていた。


 激しい戦闘跡をのこす男のエルフが、頭に赤黒くボコボコと泡を吐く液体のついた女性を背中にかつぎ、こちらへと向かってくる。


「た、助けて! 助けてくれ!!」


 エルフの男がこちらを視認し、必死に訴えかけてきた。


 その後ろから大量のゴブリンが顔を出し、事態は一刻を争うことを如実(にょじつ)に伝えていた。


 エータは即座に、


「戦闘員! 前へ! 二人を救出!!」


 と、指示を出し、戦闘部隊にモンスターを倒して貰い、エルフたちを聖域(サンクチュアリ)の中まで回収した。

 すぐさまディアンヌが二人の治療に入る。


「おい! お前たち! なにがあった!!」


 フィエルは走り、命からがらと言わんばかりに倒れる二人の前に、片膝をついてたずねる。


「牛鬼だ! 牛鬼と大量の鬼が⋯⋯里を!」


「牛鬼⋯⋯だと?」


 フィエルは顔を真っ青にさせる。


 牛鬼。

 2000年前コクシ大陸を開拓した英雄、プリース姫が倒しきれなかったという伝説のモンスター。


 エータたちの居る山々『鬼の住処』を根城とし、何度撃退しても戻ってくる。

 ひとたび暴れ出すと、確実に大量の犠牲者がでる危険極まりないモンスターだ。


 だが、ヤツは以前ビートとドロシーに身体を貫かれ、死に体となっているはず。

 もう傷が癒えたのだろうか?


 それに、エルフの里に『大量の手下』を従えて?


 村人たちはみな、顔を見合せてざわついている。


 男性のエルフは話を続ける。


「応戦したんだが数が多すぎて⋯⋯あ、あいつら、南の山全体に広がって秘術を破りやがったんだ! ムチャクチャだ⋯⋯!」


「南の山全体!? どんな大群だよ! 牛鬼ってそんな事も出来るのか!?」


「エータ、これはかつて例を見ないほどの異常事態だ。そんな数、どの国の文献でも見たことがない。あるとしたら⋯⋯プリース姫の伝説くらいだ」


 ブライは額に汗をかきながらエータに告げる。


 大陸全土の本を網羅(もうら)したブライですら知らないという牛鬼の異常行動。


 これはまた、バスティの使徒であるエータの影響なのだろうか。


「牛鬼が魔技(スキル)で作り出した毒で里を汚染して⋯⋯こ、コイツも毒にやられちまって⋯⋯。頼む! 筋違いなのはわかってる! 解毒薬を分けてくれないか! このままじゃライファが死んじまう!!」


 エルフの男がまだ傷も癒えぬまま、地面に額をこすり付けて懇願する。


「いや⋯⋯よ⋯⋯」


 ライファと呼ばれた女のエルフは、ディアンヌの治癒(ヒール)により多少回復したのか目を覚ます。


「ライファ! 気がついたのか!?」


「勝手に、決めないで、グリス⋯⋯。人間なんかの、手は借りない。コイツらに頼るくらいなら、私はここで、死ぬ⋯⋯!」


 ライファと呼ばれた女性は、治癒(ヒール)をしていたディアンヌの手を力なく払い除ける。


 その様子にディアンヌはどうして良いかわからず、一度手の輝きを止めた。


「何言ってんだライファ! す、すまない! 人間たち!! コイツ気が動転してて⋯⋯!!」


 グリスというエルフの男性はまた深々と頭を下げた。


 それを見たエータは「ケイミィ、来てくれ」と、彼女を呼びつける。


「な〜に〜?」


 のそのそとやってくるケイミィ。


「この人に解毒薬をくれないか?」


「え〜? 普通にイヤだけど〜」


「そうだと思った⋯⋯」


 呆れるエータを見ながら、ケイミィはニヤニヤと笑う。


「だって〜人間の施しは受けたく無いんでしょ〜? それに〜牛鬼が暴れてるならこの村も危ないじゃ〜ん? これから解毒薬が大量に必要になるかもだし〜助かる気がない人のために使うのはもったいないかなぁ〜って〜」


「そ、そんな!!」


 グリスが慌てた様子でエータたちを見る。


「コイツには後で俺がきっちり言い聞かせる! だから頼む!! このままじゃライファが死んじまう!!」


 グリスはフィエルの方を向く。


「フィエル! お前を里から追い出した俺たちが言えた義理じゃないのは十分にわかってる!! でも、本当にもう時間が無いんだ!! ライファに解毒薬を⋯⋯! 頼む⋯⋯頼む⋯⋯頼むよぉ⋯⋯」


 グリスはついに泣き出してしまった。


「わ、私は⋯⋯」


 困惑するフィエルをよそに、エータはグリスに話しかける。


「大丈夫だ、必ず助ける。ディアンヌ、治癒(ヒール)をお願いして良いか?」


 その言葉にディアンヌは力強く「うん!」と応え、嫌がるライファを無視して治癒(ヒール)を再開した。


「ケイミィ、俺からも頼む。解毒薬を⋯⋯」


 ――エータがそう言いかけた、その時だった。



「こいつよ!!!」



 突然、村人の女性⋯⋯。

 ノバナが、ライファに指をさして叫んだ。


「私の⋯⋯私たちの村を焼いて旦那を殺した! 忘れもしない! あんただわ!!」


「ぐっ⋯⋯」


 ライファはノバナを見ながら冷や汗をかいている。

 ⋯⋯が、すぐにニヤリと表情を変えて言いはなった。


「人間の村? ⋯⋯どこだ? コクシカルストの西か? 南か? 焼いた村が多すぎてわからないな⋯⋯人間のブサイクな顔なんてどれも同じに見えるしな⋯⋯! ハハッ⋯⋯ハハハッ!!」


 ライファという女はゲラゲラと笑う。


「殺して!! そいつを殺してぇ!!」


 ノバナは絶叫し、ライファに駆けだした!


「と、止めてくれ!!」


 エータが指示を出し、ノバナは村の男たちに取り押さえられた。

 地面に伏すように押さえつけられるノバナ。


 「なんで、なんでよぉ⋯⋯!! 目の前に居るのに⋯⋯目の前に⋯⋯!! あぁ⋯⋯あぁぁぁ!!」


 ライファの目の前で取り押さえられたノバナ。

 彼女は大粒の涙を流しながら泣き叫んでいる。


 先ほどまで悪態をついていたライファは、罰が悪そうな、心を痛めているような、そんな複雑な表情を見せていた。


(これが人間とエルフの確執⋯⋯)


 最悪の状況。

 エータはこの先どうするかを考えた。


「エータちゃ〜ん。ウチ、絶対に解毒薬あげないよ〜? そっちの男ならまだわかるけどさ〜。その女には絶対あげな〜い」


 ケイミィは、前髪の奥の目を血走らせ、激しい感情を抑えながら言った。


「⋯⋯絶対にね」


 いつになく真剣なケイミィの顔と声。

 人一倍仲間想いな彼女は、家族同然であるノバナの心を踏みにじったライファを、汚物を見るような目で見つめている。


「ぐっ⋯⋯うっ⋯⋯」


 グリスは絶望の表情を浮かべ、すがるようにフィエルの目を見る。


 フィエルは無言で顔を左右に振り、グリスに諦めろと告げていた。


(これは無理だ、(かば)いきれない⋯⋯。すまない、エルフの同胞よ)


 フィエルが見捨てようとした、その時だった。


「ケイミィ、頼む。解毒薬をくれ」


 エータが突然、ケイミィに向かって土下座をした。



「⋯⋯⋯⋯は?」



 ノバナは大きく目を見開き、とても信じられないと言った様子だ。


 村人たちもざわついている。


「エータちゃん、だからイヤだって⋯⋯」


 ケイミィは困ったように言う。

 それでもエータは頭をあげない。


「俺は薬が作れない。ブバスティスに錬金術師(アルケミスト)はケイミィしか居ない。だから、君にしか頼れない。俺は、頭を下げる事しか出来ない⋯⋯。頼むケイミィ、彼女に解毒薬をくれ」


 ケイミィが「いや、だからぁ〜」と、エータを起こすために近付こうとした瞬間。


「ふざけないで!!」


 ノバナが叫んだ。


「私の旦那が殺されてんのよ!? 村が焼かれてんのよ!? たくさんの人間が殺されてんのよ!? なんで助けようとするのよ!!」


 エータは顔を下げたまま言う。


「ノバナの怒りはもっともだ。でも、俺は彼女を助けたい。人間と亜人種の架け橋になるって決めたから⋯⋯彼女を見捨てることは出来ない⋯⋯。頼む、ノバナ、彼女を助けることを許して欲しい」


 その言葉に、ノバナは


「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁ!!」


 と、叫びながらエータに砂を投げかける。


「お前なんかが村長だなんて認めない! 認めたことなんかない!! ブライのままが良かったんだ!! 私たちの事なんてなにも知らないくせに!!」


 村の男たちが「おい、やめろ!」と、ノバナを抑えようとする。


「そんなに亜人が好きなら人間なんか辞めちまえ!! エルフと一緒に牛鬼に殺されろ!! お前なんか!! 人の心もわからないクズ!! 人でなし!! 死ね!! 死ね!! 死ねぇぇ!!」


 さすがに放置できないとブライが割って入る。


「ノバナを連れていけ! 落ち着くまで誰か側にいろ! 暴れるようなら縄でしばってくれ⋯⋯」


 ブライは最後に、重く、言葉をはなった。


「自害も自傷もさせるな⋯⋯頼む」


 ブライの指示を聞いた男たちは、無言でうなずき、彼女を連れていく。


 ノバナは声が枯れるほどに絶叫しながら、遠く、遠く、男たちに連れていかれた⋯⋯。


 そんな一連の流れを見て、ライファは高笑いをしながら言う。


「なんだ? こんな小さな村でも人間は同族同士で争うのだな! ⋯⋯やはり人間は愚かだ! 数だけは羽虫(はむし)のように増えるくせに知能は増えないと見える! 共食いをしないだけ虫のほうが利口だ!」


 ライファは、ケイミィに土下座を続けるエータの方を向く。


「おい! そこで私を助けるなどとほざいている人間! どうだ!? 気持ちよくなれたか!? お前の自慰行為(じいこうい)に付き合わされて私は心底気持ちが悪いぞ!! さっさと絶頂してこの気持ち悪い治癒(ヒール)も辞めさせろ! 私は最後までエルフとして誇り高くいるんだ!! (けが)らわしい人間のマナがエルフの血肉に混ざったらどうしてくれる!!」


 その言葉に、フィエルはレイピアを抜き


「黙れ」


 と、一言、ライファの喉元に突きつけた。


 刀身を見たライファは、それがただならぬ名刀だと気づき「ひっ!」と、恐怖の声をあげる。

 そんな彼女をゴミのように見つめながら、フィエルはエータに語りかけた。


「エータ、私を気遣ってくれているのだろう? ⋯⋯ありがとう」


 フィエルは、ライファをにらみつけながら続ける。


「でも、良いんだ。コイツは一線を超えた。同じエルフの私ですら嫌悪感をいだく⋯⋯助ける価値もない」


 ディアンヌはその様子をチラりと横目で見ながらも、エータに指示された通り、治癒(ヒール)を続けている。


「そんなんじゃない」


 エータは顔をあげないまま、話し始めた。


「そのエルフの女性の言う通りだよ、これは俺のエゴだ。俺のためにやってる」


「エータ⋯⋯」


 フィエルはエータの方を見た。


「俺は、前の世界じゃゴミみたいに扱われてた。どんなに努力しても、歩み寄っても、誰も俺を認めてくれなかった。そして、いつしか自分から動くことを辞めた。⋯⋯歩み寄ることを諦めたんだ」


 エータは、ゆっくりと上体を起こす。


「でも、この世界に来て、村のみんなと出会って、フィエルとシロウさんに出会って⋯⋯鴉天狗や狸人の人たちに出会って⋯⋯」


 エータの言葉には、力がこもっていた。


「俺、わかったんだ。分かり合おうとするのを諦めたら終わりだって。誠意を持って接し続けないとダメなんだって!」


 エータはケイミィの目を真剣に見つめる。


「だから、諦めない。どれだけ軽蔑(けいべつ)されても良い。⋯⋯死んだら終わりだ。話し合うことも、償うことも、(ゆる)すことも出来なくなる。行き場を失ったうらみは、個人を超えて、種族まで⋯⋯。未来永劫(みらいえいごう)続いちまう⋯⋯」


 エータは出来うる限りの魂を込めて告げた。


「だから、頼むケイミィ! 俺が生きてる内にエルフと人間が分かり合えないかも知れない、もしかしたら、俺のせいで悪化するかも知れない⋯⋯! でも⋯⋯」


 エータは息を大きく吸い込み、さけぶように言った。


「この人とノバナが⋯⋯エルフと人間が! 分かり合える可能性を捨てたくないんだ!!」


 静まりかえる一同。


 ケイミィは目をつむり。

 うーんうーんと、ひとしきり悩んだ後。


「はぁぁぁぁ⋯⋯」


 と、大きくため息をつき、エータの目の前に一つのちいさな瓢箪(ひょうたん)を置いた。


「ウチは知らないからね〜、エータちゃんが勝手にウチの解毒薬を盗んだだけ〜ノバナにもそう言っといて〜」


 そう言って、手をひらひらさせながら群衆の中へと戻る。


 エータは、


「ありがとう!!」


 と、言って、すぐにライファに駆け寄った。


 それを見たライファは、フィエルのレイピアを無視して暴れはじめる。


「やめろ! 私は人間の施しなど受けない!!」


 そんな彼女を無視して、エータは瓢箪(ひょうたん)のフタを開け、彼女の頭にドロリと液体をかけた。


「くっ⋯⋯穢らわしい人間め!! やめろと言っている!! 私はエルフの誇りを抱いたまま死にたいのだ!!」


 ライファは、なおも大暴れしている。


 それをディアンヌ、グリス、フィエルの三人が必死に抑えた。


 そして、ひとしきり暴れた後。

 毒が完全に消え去った彼女は大人しくなった。


「ライファ!!」


 グリスはライファを強く抱きしめた。


「グリス⋯⋯私のことは良いと言ったのに⋯⋯。うらむぞ、お前のことも⋯⋯」


 ライファは意識朦朧(いしきもうろう)としながらも、グリスに恨み節を呟いている。


 それを聞き、グリスは大粒の涙を流しながら笑った。


「あぁ、恨め! 一生恨め!! 2000年恨み続けろ!! ずっとずっと恨まれ続けてやる!! ずっと⋯⋯!」


 ライファは、助かった安堵からか緊張の糸が切れ


「バカ⋯⋯」


 と、グリスを強く抱きしめた。


 その頬には一筋の涙が流れていた。

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