第069話〜年末年始〜
この世界にも年末年始という概念があるらしく、ブバスティスは年越し祭りを開催することになった。
鴉天狗、狸人も今年はブバスティスに集まって年越しをする事になり、集会場はいつも以上の賑わいを見せている。
ピグリアムをはじめ、ユキヒメの料理人たち、人間と鴉天狗と狸人の主婦陣も料理に参加。
ブバスティスの連中がありえないほどに酒を消費するので、夏から秋にかけて酒蔵は増えに増えた。
魔道士たちによる火炎操作で季節に関係なく温度調整もおこない、みんなが浴びるほど飲んでも余るくらいには酒が出来上がっている。
そんな訳で『羽目を外しすぎないように』という注意はした物の、基本的に今夜は無礼講という事で、心ゆくまで酒盛りを楽しんで貰うことに。
「年越しといえば辛い思い出しか無いからなぁ⋯⋯」
「こうして笑顔で迎えられる日が来るなんてね」
「今日は湿っぽい話は辞めようぜ! 飲もう!」
「今年は色々ありすぎたね!」
「あぁ、最高の一年になった!」
そんな声が聞こえてくる。
(そうだよなぁ、冬は死と隣り合わせの季節だったんだよな。誰一人欠けることなく年末を迎えられて良かった)
エータは一人、集会場の隅で酒をあおっている。
転生?若返り?した自分が何歳なのかはわからないが、バハスティフの成人が15歳という事で、たしなむ程度には飲んでいる。
だいぶ身長も伸びてきたし、記憶が正しければ16歳あたりだろう。
そんな時、
「エータ、ちょっと良いか?」
ビートが麦芽で作られたお酒を片手にやってきた。
「どした? 改まって」
エータはアイテムボックスからイスを一つ取り出す。
ビートは「サンキュッ!」と言って隣に座った。
「その⋯⋯なんだ。お礼、言おうと思ってな」
は?ビートがお礼?何かしたっけ?と、一瞬おちょくろうと思ったエータだったが、いつもと違う雰囲気を察し、ビートの言葉を待つことにした。
「ありがとな。色々⋯⋯食料とか⋯⋯」
「食料⋯⋯? あぁ、冬は人が亡くなってたりしたんだっけ⋯⋯アイテムボックスが凄いだけだから礼なんて良いよ。お前がアイテムボックス持ってても同じことしただろ?」
ビートが頭を左右に振る。
「お前だからここまで出来たんだよ。俺じゃお前みたいに扱えなかったし⋯⋯村のみんなもたぶんそうだ」
確かに、前の世界の知識がある分、この世界ではアイテムボックスを上手く使えている方なのかも知れない⋯⋯。
少しは自信を持っても良いのだろうか。
エータは酒をあおりながら、静かにビートの言葉に耳を傾けた。
「この村⋯⋯俺が物心ついた時な? いまと同じくらい人が居たんだ⋯⋯。母親がわりに世話してくれるばあちゃんとか、同年代の友達とかさ⋯⋯居たんだ⋯⋯」
「えっ? いまと同じくらいの人って⋯⋯あっ⋯⋯」
ビートの目に光る物が見えたエータは、静かに悟った。
(じゃあ、この十五年の間に二百人は亡くなってるって事なのか⋯⋯)
なぜ、自分はこのタイミングで来たのだろう。
もっと早ければ⋯⋯。
エータは言いようのない感情にさいなまれた。
「冬が来る度にな⋯⋯。すこしずつ村から人が居なくなってった。冬はみんな家にこもっててさ、体力を落とさないように暖を取ったりで。だから俺、ずっとわかんなくて⋯⋯」
「ビート⋯⋯」
「春になって外に出たら、もう遺体すら無くてさ。ほら、俺まだガキだったから大人たちが気ィ使って⋯⋯」
ビートは拳をギュッと握りながら、精一杯言葉をひねり出しているようだった。
「バスティ様からさ、神託で狩人を授かったときにはじめて分かったんだ⋯⋯。冬にメシが無くて、みんな居なくなってたんだって⋯⋯」
ビートはついに大粒の涙をこぼした。
「し⋯⋯死んだんだって」
「⋯⋯」
エータは真剣にビートの声に耳をかたむけていた。
「それから親父に頼んで、改めて体を鍛えてもらって、ブライから狩りのこと教えてもらったりよ⋯⋯色々、がんばったんだけど⋯⋯冬だけは無事に越せなかった⋯⋯」
集会所は、笑い声に包まれている。
「どうしても、どうしても犠牲者が出た⋯⋯。それが、悔しくてよ。命懸けでケモノを狩っても足りねぇ。雪をかき分けて食える根っこやキノコを持って帰っても足りねぇ。いつしか、冬が近づくに連れて、矢を射る手が震えるようになってた⋯⋯」
ビートは自らの手を見ながら言う。
その手はちいさく震えていた。
「この矢を外したらまた誰か死ぬんじゃないかって。誰かの死に繋がるんじゃないかって⋯⋯俺、怖くて⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
(俺はこの世界をまだ甘く見ていたのかも知れない)
ビートの話を聞いたエータは、そう思った。
科学が発達していないバハスティフで、冬がどれほどの脅威なのか。
そして、そんな過酷な状況下で、なお襲い来るモンスターという人類の敵。
前の世界とは比べ物にならない厳しい営み。
(この村の住人にとって、冬は死そのものだったんだ)
エータは、自分の浅はかさを呪った。
「⋯⋯でも⋯⋯でもな?」
ビートがエータを見ていう。
「お前が来て変わったんだ、エータ」
「えっ?」
突然の言葉に、あっけにとられてしまうエータ。
「お前が来てから俺、冬が来るのが怖くねぇ。矢を射るのも怖くねぇ。お前がなんとかしてくれるって。いまはそう思えんだ⋯⋯だから、ちゃんとお礼言わないとって⋯⋯」
そういうと、ビートは右手をさしだした。
「ありがとな、エータ⋯⋯!」
「ビート⋯⋯」
エータはフフッと笑う。
「お前さ、俺の命。誰が助けたと思ってんの? ⋯⋯オオカミの時も、ベヒモスの時も、グガランナの時だって⋯⋯それに」
エータはビートの目を見ていう。
「命だけじゃない、無職でなんのチカラもない俺が『亜人種を助けたい』って言ったとき、なんの見返りも求めず、いつも一番に賛成してくれたのはお前だ。⋯⋯俺の方こそ、いつもありがとな。ビート」
エータはビートの右手を強くにぎった。
「これからも誰一人死なないよう、一緒に頑張って行こうぜ! 頼りにしてる!!」
「あぁ!!」
二人は、泣きながら笑い
そして、右手を繋いだまま酒を飲みほした。
まるで、兄弟の契りをかわすように。
――――――
「あつっくるしいですわねぇ」
「フフッ⋯⋯そうだな」
「でも、キライじゃないですよね。あぁ言うの」
ドロシー、フィエル、ディアンヌの三人が柱の陰でこっそり二人の会話を聞いている。
「わたくしも気合いを入れないといけませんわね」
手に持ったワインをコクリと飲み、天を仰ぎながらドロシーが言う。
「私たち、だろ?」
イタズラに笑うフィエル。
「もう誰も死なないように⋯⋯」
決意を新たにしたディアンヌは、そっと瞳を閉じ、この村で犠牲なった人達のために祈った。
それぞれが強い想いや、願いをこめて迎えた新年。
エータたちの心は結びつき、それは何者にも屈しない強固なものだと、誰しもが思った。
しかし彼らは、人間と亜人種の宿怨。
暗くふかい怨恨の渦に巻き込まれることになる。
――コクシ歴2026。3月。
ついに、その時が訪れた。
「エルフだ! エルフが来たぞ!!!!」