第064話〜訓練場〜
――コクシ歴2025。11月。
村の名をブバスティスとし、エータが村長となってから早一ヶ月。
空の交通網が設立され、鴉天狗の無職たちは全員、ブバスティス村、ハコノギ山、ユキヒメの里の三つを繋ぐ仕事について貰った。
ブバスティスとハコノギ
ハコノギとユキヒメ
ユキヒメとブバスティス
人数や重量に制限はあれど、それぞれ決まった時間、決まった場所へ向かうので、大変便利だ。
これで、各ジョブの人々が必要なとき必要な場所へ行き来ができる。
ハコノギ山にはユキヒメ一族の無職のタヌキが、農作物のお手伝いへ。
ユキヒメの里は農業の環境が十分に整っているため、交通網の設立で人手が足りないハゴノキに派遣されている。
適材適所、三つの村が連携して、より強力に発展していくエータ連合。
ユキヒメの里にも大型の地下氷室を作り、秋の内に貯蓄をした。
今年はかなり余裕があると、タサブローは喜んでいた。
エータは、各集落の資源が枯渇しないよう、植物から紙を作り、ブライに帳簿のお願いをしている。
「そうそう、私はこういう仕事がしたかったんだよ」
ブライは書類整理や書記などが得意⋯⋯。というか、大好きなようだ。
ジョブとアーツの効果もあって、一人で何人分も働く。
今までは、フィールドワークもしなければならず、本領を発揮できなかったみたいだ。
エータが村長になってブライがパワーアップした形になる。
王宮で働いていた時より、扱うデータが圧倒的に少ないようで「午前中にはやるべき事が終わってしまう」と言っていた。
とんでもない事務処理能力だ。
空いた時間は、ブライの頭の中にある『本』の複製をしているようだ。
ちいさい子たちのために、読み書き、算術、歴史、道徳、などを中心に、たくさんの書を作りたいらしい。
――――――
サクべのお腹がかなり大きくなってきた。出産予定は三月中旬。あと三ヶ月ちょっとで産まれる。
「産まれたらほんの少〜しだけお酒が飲みたいわねぇ。ほら、あたし、お酒好きじゃない? も〜みんなが飲んでるのが羨ましくて羨ましくて!!」
「ダメだ! おめぇはすーぐ調子に乗って飲みすぎんだからよ! オラも我慢すっから飲むんじゃねぇ!!」
「んも〜!!」
ギノーとサクべは今日も仲良く痴話喧嘩をしている。
エータはそんな二人を見て、生前の両親の姿を重ねてしんみりとしていた。
(ギノーさん達が幸せに暮らせるように頑張らないとな)
叶わなかった親孝行。
せめて、自分の関わった人達だけでも⋯⋯。
エータは気合いを入れ直した。
――――――
ブバスティス村の北。
空いたスペースに大型の訓練場を作った。
鴉天狗の飛行部隊は五人が剣術、五人が弓術。
タヌキの隠密部隊は十人が格闘戦、十人が妖術の練習をしている。
フィエルは、クロウガを中心に鴉天狗一族から剣術を習っている。
ビートは鴉天狗たちに弓を教え、ドロシーはタヌキたちと組手。
イーリンとギムリィがタヌキたちの妖術を見ながら何やらディベートしているようだ。
「フィエル殿、相手に攻撃を加えたあとも決して気を抜いてはなりませぬ。相手の方を向き、いつでも戦闘に戻る姿勢をつくる。これすなわち残心と申します」
「なるほど、致命傷を与えたとしても、その命が果てるまで暴れる者が居るからだな。承知した」
木刀を使って、流れるように剣を重ねる面々。
特訓のときはフィンの風を使わないようにしているようだ。
――――――
「だからよぉ! グッとやって、ギュィーンってして、シュッ! だよ。わかった?」
「び、ビート殿⋯⋯もう少しわかりやすく⋯⋯」
「だからぁ! グッと引いてギュィーンってマナ込めてシュッ!!」
鴉天狗たちが顔を見合せて困り果てている。
ビートに先生は無理だな⋯⋯。
――――――
「なかなかやりおるな! 人間の娘よ!!」
「あなた達こそ!!」
忍び装束に身を包んだタヌキの獣人たちとドロシーが、スーパーなサイヤよろしく、残像と音だけを残して激しい戦闘訓練をしている。
もはや人外のそれだ。
「ど、ドロシーさん、すごいッス⋯⋯」
その様子を狸人のアイチェが槍を持って見ている。
「槍術特攻のアーツを持ってるのがアイチェしか居ないからな、なかなか練習相手が出来なくてすまない」
狸人の面々が、訓練で息を切らしながらアイチェにいう。
「い、いえいえ! 私は打ち込みしてますから!」
アイチェは訓練場の隅に置いてある人形に向かって、ひたすら槍を打ち込んだ。
「潜在能力はあるんですけどね⋯⋯」
「彼女が打撃特攻か身体強化を持っていればな⋯⋯」
「ジョブが樵、アーツが槍術特攻と、上手く使えない変化。なぜかチグハグですからね」
「やる気は人一倍ある子だ。無職よりは強い。変わらず里の衛兵として頑張ってもらおう」
タヌキたちは優しくアイチェを見守った。
――――――
「どろんっ!!」
一人のタヌキが小さな茶釜へと変化する。
「おー」
「こりゃすごい、マナで視覚を混乱させとるのか?」
茶釜はボシュゥー!と、煙を出しながら、忍び装束のタヌキへと戻った。
「いえ、視覚のみならず、触覚や嗅覚なども惑わせます」
「なんじゃと!?」
「高等魔術! すごい!!」
イーリンはぴょんぴょんと飛び跳ねている。
タヌキの面々は身体をくねらせながら「いや〜それほどでもぉ〜」と言った感じだ。
「原理はどうなっとるんじゃ? ここに居る者全員が使えるのか?」
「原理は催眠に近いですね、マナで相手の神経に作用する幻覚という魔技でございます。狸人と妖狐の固有魔技です。狸人のほとんどの者が使えますよ」
「ほぇ〜、アーツとはまた違った理があるようじゃのう」
「アイチェの変化と違う?」
「それが⋯⋯。拙者たちにもよく分からないのでございます。過去、あのような魔技は授かった者がおらず、アイチェも失敗ばかりで検証すら出来ない始末でして」
「ふむぅ、気になるのぉ〜。この老いぼれが死ぬまでには解明したいわい」
「おばあちゃん! 死ぬとか! 不吉なこと言わない!」
「イーーーリーーーーーン! ごめんよぉーーー! お前を置いて死なないからねぇぇーーー!!」
イーリンをギュッと抱きしめるギムリィ。
イーリンはギムリィの腕の中でフンスッ!としている。
「お二人は高等な魔道士とお見受けします。お二人のアーツドライブもぜひ拝見させていただきたく存じます」
その言葉にギムリィは強くうなずいた。
「よっしゃ! イーリン、久しぶりにアレやるかのう!」
「うん! おばあちゃん!!」
二人は空に向かってマナを込め始める。
火炎操作と氷結操作が陰陽太極図のように混ざりあい始めた。
――山がざわめき始める。
「相反する二つの魔素」
「理を持ってこれを顕現す」
赤と青のエネルギーは更に回転を増す。
「動を持って静と成す」
「零を持って熱と成す」
訓練場の大気を吸収するかのごとく、ぶつかり合うエネルギーが強風を巻き起こす。
「お、おい。あれヤバくねぇか?」
「なんだこの風!?」
「魔法訓練のほうだ!」
訓練場にいる全員が異変に気付きはじめた。
「開かれしは万理の扉」
「開かれしは真理の扉」
太極図からバチバチと電流のような物が走る。
近くの木々はバサバサと揺れ、小動物たちが恐怖に逃げはじめていた。
「「我等、一を以て、此処に全を誓わん!」」
太極図が激しく金色に輝く!!
「こ、これは!!!」
「なんというマナの奔流!!」
「妖術の真髄でございます!!」
二人は太極図をさらに回転させ、その光はすべてを飲み込まんと巨大化している。
「うおおぉーーい!! 何やっとるんじゃ!! やめんかぁぁーー!!!!!」
「二人共ぉー!! それ絶対ヤバいやつだろぉぉぉー!!」
と、エータとダストンが物凄いスピードで二人を止めた。
かなり焦ったのか「ゼェー!ゼェー!」と息を切らしている。
「ギムリィ! あれはもう撃つなと言ったじゃろうが!!」
ダストンがギムリィの首根っこを掴みながら言う。
「ホッホッ! すまんすまん! ちとテンションぶちあがってもうて」
「ババァがテンションなどと言うでない⋯⋯」
「マジめんご」
ダストンは心底呆れたようにギムリィを降ろした。
エータもイーリンを降ろしながら言う。
「イーリンもだぞ! 村の中であんな大魔術使うなって!」
すると、イーリンはエータにギュッと抱きつきながら言った。
「もうちょっとで気持ちよくなれたのに⋯⋯」
「ちょ⋯⋯!!」
瞳をうるうるさせながら上目遣いで訴えるイーリン。
エータは目をギュッと閉じて深呼吸した後、イーリンを引きはがし。
「誰かケガするかも知れないから⋯⋯もうやっちゃダメだぞ」
と、頭を撫でながら言った。
イーリンは頬をふくらませ、口を尖らせながら小さく「うん」と不服そうに応えた。
そのやり取りを見て、ギムリィがさっとイーリンを回収する。
「やらんぞ」
エータは、
「か、勘違いすんな!!」
と、大慌て。
ギムリィは「ひひひ」と笑い、
「ウソじゃ、ワシももう長くない。なにかあればよろしく頼む」
と言った。
「毎日あれだけ肉を食うておれば、その時はまだ先じゃろうな」
「もうちょっと弱ってからもう一回言って、ギムリィ」
エータとダストンは白い目でギムリィを見る。
「なんじゃいなんじゃい! かよわいババーの頼みじゃと言うのに!」
ギムリィは胸に抱いたイーリンを見る。
「⋯⋯もうちょっと大人になるまではワシが守るかの」
そう言って、イーリンの頭を優しくなでた。