第061話〜発展の相乗効果〜
――コクシ歴2025。秋分。
グガランナの一件から二ヶ月が経った。
エータのアイテムボックスを活用したハゴノキ山は、天空の楽園のような場所になっていた。
アイテムボックスで造られた小川に、大きく広げられた畑。
立派な氷室も作成し、食材の貯蔵も十分に行える。
高所からの絶景を見渡せる旅館を作り、遊びに来た村人はそこに泊まれるようになっている。
川の延長にはちいさな滝が出来ており、広範囲の森を潤しているようだ。
その影響で、山の下にはキノコ類が特に増加。
鴉天狗たちの薬と食用のみならず、野生の獣たちの腹を満たすのに大いに役立っている。
ミノタウロスが命懸けでハゴノキ山を登る理由が無くなったので、鴉天狗たちの住むハゴノキの里は平和そのものと言った様子。
ブライの村からハゴノキ山まで、陸路だとかなりの時間を要するが、空路だと往復で3時間程度。
ハネチヨと三足鴉のヤタを中心に、連絡と送迎のための『空軍隊』を作り、エータをはじめ三日に一度はいろんな村人を連れて行った。
特にギノーの活躍が大きく、かなりのスピードで畑の発展が進んだ。
ーーーーーー
エータたちにとって想定外だったのは、ブライの村にも想像以上の恩恵があった事である。
特に活躍したのは、鴉天狗のチョウさん、シュウさん兄弟だ。
二人は職業・大工に就いており、チョウさんは森林調査。シュウさんは鉱石調査を持っている。
この二人のおかげで、ハゴノキ山の防衛ラインは安定して運用できていたのだが⋯⋯。
そんな二人が、防衛ラインを守る必要が無くなったので、彼らが中心となって、ブライ村の住居を徹底的にリフォーム&ニュービルディング!!
いままではアイテムボックスで無理やり形にした『家のような何か』だった住居たち。
そんな村に二人は、風の流れや光の入射角まで計算した『ホンモノの家』を次々に建ててくれた。
思い返して見れば、クロウガの寺院のような立派お屋敷。
あれは腕のある大工でなければ出来ない仕事だ。
エータは鴉天狗たちとの出会いに改めて感謝した。
ブライ村の周りに設置した生きた木の柵も、チョウシュウコンビがより実用的な防護壁へと昇華。
見張り台をより昇降しやすく、階段を見直し、長時間いても快適なスペースへと改修。
頂上はバリスタ、昇る途中にはクロスボウの発射地点。
射程や小回りを考えて、改めてプランを組み直してくれた。
――――――
ブライの村50人、ハゴノキの里50人。単純に消費が倍となった連合だったが、採取、狩猟、農作⋯⋯。
すべての範囲と効率が格段にアップしたため、アイテムボックスの中は、より一層の増加を見せた。
途中、地質調査を持つノバナから、
「土地が痩せてきてる」
との指摘があったため、ボックス内の非可食の有機物を細かく分解し、農家の方々に肥料にして貰った。
アイテムボックスに物が溜まっていくという事は、その分、世界から物質が消えるという事だ。
汚物や非可食のものは、毒素を抜いて汚染を防ぎつつ、定期的にアイテムボックスから出して行くことにした。
――――――
ブライ村で作っていた酒が良い塩梅となってきた。
いままでは『ただ酔いたい為』に飲んでいた人々だったが、蒸留酒や果実酒など、選択肢がすこしずつ増加。
ピグリアムが「熟成させるともっと美味しいよ〜ん」などと言い出したのでさぁ大変。
村人たちのお願いで酒蔵を増設し、自分好みの酒を造るのに夢中になっていった。
発酵食品の人手は常に不足していたので、率先して酒造りを始めた村人の存在はおおいに助かっている。
酒は嗜好品だけでなく、調味料、医療用アルコール、砂糖などの作成にも利用させてもらう。
――――――
大工のチョウ、シュウから念願の機織り機を造ってもらったサリバン。
彼女は飛びあがるほどに喜び『ドロシーがノイローゼになるのでは?』と思うほど、朝から晩まで作業している。
そこで、とある事件が起きた。
「ふーん、あんた。なかなかやるじゃない。んまっ、私には遠くおよばないけどね〜」
鴉天狗一族の服飾家・カレナという女性が、ブライ村の服飾家であるサリバンにケンカを売ってきたのである!
「あぁ? あんたは最初から『良い道具』を使ってたんだろ? そのハンデが無くなった今、あんたなんかあたしの敵じゃないねぇ」
バチバチと火花を散らす両者!
「ケンカするならデザイナーとして服でしなさい!」
と、ブライに叱られた二人。
月に一度、ファッションショーを行い、どちらがより投票を集めるかの勝負をすることになった。
モデルは高身長細身でなんでも着こなすドロシーを筆頭に、フィエル、ディアンヌ、イーリン、ケイミィの五人。
そして、鴉天狗一族もクロウガの側近であるセツナを中心に、若い女性五人に白羽の矢が立った。
しかし、ケイミィが「うわ〜ん! こんなの公開処刑だ〜!」と言いながら逃げてしまったので、人間サイドはもう一人、絶賛モデル募集中である。
――――――
調教師であるポピーの養鶏場は、コックァの数が増えに増え、てんやわんやである。
しかし、調教師であり鳥師のハネチヨが来たことにより、状況が一変!
ポピーが育てた成体のコックァも、よく言うことを聞くようになったのだ!
ポピーのアーツ・牛師。
このアーツは理論上、ミノタウロスやグガランナも手懐けることが可能。
だが『自分を主と認めさせる』か『屈服させる』のどちらかが必要なので、現実的ではない。
彼女の住んでいたコクシカルストには『モーミー』という牛型の温厚なモンスターが居るらしく、それをどうにかして手に入れたいものである。
――――――
鴉天狗の飛行部隊にゴブリンたちの捜索をお願いした。
どうやら西の山だけでなく、北の山からも姿を消しているようだ。
ミノタウロスの異常発生には、ゴブリンやオーガが消えたことも関わって居るだろう。
鬼たちが居なくなったことで数を増やしすぎ、一気に食糧難が加速したのだ。
逃げた牛鬼、消えた鬼共。
どう考えても無関係とは思えない。
嫌な予感はしつつも、広大な山々を一つ一つ確認するのは不可能。
エータたちは、出来るかぎりの防衛を固め、来たる運命の日のために備えた。
――――――
フィエルは毎日、風宝細剣の練習をしている。
ピグリアムの食育の効果で、エルフ本来のMPを取り戻しつつあるフィエル。
だが、失った時間はあまりにも長く、まだ年相応とは言えないステータスである。
新たに手に入れた風魔の剣。
MP消費が少なく、弓よりも攻撃力が高い。
そして、なにより軽い。
今までのように弓を扱いながら、腰に帯刀することが出来る。
フィエルは近距離〜中距離はレイピア、遠距離は弓が使えるように、日々鍛錬に努めた。
「くっ⋯⋯!」
ステータスが高くなるほどに感じる、身体の違和感に耐えながら。
――――――
鍛冶師のマスジェロが、なぜハコノギの里にいたのか。
ハコノギの里の復興を手伝いにきたエータ一同は、新しく作られたマスジェロの家⋯⋯立派な工房へと足を運んだ。
工房のカウンターに、ヒマそうに座るマスジェロと談笑する。
「あー、ここに居るのは色々ワケありでな。俺様、元々南の里出身なんだが、そりが合わなくて北の里に移り住んでたんだ。そしたら、ある日急に、辺り一面火の海でよ。焦ったぜクソが!」
「おかしいな⋯⋯その時、私は救助隊として参加していたのだが、マスジェロ殿は居なかったぞ」
フィエルの言葉に、マスジェロは手をひらひらと振りながらこたえる。
「逃げてる途中にチラッと見かけたんだけどよ。南の里に戻りたくねぇからお前らからも逃げたんだ。俺様にゃあ風宝細剣があったからよ。楽勝だったぜ!」
(むっ⋯⋯ボロボロで倒れているところを拙僧らが救助したのだが⋯⋯)
得意気に話すマスジェロの近くで、内心、クロウガがそう思ったが、
(黒羽団扇の恩がある、黙っておこう)
と、目と口をとざした。
「その後は、ハコノギの里で宝具作ってやって優雅な隠居生活よ! 居場所がバレたくねぇから口止めもしてな!」
「なるほど⋯⋯だから隠れるように住んでいたのか」
フィエルはいたく納得した。
「火と鉱石を使わねぇ作業ならできっから、作って欲しいモンがあれば言いな!」
その一言に、みなは顔を見合わせる。
「わ、わたくし! グリーブが欲しいですわ!」
「あー、そいつぁ火も鉱石も使うからムリだな」
「私、新しい魔法の杖。欲しい」
「そいつも鉱石がな〜」
「じゃあ、俺の弓ならどうだ? 火も鉱石も使わねぇだろ」
「ヤローの武器なんて論外、絶対作りたくねぇ」
「「「えぇ⋯⋯」」」
一同は悟った。
こいつは根っからのダメエルフだと。
「火と鉱石が使えなくて、どうやって風宝細剣を作ったんだ? どう見ても鉱石使ってるだろ」
エータはマスジェロに聞く。
すると、彼は人差し指を立て、口を開いた。
「そいつぁ魔石だな」
「魔石?」
「フィエルの嬢ちゃんにやった剣は、風魔石っつー『風のマナで変質した魔石』を使ってる。だから、エルフである俺様でも加工ができたんだ。まぁ、どーしても火は使うから、ちょっと手が溶けちまったけどよ」
マスジェロが手のひらを見せると、指紋が消えるほどにボロボロになっていた。
「エルフが鍛冶師に向かないのはこの為か⋯⋯」
「こんなになっちまうのか⋯⋯」
「申し訳ありませんわ、好き勝手なことを言って⋯⋯」
マスジェロは「いいっていいって!」と、気にしていない様子だ。
「黒羽団扇みてぇに、風魔石をちょろっとしか使わねぇなら負担はまだ少ねぇけどな。魔石自体がレアだから俺様の出番はほとんど無ぇだろうな〜」
(そういう事なら仕方ない。マスジェロは十分仕事をしたとも言えるし、新しい魔石が手に入るまでゆっくりさせてあげよう)
この時、エータは大きなミスを犯した。
そう、実はすでに魔石を持っているのである。
彼がそのことに気付くのはもう少しあとになってからの話だ。
「そんなわけで、一日三回のメシと酒よろしく〜! 美人の姉ちゃんのお酌つきで〜!」
(((あっ、やっぱダメエルフだコイツ)))
――エータたちは工房を後にした。
「ありゃあ、しばらく出てこねぇぞ」
「追い詰められないとやらないタイプですわね」
ビートとドロシーは冷ややかな目で工房を見る。
「ま、まぁ⋯⋯風宝細剣くれただけでもお釣りが来るから⋯⋯」
エータは苦しまぎれのフォローをしたが、それは焼け石に水をかけるような物だった。
(結局、両親のことは聞けなかったな⋯⋯)
完全に機会をうしなったフィエルは、一人、瞳を悲しみに染めていた。
しかし、
「よし、俺たちの村に帰るか、フィエル!」
エータのその言葉に、過去を見つめるのは辞め
「あぁ、帰ろう。私たちの村に」
と、前を向いて歩きはじめたのだった。