第060話〜親分・エータ〜
「我ら鴉天狗、ハゴノキ一族。貴方様とこの村にお仕えしとうございます!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺たちはそんなの望んでません! あくまで対等に⋯⋯!」
「いえ! バスティ様の使徒である貴方様と対等という訳にはいきません! 此度の件で、貴方様が真に亜人種を救済するお方だと確信いたしました! どうか⋯⋯どうか我らを家臣に!!」
エータが「いやいや⋯⋯」と、困っていると、ブライがどこからともなくスッと現れた。
「良いじゃないかエータ、家臣にしてあげなよ」
「うぉい! どこから現れたし!!」
「ハハハッ! 村長たるもの、必要なときに必要な場所に現れるのさ!」
「どう考えても場を荒らしに来ただけだろ」
「いやね、真剣な話。鴉天狗のみなさんは家臣にしてあげた方が良い」
ブライはスッと表情を切り替えて話す。
「な、なんでだよ。俺は対等に⋯⋯」
「対等、というけどねエータ。君の能力はこと『組織の運営』という点において強すぎる。君は鴉天狗のみなさんが、この村と本当に対等な立場になれると思うかい?」
「そ、それは⋯⋯」
エータは考えてみた。
この先、エータはハゴノキの里をこの村と同じように発展させて行くだろう。
しかし、それを『鴉天狗たちの力』と、胸を張って彼らに言わせてあげることが出来るだろうか。
否、きっと彼らはこう思うだろう。
『エータ殿のおかげだ』と。
アイテムボックスの力で助けてあげたい、と、彼らと対等な立場でありたい。
この二つは共存が非常に困難なのだ。
エータが考えたのを見計らったかのようにブライは言う。
「鴉天狗たちにとって一番良いのは『エータの家臣』として『エータの庇護下においてあげる事』じゃないかな? それが、彼らに引け目を感じさせず、心置きなくエータに頼れる良い関係だと、私は思うよ」
「ぐ⋯⋯ぬぬぬぬ⋯⋯」
悩むエータを見て、クロウガが片膝をつき、懇願する。
「エータ殿! 何卒! 我らを貴方様の家臣に! それが我ら鴉天狗、ハゴノキ一族の喜びでございます! どうか!!」
「ほら! それとも君は、こんなに頼んでいる鴉天狗たちを見捨てるのかい!?」
「〜〜〜〜!! あーもう! わかった! わかったから!!」
どうせもう対等な立場なんて不可能。
そう感じたエータは、暫定的に鴉天狗たちを自分の家臣として認める事にした。
それを見たブライは、
「エータが鴉天狗たちの親分になったぞぉぉー!!」
と、大声で叫んだ。
「あー!! ブライてめぇ!!」
こ、こいつ!絶対面白がってやがる!!!
そう思ったがもはや手遅れ。
村人たちと鴉天狗たちから盛大な拍手を送られたエータは、無事『鴉天狗たちの責任者』という、面倒な立場になったのであった。
――――――
その様子を、フィエルはキノコ串を食べながら静かに見ている。
「ははっ、さすがだな。エータ」
(きっと君は、こうしてたくさんの亜人種を救うのだろうな)
フィエルは、嬉しそうに微笑む。
すると、
「よう、さっきは悪かったな」
顔を真っ赤にし、お酒の入ったタンブラーを持ったマスジェロがやってきた。
「いや、むしろ感謝している。風宝細剣をありがとう。この剣が無ければ危なかった」
フィエルは心からの感謝を述べる。
「デコの傷は残ってねぇみたいだな」
とんとん、と自分のおでこをつつくマスジェロ。
「この村には優秀な神官が居るのでな」
遠くで両手にグガランナの串を持つディアンヌを見るフィエル。
なんとも美味しそうにほおばっている。
「そいつぁ良かった⋯⋯」
マスジェロは目線を落とし、酒をクルクルとまわしながら言う。
「その剣で手打ちってことにしてくれや」
「私が貰いすぎている気がするが⋯⋯わかった。そうしよう。後で返せと言っても返さないからな」
二人はおたがいに笑い合う。
そして、フィエルは気になっていたあの件について切り出す。
「それで、マスジェロ殿。私の両親についてなのだが⋯⋯」
その言葉を聞いたマスジェロは、口角こそ上がっていたが、その瞳は悲しみに染まっていた。
「やっぱ気になるよな。フィエル、お前の両親はなァ⋯⋯」
と、マスジェロが切り出そうとした時。
集会所がよりいっそうの笑い声に包まれ、中央に設置されたステージのほうから声が飛んできた。
「フィエルー! あなたも踊りますわよー!」
「なにそんな端っこにいやがんだー!?」
「フィエル! 一緒に! 食べるー!」
「フィエルさーん! こっちに夏野菜がありますよー! 一緒に食べましょー!」
「まだ食べるの〜? ディアンヌ〜」
フィエルは「あ、あぁ!」と、返し、マスジェロのほうを見る。
「行ってこいよ、話はいつでも出来んだろ?」
マスジェロは、まるで父親のようなまなざしでフィエルを見る。
「でも⋯⋯」
フィエルはまだ迷っているようだ。
そこへ、
「フィエル!」
エータがやってきた。
「あっ、すまん! マスジェロさんと話してた!?」
邪魔をしてしまったのかと気を遣うエータ。
「いんや、ちょうど区切りがついたところだ! なぁ! フィエル!」
「そう⋯⋯だな!」
「っつーわけで、連れてってやってくれ! 兄ちゃん!」
その言葉を聞いたエータは、
「わかった! じゃあ行こうぜフィエル! みんなのところへ!」
と、手をさしだした。
「!! ⋯⋯あぁ!!」
フィエルはその手をとって、集会所の中央⋯⋯。
『仲間』の元へと歩きだした。
そんな彼女の後ろ姿を、とても嬉しそうにながめるマスジェロ。
「ははっ! みんなのところ⋯⋯か」
マスジェロは長い前髪をたらし、顔を隠すように酒を煽る。
「よかったなぁ、シルフィ。お前がいっつも言ってた『人間と友達になりてぇ』ってヤツよ」
飲み干したタンブラーに、ちいさな水滴が落ちた。
「お前の娘が叶えたぜ⋯⋯ちくしょう⋯⋯!」
フィエルの背中に、彼女の母の面影を見るマスジェロは、集会所の端で静かに泣いた。
こんなに嬉しいことは無いと、そう思いながら。