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第055話〜グガランナとおっさんエルフ〜

 ――ブモォォ!! ブォォォォ!!


 激しく怒り狂うように鳴くターコイズブルーの巨大な牛。体高3m、全長7mはある巨体。

 その背中には、およそ、その姿には似つかわしくない大きな黄金の翼をたずさえていた。


「グガランナ!? クロウガさん、それは一体⋯⋯!」


 エータはクロウガに問う。


「グガランナはこの世の怒りを具現化した存在。その身は鉛よりも重く、その巨体と重量を持って空を縦横無尽に飛びまわる⋯⋯。あの黄金の(ひづめ)はオリハルコンのごとき強度を誇るというバケモノです! 牛鬼に匹敵するとされる禁忌のモンスターの一体⋯⋯なぜこんな所に⋯⋯」


「グガランナ⋯⋯エルフ族でも言い伝えがある。こいつは飢饉(ききん)を呼ぶとも⋯⋯。もしかしたらここら一帯から食料が消えたのは、コイツも一枚噛んで居るかも知れない」


 フィエルは冷や汗を流しながらグガランナを見ている。


「バスティの使徒による影響⋯⋯」


 エータは、このグガランナというモンスターの出現に自分が関わっているのでは無いかと疑っていた。


 この予想は半分正解であり、先日エータが神託を行った際に、プタラムような存在を怒らせたことが要因の一つである。

 そして、あのベヒモスも⋯⋯。


 しかし、彼らにその事実を知る術はない。



 ――ブモォォー!!



 金色の光をまとうグガランナの蹄。


「来るぞ!! 避けろ!!」



 ――隕石猛襲(メテオストライク)――



 エータに向かって彗星のごとく堕ちてくる巨体!

 咄嗟に、フィエルはエータを突き飛ばした!



 ――ドドォンッ!!



 爆音と共に大きくえぐれる地面。もし、直撃しよう物なら肉片を飛び散らせて即死するだろう。


「あ、ありがとうフィエル!」


「礼は良い! いまはヤツを!」


 フィエルが弓を引き、グガランナの瞳に矢を放つ。


 しかし、間違いなく当たったにも関わらず、その矢は目玉に弾かれてしまった。


「くそっ⋯⋯相当マナを込めた魔技疾走(スキルドライブ)で無ければ攻撃が通らんか⋯⋯」


「じゃあこれならどうだ!!」


 ビートが全身を使って、弓を力のかぎり引く。

 赤く激しい光をまとい、グガランナに狙いを定めた。



 ――牙狼穿(ガロウセン)――



 「ガォンッ!」という音と共にビートから放たれる一匹の巨大な狼!


「あれはベヒモスを倒した時の!」


「へへっ! 一人でも撃てるようになったぜ!!」


 地面をえぐりながら進む一本の矢!

 狼の姿をした大量のマナが、グガランナを貫かんと突き進む。

 危険を察知したグガランナは、蹄を黄金に光らせてその矢を受け止めた。



 ――ガギギギギギッ



 両者の誇りをかけたそれは激しくぶつかり合い、鋼鉄を打ち鳴らしたような火花が散った。


 そして矢は、グガランナの蹄に傷をつけて止まった。


「マジかよ⋯⋯止められた?」


「いや、奴の蹄に届いただけでも大した物だ。しかも一本の矢で⋯⋯。お主、相当な手練(てだれ)だな」


 クロウガは信じられないと言った表情でビートを見つめる。



 ――ブモォォー!!



 グガランナはさらに怒りを増し、大きな風を起こしながら、またしても空へと駆けた。



 ――氷柱豪雨(アイシクルレイン)――



 イーリンが大量のツララを射出する!

 しかし、どこにそんな機動力があるのか、グガランナはとてつもないスピードで、その合間を縫って見せた。


「当たらない〜!」


 イーリンはぴょんぴょんと跳ねながら頬を膨らませている。


「鴉天狗飛行部隊! ヤツの動きを止めろ!!」


 クロウガの号令により、10人の鴉天狗たちはイーリンのツララと共に空へ駆ける。


 5人は刀を使い、その胴体や尻尾を切りつける。

 もう5人は弓矢を使い、グガランナの急所を狙う。


 ――ブモォォー!!


 グガランナは鴉天狗たちの刀をその厚い皮膚で弾き返し、尻尾で刀を巻き取ると、一人の鴉天狗を地面にたたき落とした。


 矢も同様、鴉天狗たちの攻撃はグガランナに一切効いていないようである。


 唯一、イーリンのツララだけがグガランナの目元にわずかな傷を付けた。

 それを見たドロシーは叫ぶ。


「エータ! イーリン! わたくしの足に!!」


 そう言うと、彼女は足に力を込め、グガランナに向かって飛び上がった!

 エータとイーリンは即座に理解し、ドロシーの右足に水をまとわせ、氷のブーツを作る。


「出し惜しみする余裕はございませんの。ごめんあそばせ!」



 ――白鳥(スワン)凍湖(アイスレイク)――



 ドロシーは、グガランナの顔面に思いきり回し蹴りをした。


 グガランナは翼を使い、大きく反転!

 前脚の蹄でドロシーのキックを受け止める!


「しまっ⋯⋯!!」


 氷がはじけ、ミシミシと音を立てるドロシーの足。


「ーーーっ!!!」


 グガランナの欠けた蹄と、苦痛に顔を歪ませたドロシーが落ちてくる!


「アイテムボックス!!」


 エータは咄嗟にツタのクッションを取り出し、ドロシーが地面に落ちるのを防いだ。


「ドロシー! 大丈夫か!?」


 ビートが駆けよる。


「しくじりましたわ⋯⋯」


 ドロシーの足は氷のブーツを貫通し、赤く腫れ上がっていた。

 幸い、骨に異常はないようである。


「ドロシーのキックが押し負けるなんてヤバいね〜」


 ケイミィは上着から瓢箪(ひょうたん)を取り出して、ドロシーの患部に垂らす。



 ――ジュワァァッ!



「あああぁぁぁー!!!」


 ドロシーは、グガランナの蹄に押し負けたときよりも大きく顔を歪ませ、大暴れしている。

 ケイミィはそんな彼女を見て「なはは〜」と、笑った。け、ケイミィ⋯⋯。


「来るぞ!!」


 クロウガの一言により、ビートが弓を肩にかけ、ドロシーを担いでその場を離れる!!



 ――隕石猛襲(メテオストライク)――



「あ〜れ〜!」


 ケイミィが衝撃に乗り、ふわり天高く吹き飛ばされた。

 しかし、三足鴉(さんそくがらす)のヤタがそれを二本の足でキャッチ!

 彼女の肩を持ちながら静かに滑空する。


「あら〜ありがとね〜」


 まるで母猫に首根っこを掴まれた子猫のように降ろして貰ったケイミィは、ヤタの身体を優しく撫でた。


「強ぇ⋯⋯」


「異常な耐久力ですわ⋯⋯このままですと、こちらのマナが先に尽きてしまう⋯⋯」


 弱点らしい弱点が見つからない。

 エータたちは必死にヤツの突破口を探した。


「私のマナが尽きて居なければ⋯⋯」


 フィエルは一人、自責(じせき)の念に囚われていた。

 フィエルは150歳にも満たず、エルフ族の中ではまだまだ子供である。


 ピグリアムの料理で多少ステータスがアップしたとはいえ、幼少期の長い育児放棄(ネグレクト)により、自身のポテンシャルを発揮できずにいた。


「エルフのお姉さん⋯⋯!」


 と、そんなフィエルにハネチヨが声をかける。


「ハネチヨ! 危ないから君は残れと言われて居ただろう!」


「ご、ごめんなさい!!」


 ハネチヨはフィエルの圧に思わず謝罪するも、勇気を持って切り出した!


「本当は言うなって言われてたんだけど⋯⋯こ、こっちに来て!」


「なんだ? 私に一体⋯⋯」


「良いから早く!!」


 そう言ってハネチヨは小さな翼をはためかせて、屋敷の方へと飛んで行ってしまった。

 戦場から離脱するなど本来ならありえない。しかし、


「なにか大事なことかも知れない! ここは任せてハネチヨの元へ行ってくれフィエル!」


 エータのこの一言によりフィエルはうなずき、ハネチヨの元へと駆け出した。


「さて、行かせた手前。頑張らないとな⋯⋯」


 エータはグガランナをにらみつける。

 グガランナも怒りに満ちた瞳で、エータのことを今にも襲いかかりそうなほどににらみつけている。


 間違いない、完全にエータを狙っている。


(コイツの狙いはやっぱり俺か⋯⋯バスティの使徒を殺しに来てるのは確定だな)


 エータはイメージを膨らませた。

 グガランナがどんな行動をしても、いち早く対応できるように。


「来い!!」


 ――ブモォォー!!


 グガランナは黄金の翼をはためかせ天高く飛び上がり、エータに向かってその巨体と蹄を堕としてきた!!



 ――――――



 一方その頃、フィエルたちは。


「どこに行くんだ、ハネチヨ!」


「ほ、宝物庫(ほうもつこ)!!」


 ハネチヨは飛びながらこたえる。

 先ほどまでクロウガと話し合っていた屋敷の裏手。


 そこに、ところどころ苔の生えた石壁で作られた、いかにも頑強な倉があった。


 大きな鉄の扉には南京錠(なんきんじょう)がついており『限られた者しか入ることが出来ない』と物語っている。

 ハネチヨは胸にかけていた鍵で、その錠をガチャリと開けた。


「ごめんね、エルフのお姉さん。ここで見たことは内緒にして欲しいんだ」


 話が見えず、困惑するフィエル。


「一体どうしたと言うのだ?」


 ハネチヨは重い扉を身体全体でこじあける。

 中はひんやりとホコリっぽく、窓から入る光がぼんやりと巻物や玉手箱の山を照らしている。


 すると⋯⋯。


「なんだぁ? 晩メシにはまだ早ぇだろハネチヨ。それとも、酒が手に入ったのか?」


 そこには、気だるそうなおっさんのエルフが、強引に敷いたであろう布団の上に寝っ転がっていた。

 周りには食べかけのお皿や、お酒の空き瓶が散乱している。


 エルフの品格はどこへやら、おっさんエルフの髪はボサボサで、ポリポリと腹をかいてアクビをしている。


「こ、このエルフはいったい⋯⋯」


 困惑するフィエルの顔を見るやいなや、おっさんエルフは目の色を変えた!


「シルフィ!? お前、生きて⋯⋯!」


 布団から飛び起きてフィエルの顔をまじまじと見るおっさんエルフ。


「いや、若すぎるな。誰だお前?」


 色々と不躾(ぶしつけ)な男にカチンと来たフィエルは、


「人に名をたずねる時は、まず自分から名乗ったらどうだ?」


 と、ぶっきらぼうにこたえた。


「あぁ? 生意気なヤツだな。⋯⋯なるほど、わかってきたぜ。てめぇ、泣き虫エルの娘だな。シルフィが死ぬ前に産んだのが、てめぇってワケだ」


 その言葉に、フィエルは心底驚いた。


「私の両親を知っているのか!?」


 おっさんエルフは「はぁ?」という顔をし、


「知ってるも何も⋯⋯お前、南のエルフだろ? シルフィの旦那っていやぁエル⋯⋯」


 と、何かを言いかけた。

 しかし、その瞬間、おっさんエルフをさえぎり、ハネチヨが割って入る。


「は、話してる場合じゃないよ! いまはバケモノをどうにかしないと!!」


 ハネチヨはおっさんエルフの方を向き、床に正座する。


「マスジェロ様! どうか! あなた様の宝剣をお貸しください!」


 マスジェロと呼ばれたエルフは、片手をズボンに突っ込み、頭をかいている。


「貸すって⋯⋯風宝細剣(エルフィンレイピア)だろ? ってことはコイツに?」


 フィエルを見るマスジェロ。

 そして、にやりと笑い、


「やなこった。なんで俺様の最高傑作をこんなヤツに⋯⋯」


 と、吐き捨てた。

 ハネチヨは(ひたい)を床にこすりつけてなおも懇願する。


「ハゴノキの里にバケモノが現れたのです! このままでは死人が出るやも知れません! どうか⋯⋯どうか!」


 ちいさな男の子が必死にお願いしている様を見て、フィエルもゆっくりと正座をした。


「先ほどの無礼を謝罪する。私はフィエル、南の山のエルフだ。グガランナを倒す術をお持ちであるならば、力を貸していただきたい。この通りだ」


 フィエルはハネチヨに習い、(ひたい)を床につけた。

 すると、マスジェロはそんな彼女の後頭部を、その健気な精神ごと踏みつける。


「ぐっ⋯⋯!」


 フィエルの(ひたい)がパックリと割れ、床を赤く染めた。


「ま、マスジェロ様! なにを!!」


 ハネチヨは視界の外れにフィエルの血が見え、信じられないと言う様子でマスジェロの方を向いた。


「さっきまでの威勢はどうしたぁ!? 泣き虫エルの子どもはやっぱり腰抜けか〜?」


 マスジェロは何度もフィエルの後頭部を踏みつける。


「高貴な! エルフが! 簡単に! 頭なんか! 下げてんじゃ! ねぇよ!!」


 そして、フィエルの横顔を思いきり蹴った。

 倉の端に積まれた巻物や玉手箱に、無抵抗のまま飛ばされるフィエル。


「なんてことを!!」


 ハネチヨは、おでこから大量の血を流し、仰向けに倒れているフィエルに駆けよった。

 そんな二人に、マスジェロはゆっくりと近づいていく。


「てめぇの親父はな。妻の不始末も受け止められねぇ腰抜けヤローなんだよ!」


 マスジェロはフィエルの美しいポニーテールを掴み、顔を近づけて吐き捨てる。


「そんなヤツの血が通ったガキに貸す力なんて無ぇ! 虚勢はってエラソーにしてるアイツにソックリだぜ、てめぇはよ!」


 言いたいことをすべて吐き出したマスジェロは、フィエルの髪を投げるように手を離した。


「マスジェロ様⋯⋯! 見損ないました⋯⋯。無抵抗の女性にこんな⋯⋯」


 ハネチヨは震えている。

 それは、マスジェロに対する怒りだけでなく『自分のせいでフィエルがこんな目にあった』という後悔も含まれていた。


「良いんだ、ハネチヨ」


 フィエルは散乱した巻物を傷つけないよう、ゆっくりと身を起こした。

 そして、改めてマスジェロに向かって土下座をする。


「あなたと私の両親の間になにがあったのかは知らない。ただ、大変失礼なことをしたようで、両親に代わり、子である私が謝罪させて欲しい。申し訳なかった」


 マスジェロは「そんなんじゃねー⋯⋯」と、ちいさく呟いている。

 フィエルは話を続ける。


「信じて貰えるかわからないが、私は、子供の頃から『両親は死んだ』と聞かされ、顔も名前も知らない。里長であるエルドラ様にひきとられ、そこで身の回りのお世話をしながら育ったのだ」


 その言葉に、マスジェロの長くとがった耳がピクリと動いた。


「なので、本当にあなたと両親になにがあったのか知らない⋯⋯すまない⋯⋯。そんな私の謝罪になんの意味もないのかも知れないが、いまは鴉天狗一族の一大事なんだ!」


 フィエルは顔をあげ、目に血が入るのも構わず、まっすぐにマスジェロを見つめる。


「一刻を争う! どうか、いまは怒りをおさえて、私たちに力を貸して欲しい! その後でなら、私を煮るなり焼くなり⋯⋯」


 フィエルが言い終わる前に、マスジェロは布団の下から一本の剣を取り出し、フィエルに向かって歩き出した。


「マスジェロ様!!」


 ハネチヨの制止もむなしく、顔を真っ赤にしたマスジェロがフィエルへと向かう。


(ぐっ⋯⋯すまん、みんな⋯⋯)


 マナがほとんど残っていないフィエルに、大人のエルフを相手にする余力は無い。

 マスジェロは無慈悲にも、その剣をフィエルへと向けた。

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