第054話〜ハコノギ防衛線〜
一同は屋敷を飛びだし、ミノタウロスが迫るという場所まで向かう。
「なぁ! 一つ確認なんだが! ミノタウロスは亜人種じゃないんだよな!!」
走りながら聞くエータにフィエルがこたえる。
「あぁ! ミノタウロスはモンスターだ! 亜人種との違いは言語をあつかう知能だ! モンスターに言葉は通じない!」
「なるほど! 安心した!!」
そう返したエータだったが、少し違和感を覚えていた。
エータのひっかかり、それはベヒモスである。
(言葉が通じない⋯⋯? 聞こえなかったけど、あの時ベヒモスは何か『喋っている』ように見えたけど⋯⋯)
しかし、いまはそんな事を考えているヒマはない。
「見えて来たぞ!!」
フィエルの声に目をこらすと、すぐそこは崖という危険地帯が!
丸太や岩を落とすためであろう開けた場所が見えてきた。
そこには、体長2メートルの牛の巨人ミノタウロスが五体。
鴉天狗をオモチャのように片手で振り回す者、丸太を両手で振る者、大岩を投げる者など、めちゃくちゃに暴れていた!
まわりの鴉天狗たちは刀や弓を持って応戦するが、ステータスが下がっているのか、ミノタウロスの肉に刃が通らない。
――狼牙――
ビートの矢が、味方に当たらないよう空間を縫うようにして、一閃。
鴉天狗を持って暴れるミノタウロスの右目にヒットした!
ミノタウロスは力無く、その場に倒れ込む。
その隙に、捕まっていた鴉天狗はなんとか逃げ出せたようだ。
しかし、羽も足もやられたようで上手く逃げられない様子。
それを見て、背後から別のミノタウロスが襲いかかってきていた!
――遠隔治癒――
ディアンヌの身体から発せられた光が、負傷した鴉天狗の元に飛んでいく!
光が当たった瞬間、鴉天狗の傷が癒え、間一髪、空へ逃げることが出来た!
――飛燕双脚――
ドロシーは身体強化で加速し、一気に間合いを詰め、崖沿いに居るミノタウロスの腹部に一発、続けて顔面にもう一発の蹴りを入れ、崖から突き落とす。
断末魔をあげて落ちていくミノタウロス。
「まだまだ崖を登ってきてますわ!!」
チラッと崖下を見たドロシーが叫ぶ!!
「防衛ラインまで押し戻せ!!」
クロウガの一喝により、鴉天狗たちが雄叫びをあげる!
と、一体のミノタウロスが3メートルはあろうかという大岩を、クロウガたちの居る後衛組に投げてきた!
すぐさま四方へ散るように避けるクロウガたち!
しかし、それは後衛組の陣形を乱すミノタウロスの罠だった。
丸太を持ったミノタウロスが、イーリンに向かって猛追をしかける!
「小癪!!」
――高天原――
クロウガの腕が黒く光り輝く!
ミノタウロスの思惑など看破していたクロウガは、その手に持った黒鞘からギラリと宝刀『クロノハバキリ』を抜いた。
そして、高速でイーリンの前に現れ、丸太をシュルシュルと桂剥きをするように斬っていく!
あまりの剣の速さに、クロウガの手元は残像さえない!
「その腕、いただこう!」
そのまま、ミノタウロスの『腕の肉のみ』を削ぎ落とした!
まさに名人芸。
まるで最初から肉などついて居なかったかのように、骨だけとなった大きな腕。
「こんな小さい子から狙うなんて〜。きみ、絶対モテないでしょ〜」
腕を斬られ悶絶しているミノタウロスの頭に、怪しい液体をかけるケイミィ。
ジュワッ!と、音がしたと思いきや、ミノタウロスはさらにもがき苦しみ、そのまま泡を吹いて絶命した。
その姿を見て、ケイミィは悪魔のようにケラケラと笑った。
「イーリン! 行こう!!」
「んー!!」
エータはイーリンを小脇に抱えて崖まで走る。
「ちょ、二人とも! 前線は危険だ!!」
フィエルの言葉が耳に入っていないのか、エータは爆走する。
「登れるモンなら登って見やがれ!!」
エータは、崖をよじ登るミノタウロスの上から大量の水を『取出』した!
――ブモォォォ!
何体かのミノタウロスはそのまま落ちていったが、まだまだ壁にしがみついている者がいる。
その数はおびただしく、もし、すべてのミノタウロスが登ってきてしまえば里は壊滅するだろう。
「いまだ! イーリン!」
「わかったー!」
イーリンは杖を青く光らせている!
――氷河期――
しがみついていたミノタウロス達は、崖を掴んだまま氷漬けとなり、もう二度と動くことは無かった。
「やったぜイーリン! 俺たちの鉄板コンボ!!」
「お水! たくさん! 私の氷! 大きくなる!」
エータたちは「イエーイ!」と、ハイタッチした。
その瞬間、一体のミノタウロスがエータたちに向かって拳を振り下ろす!!
「やっべ!!!!」
イーリンをかばうように守るエータ。
――キィィンッ!!
と、一体の鴉天狗がミノタウロスの拳を刀で受け止めてくれた!!
「は、早く退避を!!」
受け止めたとは言え、体格差がありすぎる。
長時間は持たないだろう。
「ごめん!!」
エータはまたイーリンを小脇に抱えなおし、スタコラサッサとその場を後にする!
「戦闘中だぞ! 集中しろ!!」
フィエルの怒りが飛ぶ!!
「はいっ! すみませんっ!!」
思わず、上司に怒られたときのような反応で返すエータ。
フィエルはそのまま、岩を投げようと振りかぶったミノタウロスに矢を放つ。
バランスを崩したミノタウロスは、頭上で岩を落とし下敷きに。
「戦い慣れてるなぁ、フィエル」
「んおー」
エータとイーリンは、逃走しながら感嘆の声をあげる。
ドロシーが岩の下敷きになっているミノタウロスに駆け寄り、空中へと美しく飛び上がる!!
激しく光る右足!!
――百舌鳥落――
渾身のかかと落としにより、岩ごとミノタウロスを粉砕するドロシー!!
ミノタウロスは「も''っ!!」という声を漏らして絶命した。
「ふぅ⋯⋯あと一体ですわね」
そう言って最後のミノタウロスを見る。
それは鴉天狗たちが苦戦しながらも、なんとか首を切り落とし、仕留めていた!
「なんとかなったな!」
ビートは腰に手を当てて一息つく。
「お力添え、心より感謝いたします」
クロウガは深々と頭を下げた。
ビートは「良いって事よ!」と、調子に乗っているようだ。
「それにしてもわたくし達、本当に強くなってますわね」
「確かに、技の精度や威力が上がってるように感じるな。俺も、ジョブが無いのにイーリンを抱えて走っても息切れ一つしない⋯⋯これがピグリアムの食育の効果か」
エータは自分の『ステータス』が上がっている実感を得ていた。
特に、訓練や狩りで険しい山道を何度も登っていることで、スタミナは著しく成長しているようだ。
「バッドステータスが無くなったことと、食育以外にも、なにか働いているように感じるがな⋯⋯」
フィエルは、全員の異常な成長速度に戸惑っていた。
ミノタウロスは決して弱くない。
しかし、軽々と皮膚をつきやぶるビートの矢や、巨体を吹きとばすドロシーのパワー。
これはいったい⋯⋯。
「そろそろ帰り支度しよ〜日没までに村に帰れないよ〜?」
おっと、ケイミィの言う通りだ。
エータたちが鴉天狗たちにねぎらいの言葉をかけようとした。
その瞬間だった!!
――ブモォォォ!!
またもやミノタウロスのような大きな鳴き声がした!
「まだ居るのか!?」
「んなバカな! 崖は凍ってんだぞ!!」
「違います! みんな上を見てください!」
ディアンヌの言葉を聞き、急いで空を見上げる面々!
「な、なんですの!? あれ!?」
そこには、大きな黄金の翼を広げたターコイズブルーの牛が、殺気を放って飛んでいた!
「牛⋯⋯なのか?」
「羽が生えた牛なんて聞いたことも無いぜ!?」
「美味しく無さそう」
「未知のモンスターだね〜」
「なにか、もの凄く怒ってますね⋯⋯」
困惑する一同を後目に
クロウガが顔を真っ青にしてつぶやく。
「まさかあれは⋯⋯グガランナ?」