第053話〜おすそわけ〜
クロウガの屋敷は山の頂上に大きく構えてあった。
屋敷というか、異世界から来たエータからすると、立派な『寺院』のように見える。
頂上付近は木が広範囲に伐採され、ハゲ山に近いほど緑が失われていた。
屋敷は土足厳禁のため、エータ達は靴を脱ぎ、廊下を進んだ畳のある座敷へと案内される。
中はそれはもう立派な物で、木彫りの大きなカラスや神仏などが、おごそかに飾られていた。
足の短いテーブルの上に、緑茶らしき物が用意され、使用人の方々が座布団を用意。
エータ達はテーブルを挟み、クロウガと向き合うようにして座った。
「して、エータ殿。交易の話なのだが」
クロウガは、背筋を伸ばして正座をし、黒鞘に収められた一本の刀を取り出す。
「鴉天狗一族に伝わる秘宝の一つ『クロノハバキリ』。これと、出来うる限りの食料を交換していただきたい」
鞘からスラリと抜かれたそれは、鞘よりも深い『漆黒』の刃を光らせていた。
まるで、鴉天狗という種族の誇りを具現化したかのような凛とした佇まいである。
「父上!!」
慌てた様子でハネチヨが大声を出す。
「それは、代々当主となった者が受け継ぐ、大切な刀では無いですか!?」
その言葉に、クロウガは無言でうなずく。
「ハネチヨ、許してくれ。刀で腹は膨れん。牛頭共の肉が喰えれば良かったのだが⋯⋯。あやつらはケモノや果実を食い荒らすくせに、その身は食せんからな」
エータたちは顔を見合わせる。
「大切な物のようですが、本当によろしいので?」
クロウガは「あぁ」と、目をつむりながら返事をする。
「このハゴノキ山は、見てのとおり急勾配でしてな。翼を持つ我々は滅多なことでは遅れを取りませぬ。空から丸太を投げ、坂から大岩を転がせば大抵のモンスターには事足りますゆえ」
そういうと、クロウガは現世でいう『天狗』が使いそうな、大きな団扇を取り出した。
「先ほど、あなた達のように空から来る場合は、もう一つの秘宝『黒羽団扇』で風を操り、撃退する事が可能です。ゆえに、刀を交易の品としてお出ししたい」
なるほど。やけに頂上の木が少ないと思ったら防衛に使ってたのか。でも⋯⋯。
「山の頂上付近の資源が無くなった場合はどうなさるので? 木も岩も無尽蔵という訳にはいかないでしょう」
「それは⋯⋯」
クロウガが言いよどむ。
すると、ケイミィがこっそり耳打ちしてきた。
「エータちゃ〜ん。な〜んか良さげな刀じゃん? 食料と交換なんてオトクだよ〜! 早めに交渉終わらせて〜ゲットしちゃおうよ〜?」
こ、コイツ⋯⋯。
エータはケイミィの言葉を無視して続ける。
「刀はいただけません。もし、ミノタウロス達が防衛を突破した際に必要になると思われますので」
ケイミィが「うぇぇ〜?」というリアクションを取っている。
せめて隠せ!!ケイミィ!!と、エータはケイミィをヒジで小突いた。
「しかし、拙僧らにはもう差し出せる物が⋯⋯この黒羽団扇はとある方の友好の証でございますし⋯⋯」
クロウガは、まさか断られると思っていなかったためか、ひどく動揺しているようだ。
そんな彼を後目に、エータはあっけらかんとこたえる。
「ならば、交易は後にして、まずはこの山に小さな川を作るのはどうでしょう?」
てん、てん、てん⋯⋯。
「「「は?」」」
すべての種族が、みな一様にポカンとしている。
エータ以外は⋯⋯。
その様子を見て、エータはちいさく咳払いをし、話を続けた。
「俺はアイテムボックスで大量の水を持っています。それはもう俺たちの村では消費しきれないほど⋯⋯。その水を水源として、この山の頂上からアイテムボックスで川を作るのです。そうすれば、山やその麓が豊かになるのではありませんか? そして、この土地の自然が十分に回復したとき、そこで改めて交易をお願いしたいと、俺は思います」
「か、川を作る!? そんな事が可能なのですか!?」
「あまりに大きな物は無理ですが、この里をうるおし、近場の土地を豊かにするくらいは出来ると思いますよ」
鴉天狗たちは顔を見合わせている。
「なんと⋯⋯! い、急ぎ、地質調査を持つ物に確認させます! その件についてはまた後日、相談させてはくれませんか!? もちろん、拙僧の方からそなた達の村に向かわせていただきますゆえ!」
クロウガは使用人を呼びつけ、川を作っても土砂崩れや地盤沈下の心配がない場所を探すよう命じた。
水さえあればなんとかなる。
ちょうど季節は夏。
海から随時回収している水をあるていど濾過し、この山に繋げれば、すぐに植物が恵みを与えてくれるだろう。
エータは、この土地のゆくすえを想像し、嬉しそうにほほえんだ。
しかし、それだけでは心もとない事に気づく。
「里が豊かになるまで時間がかかるでしょうから、いくらか食料をお渡ししましょうか」
と、エータが告げた。
次の瞬間であった。
「ちょおっと待った〜。エータちゃ〜ん」
ケイミィが止めに入る。
「水と塩はエータちゃんの私物って事で口出ししないけどさ〜。食料はダメよ〜? 施しになっちゃうからね〜」
「いやいや、これは施しではなく先行投資というヤツだよ! ケイミィくん!」
「先行投資〜?」
エータはチッチッチッと指を振る。
「北の山は、西の山には無い薬草やキノコがたくさんあっただろ? これを後々、鴉天狗のみなさんから大量にゲットする為に必要なことなのさ! 損して得取れってやつだね!」
ケイミィは「う〜ん」と、納得していない様子。
「ほら〜! ポーション作りにも役立つよ〜? どうですか? 錬金術師のケイミィさん!」
「でもな〜」
ケイミィはなかなか頭を縦にふらない。
(さ、さすがに無理筋だったか⋯⋯。でも、鴉天狗の人たちを見るに、俺が来たときの村の状況と似てるんだよな。今すぐ食料をどうにかしないと⋯⋯水だけじゃ持たないぞ)
そうなのだ。
鴉天狗たちはガリガリに痩せこけ、漆黒の肌の上からでもわかるほど血色が悪い。
かなり衰弱している。
水と塩だけでは、どう見ても持ちこたえられない。
すると、ディアンヌがそっと手を上げる。
「私、一ヶ月ごはんを減らします。その分を鴉天狗さんたちに分けてあげられませんか?」
唐突な提案に固まる一同。
「えっ? ディアンヌ〜どういう事〜?」
ケイミィが興味深そうに聞く。
「村にマイナスで無ければ良いんですよね? 私、ちょっと食べすぎだし⋯⋯。ふ、フトッテキタシ⋯⋯」
その小さな声に、エータはディアンヌの胸に視線を落とし、ゴクリと生つばを飲んだ。
だが、ディアンヌは真剣だ。
「ま、毎日一食分でも我慢すれば、鴉天狗さんたちに少しは渡せる分が出来る⋯⋯かと⋯⋯思いまして⋯⋯」
言いながら自信がなくなってきたのか、最後の方はよく聞こえなかった。だが。
「その話、わたくしも乗りましたわ」
ディアンヌを助けるように、ドロシーが手を上げる。
「飢える苦しさは痛いほど分かっております。いま、毎日食べられているだけでも贅沢ですわ。わたくしも鴉天狗の方々が自立できるまで支援いたします」
「じゃあ。私も!」
「しゃーねぇ、俺も乗るか。んまっ、エータが来るまで食事なんて、二日に一個の干し肉がザラだったしな。なんてこたぁねーぜ!」
「私も乗るとしよう。同じ亜人種として⋯⋯いや、人類として救いの手を差し伸べたい」
ディアンヌ、ドロシー、イーリン、ビート、フィエル⋯⋯。それぞれが、鴉天狗たちのために意見を一致させた。
「そ、そなた達⋯⋯」
クロウガ、そして、ここに居る全ての鴉天狗たちが静かに涙を流している。
もしかしたら、この地獄から抜け出せるのかも知れない⋯⋯と。
「ディアンヌの提案、もちろん俺も乗った!」
エータも元気よく返事をする。
それを見ていたケイミィは、はぁぁと大きなため息つき、
「じゃあ七人分を一ヶ月ね〜? それ以上は本当にダメだよ〜」
と、こたえる。
「ちゃっかりケイミィの分も入ってんじゃん」
ビートに指摘されたケイミィは、
「うるさいな〜」
と、ほおを赤らめている。
そのやり取りを見て、交渉の場は涙と笑顔であふれた。
――と、その時だった!!
「た、大変です! クロウガ様!!!」
一人の鴉天狗が、いきおいよく襖を開けた。
「なんだ!? 客人の前だぞ!?」
「そ、それが! ミノタウロスが⋯⋯! わ、我が里の防衛線を突破したとの報告が!!」
一気に緊張が走る。
「みんな! 行こう!!」
ただごとでは無い雰囲気を察し、みな、武器を持って立ち上がった。