第045話〜夏至〜
――コクシ歴2025。夏至。
前の世界でいう六月が終わりを迎え、七月に突入するバハスティフ。そんな世界の極東、コクシ大陸の北西にある国、プリース王国。
その国の南西に当たる『鬼の住処』と呼ばれる禁足地、山間部のちいさな村。
この物語の主人公、エータが居る場所だ。
その村の中央を流れる山間川で、エータとビートは水着ですずんでいた。
「暑くなって来たなー」
「ちょっと前まで夜は寒かったんだけどな」
「なー、今では掛布団なくても平気だわ」
ダラダラとした時間が流れる。
アイテムボックスと村人のステータスアップにより、村には余裕が出来ていた。
⋯⋯余裕が出来すぎた、と言っても過言ではない。
なにせ、村人がたった50人しか居ない。
アイテムボックスの『入れた物の時間が止まる』という仕様が強力すぎて、食料があまりにあまっている。
「あなた達、だらけすぎでは無くて?」
午前中の裁縫仕事が終わったドロシーがやってくる。
「いや〜西の山を狩り尽くしちまってよ。このままじゃまたケモノが居なくなるってんで、ブライから狩りの禁止令が出てんの」
完全に気の抜けたビートが気だるそうにいう。
この村は基本的に西の山しか狩りができない。
と言うのも、北の山はモンスターが強く、オークやミノタウロスと言った大型かつ食用に向かないモンスターが数多くいるからだ。
東の山は、何者かがすでに狩りをおこなっているのか、採取するような物も狩りをするような獣型モンスターもほとんど居ない。
きっと、シロウの里の人達だろう。
南の山はエルフの秘術で迷いの森と化しており、サーチを持つビートでも危険。
ゆえに、仕事が無くビートは完全にやる気0。
休日のオトンみたいな状態なのである。
「それなら畑仕事でも手伝いなさいな。やる事はたくさんありましてよ」
「それが、畑仕事ももう終わっちゃったんだよ」
「あぁ、アイテムボックスがあれば瞬殺でしたわね⋯⋯」
そうなのだ。アイテムボックスは効果範囲が未だ底が見えず、半径2.5kmのこの村をスッポリ包めてしまう。
なので「アイテムボックス!雑草を収納して!」というと、そこで雑草取りが『根っこから』終了するのである。
土いじりや収穫は農家の人達がやった方が効果が高い(間引き等が上手い)ので、「もうここは良いよ」と、エータとビートは要らない子と化してしまったのだ。
アイテムボックスの限界値を知りたいのだが、この場所で試すには山の木や草しかなく⋯⋯。
その草木も、むやみに試そう物なら生態系にどんな影響が出るかわからない。
なにより、土砂崩れが怖い⋯⋯。
結果『半径2.5kmまでは可能』
という事しかわからないのだ。
「とりあえず、そんなところでサボって無いで何か見つけなさいな」
そう言ってドロシーは集会所へご飯を食べに行った。
「どうする、ビート。俺達もメシにするか?」
「動いてないから腹が減ってねぇ」
「俺もだ」
無言で空をながめる二人。
と、ビートが何か思い出したように飛び起きた。
「そういやエータって職業はなんなんだ?」
「言われてみれば知らないな」
「ん? アーツがあるのにジョブが無いのか? そんな事あんのかね。じゃあ、昼メシ前に調べてみようぜ!」
「調べる方法があるのか!?」
「そこからかよ! ってそうか、異世界人⋯⋯。だぁぁーーくそっ! 常識すぎてスッポリ抜け落ちてたわ! 神殿に行くぞ!!」
エータたちは着替え、神殿へと向かった。
「ディアンヌー! 神託って出来るかー!?」
神殿で静かに祈りを捧げていたディアンヌは、突然来訪したエータたちに驚きつつも「出来ますよ、ちょっと待ってくださいね!」と、応え、部屋の奥へと入っていった。
「おや? 珍しいね、二人が神殿だなんて」
神殿に置いてある聖書を読んでいたブライが話しかける。
「エータがジョブがわかんねぇって言うからさ。神託受けに来た!」
「エータのジョブ? 王じゃないのかい?」
「キング??」
「あれ? 私はてっきり、王でパーティのステータスを上げてベヒモスを倒したんだと思っていたよ」
「あっ、そういえばアイテムボックスを持ってたプリース姫のジョブって姫なんだっけ。あの時、ブライがやけにあっさりビートの救出を許可したのは、俺のジョブが強力な物だと思ってたからなのか」
その言葉にブライはうなずく。
「そうだね。そうじゃないと許可は出していない⋯⋯。まさかまだ神託を受けていないとは⋯⋯。バスティ様からは何も聞いてないのかい?」
エータは「うーん」と、目を閉じて考える。
「それが⋯⋯覚えてないんだよね。思い出そうとすると頭痛になるし⋯⋯。なにか言ってたはずなんだけど」
そんな話をしていると、部屋の奥からディアンヌが帰ってきた。その手には、小さな紙が握られている。
「お待たせしました! エータくん、この紙を持って」
「わかった。⋯⋯ん? なんだ、この女の人」
「それはバスティ様ですよ」
「えっ?」
その紙に描かれた女性は、なんとなく『バスティ様ではない』と感じた。
「えっと、バスティ様って人間?」
「ん? 神様ですよ?」
「あっ、ごめん。えっと⋯⋯獣人だったりしない?」
ディアンヌは首を傾げる。
「んー、バスティ様は人間に加護を与えてくださる神様ですし、亜人種って話は聞きませんね⋯⋯」
「エータ、バスティ様を見たことがあるのかい?」
ブライが興味深そうに聞く。
「ハッキリと思い出せないんだけど、大きな耳が生えてた気がするんだよね」
「なるほど⋯⋯」
ブライは顎に手を当てて考える。
「今の話は、出来るだけ外でしないようにね」
「えっ? なんで?」
「バスティ様は亜人種の形をしている。なんて言ったら、人間のバスティ教徒たちから何をされるか⋯⋯」
「あっ⋯⋯確かに⋯⋯」
エータは軽率にいまの話をしない事をかたく誓った。
「ディアンヌ、今の話を聞いて思うところはあるかな?」
ブライは心配そうに聞く。
「そうですねぇ⋯⋯前の私なら不敬だなって思ってたかも知れません。でも、フィエルと関わって、形や種族なんてどうでも良いかなって。バスティ様はバスティ様ですから。ただ、今まで通りお慕いするだけですね」
その答えを聞いて、ブライは嬉しそうに「うんうん」と、頷く。
ブライの気持ちとしては、亜人種との確執は無くしていきたいのが本音なのだろう。
村長という立場上、おいそれとは叶わないみたいだが。
「なー、早く神託受けてみようぜー」
ビートが待ち遠しそうにいう。
「ごめんね、それじゃあエータくん。この紙を持ってこっちへ来てください」
ディアンヌのぷにぷにとした柔らかい手に連れられて、神殿の奥に置かれたバスティ様の木の像まで来る。
(これが、バスティ様?)
そこには150センチほどの小さな女性の像があった。
等身大というわけではなく、大きな彫刻が出来ないのでこのサイズなのだろう。
かなりスタイルが良く、美しい女性だ。
(やっぱりバスティ様じゃないな。誰だ、コレ)
エータはなぜか、言いようの無い悪寒を感じていた。
神聖などころか、なにか邪悪な物であるような⋯⋯。
「エータくん、神託をはじめます。その紙を持って目をつむって⋯⋯」
いまは神託に集中しよう。そう思い、エータは目を閉じる。
――――――
「はやく神託終わんねーかな〜」
ビートが神殿の長椅子に、行儀悪く座って言う。
「ビートくんの時は早かったみたいだね」
神殿の本棚から『コクシ歴史書』なるものを手に取り、ペラペラとページをめくりながらブライがこたえる。
「あぁ、ソッコーでバスティ様がアーツくれたぜ!」
「バスティ様から気に入られた者ほど神託が早く降りてくるらしいから、よっぽど気に入られたんだね」
「そうなのか!? 俺がかっこよすぎてバスティ様も惚れちまったかな〜」
「フフッ⋯⋯そんな事になったら、夫婦神であるプタラムが黙っちゃいないだろうね」
そんな話をしていた、次の瞬間。
――バァンッ!!
突然、爆発音と共に神殿がゆれた。
「な、なんだ!?」
「行ってみよう!!」
普段、聖職者しか入室を許可されない、神殿奥まで向かう二人。
「ブライさん! ビートくん!!」
そこには、内部から破裂したようにバラバラになったバスティ像。
そして、ディアンヌに治療されながら気絶しているエータが居た。