第044話〜温泉〜
シロウとの交易が終わり、さっそく農家の人たちに種と苗を見せてみた。
「これは良いね! 夏野菜の種だよ!!」
サクべは嬉しそうに言う。
サクべはアーツ・植物鑑定を持っており、種や苗がどういう植物に育ち、どう育てれば良いのかがわかる。
「おっしゃ! オラ達に任せな!!」
ギノーはクワを持ち、およそ人間とは思えないスピードで畑を耕していく。これは、アーツ・農業特化を持っているからだ。
ギノーは農具を持つと大幅なステータス上昇に加え、農作業の効率がアップする。
他の農家も同じアーツを持つ者が数名居るが、ギノーは特にステータスが高いのだとか。
限界突破しているのだろうか?
そんなわけで、畑に来たゴブリンや獣は、ギノーが農具さえ持っていれば簡単には突破されない。
頼もしいおじさんだ。
サクべを含み、アーツ・豊作を持つ者が何人か居るので、収穫が楽しみである。
――――――
さて、そんなギノーとサクべ夫妻に、村中を驚かせる大事件が起きた。
「サクべ、おめでとう。ご懐妊さね」
なんと、サクべが妊娠したのである!
「ここに、赤ちゃん、居る?」
イーリンがサクべのお腹を優しく触る。
「まだお腹も出てないからわかんないよね。でも、クルト先生が言ってるから赤ちゃん居るね!」
「おぉー!」
この村に移住する前に、ギノーとサクべは一人息子を亡くしている。そんな中でも、二人は村のムードメーカーとして笑顔を絶やさず働いてきた。
きっと、これはそんな二人への月女神バスティ様からのプレゼントなのだろう。
村の人たちは大いに祝福した。
――――――
西の山の一角にダムを作り、村の近くに貯水池を造った。ダムはなんと、ベヒモスが暴れてえぐれた穴を再利用している。サンキューベヒモス。
ダムで川の氾濫を防ぎ、貯水池を利用して、地下にうめた水路に水をながす仕組みだ。
水路はエータのアイテムボックスをフル活用して設置。制作期間二ヶ月の自信作である。
時間をかけるだけの価値はあった。
定期的に水路のフタを開閉することで汚物を流せる。なので、村の各家にトイレを設置することが出来たのだ。
今までは共有トイレが数個しか無かったので、衛生面が大きく向上したと言える。
村の防壁にぐるりと水路をひき、防衛にも一役買っている。獣型のモンスターは入口を探している内にバリスタで狙撃して、そのまま村人の食卓に並ぶことも。
――――――
さらに、貯水池の近くではギムリィのアーツ・火炎操作を使って温泉を作成。
簡易的な施設も作り、イーリンと共に住み込みで管理することに。
ギムリィの沸かした風呂から上がると、イーリンが氷結操作で冷やしたモンレやカヌミ等の柑橘ジュースが飲めるというわけだ。
言わずもがな、村の大人気スポットとなった。
――――――
そんなわけで、エータは狩りが終わった後、ビートと共に出来たばかりのギムリィ温泉へと足を運んだ。
「お湯に浸かるなんて初めてだぜ〜!」
「川に入るか、濡らしたタオルで拭くくらいだったもんな」
(くぅ〜! 異世界に来て初めての風呂!! 日本人の血が喜んでるのがわかるぅぅー!!)
久しぶりの風呂に感動するエータ。
タオルを頭に置き「あぁー!」と声を漏らす。
完全なるおっさんスタイルである。
と、突然ビートがエータのブツを掴んできた。
「お前!! 何してんだよ!!!」
「ははは〜! 結構良い物をお持ちで!」
「アホかてめぇは!!」
汚ないと思わねぇのかコイツは。と、エータはひどく呆れた。
「なぁ!? この村で一番あそこがでかいヤツ知ってる!?」
「知らねぇよ。ダストンだろ、どうせ」
ビートはチッチッチッと指を振っている。
「ブライなんだよ」
(くだらねぇ事いってんなー)と思っていたエータも、さすがに食らいつく。
「ブライ!? 意外すぎだろ!! ワンチャン、ギノーおじさんかと思ってた!!」
「俺も見たときビックリしてさ! ブラブラブライじゃん! って言ったらすっごい冷たい目で見られた!!」
「そりゃそうだろ⋯⋯」
あぁ⋯⋯アホだコイツは、本物だ。
「じゃあさ! 女性陣で一番でかいの誰だと思う!?」
「フィエル」
ビートが言い終わる前に即答するエータ。
「あれは反則だからナシな!!」
「反則ってなんだよ! じゃあわかんねぇよ! だいたい、この村ってご年配が多いじゃん。比べる人が少ないんじゃ⋯⋯」
――ハッ!!
「まさかビート⋯⋯お前、見たのかよ? 全員の」
真剣な表情で聞くエータ。
「フッ⋯⋯」
不敵な笑みを浮かべるビート。
「ビートパイセン⋯⋯!!」
キラキラと輝く尊敬のまなざしに、ビートはブッと吹き出した。
「ははは! ばあちゃん連中のしか見たことねぇよ! 沐浴を手伝ってやった時くらいだな!」
「なんだよ〜じゃあ結局わかんねぇじゃん」
と、あまりにもくだらない話をしていると、突然女子風呂の方から声が聞こえてきた。
「しっ!!」
ビートが口に手を添える。
「ここが私とおばあちゃんの新しい家! お風呂! みんなで入る!」
イーリンの声がする。エータとビートはまさか!と思い、ゆっくりと風呂から上がり女子風呂に聞き耳を立てた。
「素晴らしいですわ! ブルジョワですわ!!」
「こんな贅沢⋯⋯バスティ様がお怒りになるかも」
「大丈夫だって〜神様って懐が深いんでしょ〜? 風呂くらいで怒んないよ〜」
「お湯に浸かるなんて、人間は面白いことを考えるのだな」
エータとビートは顔を見合せ、かたく握手を交わす。
これは間違いなく、イーリン、ドロシー、ディアンヌ、ケイミィ、フィエルの声だ!!!
「音立てんなよ! エータ!」
「わかってる! 声が聞こえねぇだろ! 喋んな!」
アホ二人はヒソヒソと話す。
「それにしても、この村は見違えるように発展したな」
「ぜ〜んぶエータのアイテムボックスのおかげですわぁ! あぁ、あの能力があれば、この村もブルジョワに⋯⋯!」
「あはは〜。ドロシーってやっぱアホだわ〜」
「ケイミィ? それは喧嘩を売っているのかしら??」
不穏な空気を感じ、ディアンヌが割って入る。
「な、なんにせよ、村のみんなが餓死するような状態から回復して良かったです」
「毎日ごはんたくさん。嬉しい」
「そうですわね。ホント⋯⋯エータのおかげですわ」
ドロシーは湯船につかり、噛みしめるようにつぶやく。
(なんか聞き耳立ててるの申し訳なくなってきたんですけどぉ!)
エータは罪悪感から、その場を離れようとビートに目配せをする。
「まぁ待て! もうちょっとだけ!!」
ビートは訴えかける。
それなら自分一人でもこの場を離れよう。
一人湯船に戻ろうとするエータ。しかし、
「それにしてもフィエル⋯⋯あなた、とんでもない身体してますわね⋯⋯」
「は!? い、いきなり何を言ってりゅんだドロシー!?」
この会話を聞いてスーッと、女子風呂の壁へと舞い戻った。
「いや〜それに関してはウチも気になるところ〜。エルフって種族的に美形になるらしけど〜こんなグラマラスなエルフは初めて見たな〜」
「いやいやいや! エルフの間では身体に肉が付くのは怠惰の証と言われていて⋯⋯こ、これは私が醜いからで⋯⋯」
「怠惰の証⋯⋯」
「ん? ディアンヌ? どうしたの?」
「えっ!? い、いえ!! なんでも無いですよ! イーリンちゃん!」
「怪しいですわね。ディアンヌ、ちょっとそのタオル取りなさい」
「嫌です!!」
「嫌がる女子から衣類を奪うときが一番コーフンするよね〜」
「ケイミィ、君は大丈夫な人なのか?」
「観念なさいディアンヌ。わたくしから逃げられると思って? 身体強化!!」
――バシャーーン!!
「きゃぁぁぁー!!!」
「うおぉ。ディアンヌ。やわらかい〜」
「あらら〜、イーリンの顔が挟まっちゃってるね〜。こりゃ〜すごいボリュームだわ」
「これは⋯⋯フィエルと良い勝負なのでは無くて⋯⋯?」
「どこを見ていりゅ! ドロシー! 見るな!!」
「フィエルはボンッキュッボンッ〜。ディアンヌはムチムチって感じだね〜」
「ケイミィ。おっさんくさい」
「違うんです⋯⋯。ごはんが⋯⋯ごはんが美味しくて⋯⋯。うぅ⋯⋯バスティ様⋯⋯暴食に身を落とした私をお許しください⋯⋯」
「ディアンヌの身体。ふわふわ。きもちぃ」
天国か?ここは。と、全神経を耳に集中するエータ。
ふとビートを見ると、彼は鼻血を滝のように流して顔面蒼白になっていた。
「うわっ! お前大丈夫かよ!!」
思わず大きな声を出してしまうエータ。
――パリンッ! ジュワァァァ!!
突然、女子風呂の方から緑色の液体が投げ込まれてくる。その液体は風呂場の石畳をジュワジュワと溶かしていた。
「女子の会話を盗み聞きする男はね〜。殺して良いって聖書にも書いてあるんだよ〜」
ケイミィのポーション!?なんで風呂場に持ち込んでんの!?激しく動揺するエータ。
「ち、違うんだ! ビートがのぼせて!!」
「あら〜ビートもそこに居るんですわね〜」
(やっべ! ごめんビート!!!)
「見損なったぞエータ、ビート。お前たちはそんな事をする人間ではないと思っていたのに」
「良心がえぐられる!!」
「エータさん、ビートくん。私があとで治します。頭を強く打って、ここで聞いたことを全て忘れてください」
「およそ聖職者とは思えない言葉が聞こえたよ! ディアンヌ!!」
と、ドロシーが意を決したように叫んだ。
「フィエル!! 風を!!」
「わかった! フィン!!」
その言葉に、つむじ風が精霊『フィン』へと顕現する。
「はいはーい! 女の敵をぶっとばしまーす!」
女子風呂のほうから仕切りを飛びこえて、フィンがやってきた。
「フィン! ちょ、ま!!」
――妖精之風――
「どわーーーー!!」
「ほげーーーー!!」
突然あらわれた強風に飛ばされ、エータとビートは湯船に落ちてしまった!
「ぶはっ!! ⋯⋯あれ!? ビートは!? おいビート!!」
湯船に赤く染っている部分を見つけたエータは、すぐさま沈んでいるビートを引っ張りあげる!
「ビート! これはやべぇ! 逃げるぞ!!」
「エータ⋯⋯俺はもうダメだ⋯⋯お前だけでも逃げろ⋯⋯」
「マジで!? わかった!!!」
ビートを置いて逃げようとするエータ。
ビートは「ガチで逃げるパターンあんのかよ⋯⋯」と湯船にまた沈んで行っている。
そして、エータがお湯から上がろうとした次の瞬間。
――氷河期――
パキパキと音を立てて凍る男子風呂!
片足が凍り、身動きが取れなくなるエータ!
かろうじて頭だけ残るビート!!
「さむっ! つめたっ!! い、イーリンやめてくれ!!」
「偉いぞイーリン」
「えへへ。フィエルに褒められた〜」
「チクショウ! 完全に手懐けてやがる!!」
と、女子風呂の壁から、ドロシーがタオル一枚というあられもない姿で身体強化を使い、飛んできた。
その手には、謎の液体が入った瓢箪が二つ。
「あらあら。お二人共、お寒そうですわね〜。このマグマのように煮えたぎるポーションで身体の内側から温めてさしあげますわ〜」
瓢箪から「ポコォボコポォ」という音が聞こえる。
「それ沸騰してるんじゃなくてヤバめの化学反応だろ!!」
「ケイミィの特製ポーション、わたくしがあーんしてさしあげますわ。はい、あーん」
「や、やめ! やめろ! やめて! やめてください!!」
――ぎゃぁぁぁぁあ!!!!
エータとビートの叫び声は村中に響いたという。