第041話〜禊の終わり〜
「怖い思いをさせてすまねぇ⋯⋯すまねぇ⋯⋯」
あわやフィエルを傷つけてしまいそうになった村の男が、その場に土下座するように倒れた。
「私も、すまない。あなたの大切な物を奪った私の同胞に代わり、謝らせて欲しい」
「そんな事言ったら俺たちだって⋯⋯いや、本当はわかってたんだ。俺たち人間の方が多くのものを奪ってたって⋯⋯報復されて当然なんだって事を⋯⋯!」
フィエルはかける言葉が見つかった。
実際、エルフが積極的に人間を攻めることはしない。
他の亜人種も同様、彼らはひっそりと山や森で暮らしているだけだ。
彼らが長年かけて築き上げてきた、開墾された土壌、恵みを後から奪うのは基本的に人間からである。
亜人種が人間の村を襲うのも「元々住んでいた地を、他の人間から奪われた」というケースがほとんどだ。
フィエルは男にちいさく「あなたのせいではない」と、応えるのが精一杯であった。
男の後ろから、他の村人達もやってくる。
みな、一様に表情から後悔がにじみでていた。
「エルフは憎い。でも、あなたを殺そうと思った時、死んだあの人の笑顔を思い出したの⋯⋯。そしたらね、あなたを殺す事があの人への手向けじゃないんじゃないかって⋯⋯。殺してしまったら、あの人の笑顔が私の中から消えちゃうんじゃないかって⋯⋯。怖かったよね、ごめんなさい⋯⋯」
「今まで、エルフに一矢報いたいと思っていた。けれど、いざその時が来ると⋯⋯手が震えて何も出来なかった⋯⋯。でも、これで良かったと今は心から思えるよ。ごめん⋯⋯気付かせてくれてありがとう」
「あんたの姿や、村の若い連中を見てたらよぉ。いま俺は『誰かの大切な物を奪う側』になっちまってるんじゃないかと⋯⋯。そう思うと怖くてよ⋯⋯。嬢ちゃんに罪は無ぇ。何が悪いのか誰のせいなのかもわからねぇ⋯⋯。でも、あんたのせいじゃねぇって事だけはわかるんだ。俺たちの憎悪を受け止めてくれてありがとよ⋯⋯。そして、本当に申し訳ねぇ事をした」
次々とやってくる村人たちの話を聞きながら、フィエルは先ほどのブライの言葉を思い出していた。
「信じてくれ」
(彼には、この光景が予測できていたのだろうな)
ブライはフィエルの縄をほどき「今日の集会はこれで終了とする!」と村人達に伝え、フィエルの禊は終わった。
――村人達が帰路についた後。
エータ、ビート、ドロシー、イーリンの4人はダストン達と共に、ブライとフィエルの居るステージまで来た。
――バシンッ!!
かわいた音がひびく。
それは、ドロシーがブライの頬を叩いた音だった。
「こんな事が許されると思っていますの?」
「フィエル、死ぬかも知れなかった」
「胸くそわりぃんだよ⋯⋯」
ドロシー、イーリン、ビートは、とても納得出来ないと言った表情で、大人達に訴えかけている。
「無事だったから良いという話ではございませんわ。フィエルに心の傷が残ったら⋯⋯あなた達どう責任を取るおつもりですの?」
特にドロシーは怒り心頭といった様子で、簡単には納得しなさそうだ。
エータは彼らと同じく、胸の中に黒いモヤがかかっているような感覚を覚えていた。だが⋯⋯。こうでもしなければ村人達が絶対に納得しなかったであろう事も、頭では理解していた。
「じゃあさ〜」
ケイミィがダボダボの実験服のような物を着て、大きなポケットに手を入れながら言う。
「いま〜ここで〜エルフを皆殺しにしたいほど憎んでる村人を〜納得させる案を出してよ〜」
「そ、それは⋯⋯」
ドロシーが言いよどむ。
ケイミィはクククと不敵に笑った。
「私たちにさ〜文句言う筋合いは無いんじゃないの〜? むしろ、感謝して欲しいよね〜ビートちゃん達の尻拭いしてあげてんだからさ〜」
ドロシーは「そんな言い方!!」と、ケイミィに食って掛かろうとするが、そんなドロシーを見て、ケイミィはさらに畳み掛ける。
「君たちがフィエルちゃんを受け入れたいって言ったんでしょ〜? フィエルちゃんも行くあてが無いからここに居たいって言ったんでしょ〜? じゃあ仕方ないじゃ〜ん。それとも〜、エルフに恨みを持つ人達に『我慢しろ』って言いたいわけ〜?」
イーリンは泣きそうな顔でぷるぷると震えている。
「自分のしたい事ばっか押し付けてさ〜他人の意志は無視しようって考えはさ〜『ワガママ』って言うんじゃないの〜? こっちはガキのワガママに⋯⋯」
「それ以上はいけないよ、ケイミィ」
クルトとディアンヌがやってきた。
「あんたは優しすぎんだよ⋯⋯」
誰にも聞こえないような小さな声でクルトは呟く。
それを、ディアンヌだけは静かに聞いていた。
ブライがケイミィを下がらせ、前に出る。
そして、エータたち一人一人の顔を、表情を確かめるように見た。
「まずは謝らせて欲しい。こんな方法しか思い付かなかった、村長として不甲斐ないよ。本当に、申し訳ない」
深々と頭を下げるブライ。
こうも真正面から謝られてしまっては、ドロシー達も言葉が出ない。エータはある疑問をブライに問いかけた。
「すべて計算づくですよね。俺たちの叫び声が村の人たちに聞こえるようにしてあった事も。あんな見せつけるように縛り付けて⋯⋯」
ブライは静かに目を閉じ「その通りだ」と、応えた。
ビートは、わざと大きな舌打ちをする。
それが、彼が今できる精一杯の訴えだった。
「エルフに故郷や家族を奪われた者たちの恨みは深い。フィエルが本当にこの村の一員になるには、まず、フィエルに死ぬ覚悟をしてもらうしか無かった。もちろん、殺されないよう出来るかぎりの事はしたつもりだ。その為に君達を利用する形になったのも事実⋯⋯」
エータ達は静かに耳を傾けている。
「村人達が凶行におよぶとは思えなかったが、絶対に成功するとは言えなかったからね⋯⋯。より確実性を求める為に、あえてそうした。君たちから恨まれても仕方ない⋯⋯」
これは大人達が正しい。正しいのだが⋯⋯。エータは、悔しくて、悔しくて、気付けば大粒の涙をこぼしていた。
ビート達も同じ想いだったようで、言いたい事が泉のようにあふれてくるのに、理性がフタをして言葉にしてくれない。
――大人達は正しい。
時間も策も無い状況で唯一の方法だったと思う。でも、納得出来ない。理性に抑圧された感情は、エータたちの頬を流れるのみだ。
(フィエルを助けるために、彼女を危険に晒された。怖い思いをさせられた。俺たちの彼女を想う気持ちを利用された。許せない。けど、俺たちの望みを叶えるためには⋯⋯くそっ! 一体どうすれば良かったんだ!)
「私は幸せものだな」
様々な感情がうずまくこの場所で、フィエルが噛み締めるように言葉を紡ぐ
「今日あった出来事、感情。その全てが、私の為のものなんだよな」
と。
そして、エータたちの方を向いて言った。
「エータ、ビート、ドロシー、イーリン。私は感謝しているんだ。恨みをこらえて仇を許容するのは簡単な事じゃない。こんな素敵な人達の住まう村の一員になれた事がありがたいんだ。そして、嬉しい。私の為にこんなにも心を痛めてくれる人達が居る事が⋯⋯なによりも」
フィエルはにっこりと笑う。
「だからどうか、みなさんを恨まないであげて欲しい。私の為を想うなら尚更だ。頼む」
フィエルから頭を下げられたエータ達は、もう何も言うことは出来ない。
今はフィエルが無事にこの村の一員になれた事を喜ぼう。そうする他無いのだ。
そう自分自身に言い聞かせ、葛藤を抱えたまま、エータたちは帰路についた。
――――――
フィエルに、いつぞやの木製ハウスを取り出してあげる。本格的な家づくりは明日だ。今日は疲れたであろう。
エータももう限界だった。
そして、エータはブライの三歩後ろを歩きながら屋敷に帰る。
遠くで猫じゃらしの草原が風でこすらる音がする。ただただ気まずい。
そのまま屋敷につき、さぁ寝るぞという時にブライが「今日はすまなかったね、おやすみ」と、言って来た。
結局、それがフィエルとの一件後の、二人の唯一の会話となった。
気まずっっっ!!!あーーっ!気まずっ!!
(前の世界では新社会人になった直後に両親が亡くなって、それから42歳まで独身だったからな⋯⋯。ケンカした人と同じ屋根の下ってどうすれば良いかわかんねぇぜチクショウ⋯⋯)
エータは仰向けになりながらベッドに寝っ転がり、両腕を頭の後ろに敷いた。
(でもなー、このままじゃダメだと思うんだよな。ブライ達がやった事は許せない、けど、それは俺の視点での話だ。もし、俺がブライ達の立場だったら⋯⋯どうしてただろうな)
そんな悶々とした時間がすぎ「寝れねぇよ!」と、なったエータは、外の風にでも当たろうと廊下を歩く。
すると、ブライの寝室から蝋燭の灯りが漏れている事に気が付いた。
「まだ起きてたんですね」
勇気をだして声をかける、ブライはすこし驚いたような顔を見せ、
「君か、ちょっと書をしたためて居てね」
と、こたえた。
「手紙ですか?」
「いや、私の頭の中にある歴史書を本にしていた。戦争のせいで、年々失われていってるはずだからね」
「歴史書⋯⋯」
「立ち話もなんだし、何か飲みながら話そう」
エータは(一度きちんと話した方が良いな)と、思い、ブライの誘いに乗ることにした。
きっと、ブライも同じことを考えているはずだろうと。
――イスに座り、温かい豆茶を飲む。エータは、真正面から話すのは気恥しいので「書きながらで良いですよ」と、言い、察したブライは「お言葉に甘えて」と、目線を落とした。
「今日はありがとうございました」
この言葉は絶対に言わなきゃいけない。
そう思ったエータは、勇気をだしてブライに告げる。
言葉に反応することなく、さらさらと執筆しているブライは、
「やっぱり君は優しいね」
という。
「そんなんじゃないですよ」
エータは、フィエルと同じく、ブライも傷付いているのではないか、と感じていた。
人の上に立つ、ましてや、たくさんの命がかかったこの状況で『村長』という立場はあまりにも重い。
彼の心を解きほぐすにはどうしたら良いのか。
エータは悩みながら口を開いた。
「実は俺、この世界に来たときに身体が若返ってて⋯⋯。前の世界だと今年で42歳だったんです。だから、ブライさん達がやった事が正しいって頭では理解してて⋯⋯。それに、きっとやりたく無かっただろうなって事も。だから、その⋯⋯」
「42歳!!?!!!?」
「えっ? あっ、食いつく所そこ!?」
ブライは「やっべ!」という表情をし
「失礼⋯⋯いや、でも。ほら。そりゃ⋯⋯。お、驚くだろう! 42歳は!!」
と、それはもう慌てに慌てた様子。
「確かにそうだけど! くっそぉぉー!! 言わなきゃ良かった!!」
エータとブライの間に、ゆるやかな風が流れた。
「そっかそっか、私は息子か孫を持ったような気持ちだったが⋯⋯42ねぇ。私とほとんど変わらないじゃないか」
「そうなんです?」
「エータ。敬語はやめないか? 私は君を子供のように思っていたが、こうも歳が近いともはや兄弟だ。もっとフランクに行こう」
ブライはフフッと笑う。
「確かに」
エータも、クスクスと笑う。
――それから二人は、とても良い雰囲気で話が出来た。
エータがこの世界に来るまでの生活⋯⋯。
両親と死別し、組織で不遇な扱いを受けていた事。
ブライが職業に目覚めてからの半生。
王宮務めとなり司書まで上りつめ、くさった王族や貴族に嫌気が差してダストン達と国を捨てるまでのこと。
男友達⋯⋯。いや、兄弟のように語りあった。
そして、改めてフィエルの禊について思っている事を伝え、それでもブライ達が好きだし、ビート達と険悪になって欲しくない事。
大人達と子供達がバラバラにならないよう、心を配りたいという旨をエータは伝えた。
ブライは「少し、本音を言わせて貰うとね」と、前置きをし、
「本当は村長という責から逃げ出してしまいたいと思う事がある」
と、伝えてくれた。
その言葉が、自分のことをどれだけ信頼しての事なのか。良い大人なエータはすぐに理解した。
「俺は、ブライこそ村長に相応しいと思ってる。あなたしか居ない。だから、少しでもブライの支えになれるよう、これからは俺も頑張るよ」
ブライは心底嬉しそうな顔をし、
「ありがとう、頼らせてもらうよ」
と、こたえた。
――エータたちは時間を忘れ、蝋燭が無くなるまで語りあうのだった。
そして最後に、「42歳って事は絶対絶対ぜーーったいに、二人の秘密な!!」と、ブライに釘をさしておくエータなのであった。