第040話〜フィエルの覚悟〜
――そして今。
私は、人間に殺されようとしている。
どろりと恨みのこもった目、今まさに振りおろされんとする冷たい農具たち。
でも、良いんだ。
これがエルフと人間の、今までの行いの全てなんだ。私も大義名分を盾に、たくさんの人間を殺した。
フィンは呼ばない。もし、一緒に殺されてしまったら、私は死んでも死にきれない。
きっと、怒られてしまうな。いや、呆れるだろうか。悲しむだろうか。
⋯⋯泣いてしまうだろうか。
フィンが泣くところを想像すると、胸が痛い。
「フィエルーー!!!」
遠くでビートたちの叫ぶ声が聞こえる。エータは毒を盛られたのだろう、口からよだれを垂らし倒れている。
でも、その瞳はビートたちと同じく、私の名を叫んでいる。私には聞こえる。ちゃんと、聞こえてるよ。
――ありがとう。
最後に、私の人生で『友』と呼べる人間が出来た。
十分だ。私は、幸せものだ。
私の犠牲が、エルフと人間の架け橋になることを、切に願う。
――さよなら。
人とエルフの間に産まれた憎悪、怒り、悲しみ。
腐った池の泥のように重く、マグマのように激しい怒りを帯びたそれは、冷たい裁きとなってフィエルに振り下ろされた。
――ガキンッと鉄の甲高い音がひびく。
そこには、ステージに思い切り叩きつけられた鉄のクワがあった。
フィエルの真横をかすめ、突き刺さっている。
「で、出来ねぇ⋯⋯」
クワを振り下ろした男が、ガタガタと震えている。
「くそぉぉ! で、出来ねぇ!! 俺には出来ねぇ⋯⋯!」
一人、また一人と農具を落とす村人たち。
「あんなに憎んでたのに! 家族を奪われたのに!! 絶対に仇を取ってやるって!! そう思ってたのに⋯⋯ちくしょお⋯⋯! うぅ⋯⋯」
村人たちのフィエルへの殺意が無くなっていく。
一体何が起きているのか、エータたちは理解出来ずにいた。しかし、ダストンの「禊が終わる」の一言で、ブライ達が何をしたかったのか、おぼろげながら感じ始めていた。
ブライはステージの上に戻り、村人たちに向けて問う。
「他に! 彼女を殺したいと思う者は居るか!!」
村人たちは一言も発さなかった。ただ、あふれでる感情がほおを伝う音だけが響きわたっている。
「まだ納得していない者も居るだろう! まだ憎しみを抱えている者も居るだろう!! まだ彼女が恐ろしいと思う者も居るだろう!!」
ブライは、場を切り裂くような大声で叫ぶ。
「だが!! 彼女を見て欲しい!! 彼女はエルフと人間、その両種族の恨みを!! あなた達の怒りを!! 痛みを!! 悲しみを!! その身一つで受け止めようとした!!」
ブライの一言一句を聞き逃さんと、涙をぬぐう村人たち。その顔は、どこか憑き物が落ちたようである。
「彼女は! 逃げ出そうと思えば!! 暴れようと思えば!! いつでもそうする事が出来た!! だが、そうはしなかった!! なぜだ!!!?」
ブライは、全身全霊の想いを込めた。
「彼女が! 心から人間との和平を望んだからだ!!」
その場にいる全員の瞳が、心が一つになったことを告げている。
「私は!! 彼女の禊が完了した事!! そして!! エルフである彼女をこの村の一員とする事を!! 強く!! 強く推薦したい!! みなはどうだろうか!!」
ダストンが、エータやビートたちの縄をほどく。そして、ケイミィが「ごめんね、エータちゃん」と、怪しげな薬をエータに垂らす。
すると、身体の自由が戻ってきた。
「やられた、そういうことか⋯⋯」
エータ達は、完全に大人たちの思惑を理解した。
「気持ちわりぃ⋯⋯」
ビートが吐き捨てるように言う。
と、怒りにうち震えているエータ達とはうらはらに、村人たちから力強い拍手が起こる。
その拍手は、新しい『家族』を迎え入れる、歓迎の拍手だった。
「喜んでいーのかわかんない⋯⋯」
「わたくしも⋯⋯同感ですわ」
イーリンとドロシーも、言い表せない気持ち悪さを感じているようだ。
胸くそわるい。フィエルが助かったことは嬉しい。なんなんだ。この感情は。心にべっとりと何かがまとわりついて離れない。
エータ達は、異様な光景のなか、自分たちが村の一員でないような感覚におそわれていた。