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第039話〜フィエルの過去②〜

 それから数ヶ月に一度、小さな女の子は遊びに来るようになった。


 彼女の名前はフィン。


 山の木の隙間から産まれたつむじ風。

 それが偶然、空気中の濃いマナとぶつかり妖精となり、長い年月をへて、自我を持って精霊になったという。

 エルフの里は空気が澄んでいて良く遊びに来るらしい。そこで奇妙な穴を見つけ、覗いてみたら私がいたとの事だった。


 私たちはすぐに友達になった。


 フィンは人見知りだけどおしゃべりで、外であった出来事を楽しそうに私に話す。

 遊びに来る時はヘビイチゴを取ってきてくれ、その小さな果物を二人で分けて、笑いあって食べた。

 私はそんな彼女と居る時間が好きだった。その時間だけが私に『生きている』という実感をくれた。


「外はいま大変な事になってるわよ」


 フィンが言う。

 「大変なこと?」と、ヘビイチゴをつまみながら応える私。


「そう! なんでも、プリース王国って所が領地を奪いまくってるらしくてね! しかも、すっっごい強いヒゲモジャの騎士が、こう⋯⋯バッタバッタと敵をぶっ飛ばしてるらしいのよ!!」


 フィンは身体をめいっぱい使って「えい! やー!」と、大立ち回りをしている。

 その姿があまりにおかしくて私は思わずフフフッと笑った。


「笑い事じゃないんだってば! フィエル、ここからずっと北のエルフの集落も襲われてんの! あんたの同族よ! もしかしたらあんたも戦場に駆り出されるかも!!」


「⋯⋯私が?」


 私は口いっぱいのヘビイチゴを飲み込み、フィンを見る。フィンは何時になく真剣な表情だった。


 戦場……戦場かぁ。


「もしそうなったら私はどうしよう。外なんてしばらく出てないし、役に立つ自信無いよ。すぐ死んじゃうかも⋯⋯」


 私は視線を落としながらそう言った。そんな私を見て、フィンは私の指を握り、少し照れくさそうに言う。


「じゃあ⋯⋯私が守ってあげてもいーよ」


「えっ?」


 守る?私は言葉の意図がわからず、呆けてしまう。


「だーかーらー! 私があんたの使い魔になってあげるって言ってんの!!」


「フィンが、私の使い魔に?」


「だってあんた、精霊師(スピリットマスター)でしょ? 私と契約したら、あんたの魔素(マナ)を使って私がいつでも傍に行けるじゃない!!」


「い、良いの⋯⋯?」


「何が?」


「私なんかで⋯⋯」


 フィンは「あーもう!」と言いたげに頭をかいた。


「あんただから良いの! バーーーカ!!」


 私は、心がキュッとなるような、暖かくなるような、感じた事のない胸の高鳴りに戸惑った。


 ……あれ?おかしいな、嬉しいはずなのに。あれ?あれ?涙が止まらない。⋯⋯良いのかな。私で。本当に良いのかな。こんなに幸せで。良いのかな?


 気付けば、私は子供のように声をあげて泣いていた。


 身体はもう成人のエルフと大差ないと言うのに⋯⋯。大きな声で、初めて。


 そんな私を見て、フィンは仕方ないなぁと言いたげに「もう、ほんとにバカなんだから⋯⋯」と、私の頭を抱きしめた。


 ――――――


 フィンの言う通り、それからすぐに私は牢屋から解放された。

 久しぶりに見る里長はゲッソリと痩せ細り『顔も見たくない私に頼らざるを得ない』と言うことを、その姿が物語っていた。


「百年ぶりくらいか、ますますあやつに似てきおったわ」


(あやつ?)


「北にある我が同族の里が襲撃を受けておる。フィエルよ。我が里の救護隊と共に、逃げ延びてきた者たちを守れ。無事に連れ帰ってこい」


「はい」


「⋯⋯お前の命に替えてもな」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい」


 不思議と里長の言葉に動じない自分がいた。私の中で何かが変わったのだろうか。だとしたらフィンのおかげだ。


 里の救護隊から弓を与えられ、道中、練習をしながら北へと進む。

 当たり前だが、的に当たるわけがない。


 途方に暮れているとフィンが「私が補助してあげる」と言い、風の力で補助してくれた。

 風が矢のまわりを回転するようにまとわりつき、なんとか使えるレベルにまで到達。ありがとうフィン。


 身体が大きくなり、感覚がまだ掴めない。

 胸など、あの牢屋暮らしの中でなぜこんなに大きくなるのかと、バスティ様に聞きたいくらいだ。


 エルフの間では、顔や腹はもちろん。胸や尻に至るまで、余計な肉は『贅肉』と呼ばれる怠惰の証。

 侮蔑(ぶべつ)の対象であった。


「ホント邪魔! もう切り落としちゃおうかな!?」


 弓を使うのに邪魔で仕方ない。私は、怠惰の神に愛されたであろう、自分の身体を呪った。


 ――――――


 逃げてきたエルフ達を守りながら、南の里へと帰路につく。人間達はおたけびを上げながらしつこく私たちを襲った。明らかに異常な体力。人間ってこんなにタフなの?


 一人また一人と同胞を失う中、私は無我夢中で弓を引き、もう何度目かもわからない死線を超えて戦い続けた。


「同胞よ! 南のエルフよ! ありがとう! ありがとう⋯⋯!!」


 助けたエルフたちから感謝の言葉を送られる。


「い、良い! わた、私は!! 里長の(めい)に従っただけだ! わ、わたしの命にかえてでもお前たちは守りゅ!!」


 褒められた事なんて数えるくらいしかない私。

 北のエルフ達の真っ直ぐな「ありがとう」にどう対応すれば良いのかわからない。


(恥ずかしいぃぃー!!)


 照れて噛みまくるフィエルを、北のエルフたちは微笑ましく見守った。


 そうして、やっと大きな山脈を抜け、プリース王国南西にある我らがエルフの里まで帰ってきたのだった。


「でかした!!」


 里長は全滅する事も覚悟していたようで、想像以上の生存者に歓喜していた。

 少しはお役に立てただろうか、立ててたら良いな。私はそんなことを考える。


「フィエルちゃん! ありがとうねぇ!」

「精霊師様! あなたのおかげで命拾いしました!」

「珍しいねぇ、精霊が力を貸すなんて。私の長い人生でも数える程しか居ないよ」


 助けた北のエルフから、たくさんの感謝の言葉を貰う私。


 良かった。たくさんたくさん救えて良かった。これもすべてフィンのおかげだ。


「ありがとね、フィン」


「報酬貰えたら山分けね! フィエル!」


 その夜は、二人でクスクスと笑った。


 ――――――


 次の日の朝、助けた北のエルフが通りかかる。


「おはよう。やっと野宿から解放されたな。よく眠れただろう」


 私は声をかけてみる。


「⋯⋯」


 昨日まであんなに私に感謝を述べていたエルフは、私の顔を見るなり、見てはいけない物を見たような顔をして小走りで立ち去った。


(あれ⋯⋯?)


 勘違いだろうか、そう思った。しかし、会う人会う人、視線を合わせてはくれない。昨日まで、あんなに仲良くしてくれたのに⋯⋯。なぜ?


「フィエル」


 懐かしい顔が私に話しかけてくる。2メートル近くある長身の男⋯⋯里長の側近だ。確か名前はドラシル⋯⋯。


「里長から大事な話がある。至急、屋敷まで来い」


 側近のドラシルは、必要最低限の会話で足早に私の元を去っていった。


 話ってなんだろう。まさか、また牢屋に戻れと言うのだろうか。あの狭い世界に⋯⋯。外の広さを知った私に耐えられるだろうか?


 そんな事を考えながら、急ぎ屋敷へと向かった。

 すっかりと痩せこけ、威厳もその圧力を失った里長は、私に告げた。


「お前をこの里の防衛隊に任命する。持ち場は斥候(せっこう)だ、よいな?」


「⋯⋯! はい!!」


 それは、私の小さな勝利だった。

 里に居場所を作った。『居ても良い』と言わしめた。紛れもなく、その瞬間だった。


斥候(せっこう)。なるほど、一番危ない役職か。でも⋯⋯)


 それでも、私には大切な居場所。この里で存在して良い理由⋯⋯私にも出来たんだ。


 ――――――


 そして、運命の日。

 里の北西から、見たこともない巨大な爆発が起きる。

 今朝、リヴァイアサンが暴れた直後の山の異変。

 どう考えても普通ではない。


「フィエル、状況を確認してこい。一人でな」


「一人⋯⋯ですか? 里長、今日の山は普通ではありません。それにこんな夜中では、道中ゴブリンやオーガに囲まれるとも⋯⋯。私一人では⋯⋯」


「だからこそ、であろう?」


 里長の冷たい目が私に突き刺さる。何を言っても無駄か。私は悟った。


「はい⋯⋯。それでは、行ってまいります」


 ――――――


 珍しく里の入口で見送ってくれる里の者たち。


 斥候になってから、幾度となく里の窮地をいち早く察知し、処理してきた。

 しかし、今回ばかりは帰ってこられる保証がない。里の者たちもそれを察して居るのだろう。


「フィエル⋯⋯」

「フィエルちゃん⋯⋯」

「フィエル⋯⋯その⋯⋯必ず帰ってこいよ!」


 こんなに暖かい気持ちになったのはいつぶりだろうか。


「行ってくる!!」


 私ははじめて、里の者たちに出発の挨拶をした。


 ――――――


 召喚したフィンと山道を共に進む。


「隠れて! ゴブリン達が走ってくる!!」


「わかった! ありがとうフィン!!」


 脱兎のごとく逃げまどうゴブリンとオーガ。やはり、西の山で何か尋常ではない事態が起きている。


 騒動の中心にあの牛鬼が居るのなら、ゴブリン達は爆発の方に向かって走るはずだ。

 逃げる、という事は強力なモンスターが暴れているという事。


 ⋯⋯怖い。


 ダメだダメだ!!私の目的は、そこで何が起きたのかを見極め、里に情報を持ち帰ることだ!!

 最悪、命を落としても「斥候が戻って来れないほどの何かが起きた」と、知らせる事が出来る!

 私の命の価値はそれだ!

 とにかく、近付こう!


 私は、感じた事のないプレッシャーに震える足を、騙しながら前に進んだ。



 ――ガォンッ!!



 虎のような、狼のような鳴き声が響く。なんだ?フォレストウルフの突然変異種でも居るのか?

 私はさらに歩みを進める。

 そこには、満身創痍の人間共が居た。


(くそっ! この爆発は人間の仕業だったか!!)


 私は殺された同胞の顔を思い出し、威嚇射撃をしながら人間達の前におどり出た。


 ――――――


 エータ達を村に送った次の日。

 たくさんの人に見送られながら人間の村を出る。まさか、こんな日が来ようとは。

 獣人のシロウと猫じゃらしの原っぱを歩く。春の太陽が優しく微笑む。あったかい。今日は良い日だ。


「嬉しそうでござるな」


 獣人のシロウは私に問う。


「あぁ。あんな人間が居ると知れたのは、私の人生の財産になるだろうな」


「水を差すようで悪いが⋯⋯」


 山道に入ったシロウが警戒を強めながら私に言う。


「彼らを平均的な人間だと思わない方が良い」


「⋯⋯私は北の方で人間共と争った事がある。やつらの姑息さ、残忍さは良く知っているつもりだ」


 シロウは「そうか、それはすまない」と、マフラーを深く巻き直した。


「いや、良いんだ。忠告ありがとう。あなたも亜人種だ。きっと、あなたも過去に人間と何かあったのだろう?」


 シロウはしばらく無言になった後、


「私自身では無いが、祖先がな」


 とだけ答えた。


 私は(これ以上、詮索すべきでは無いな)と、グッと言葉を飲み込み、山道を進んだ。


 ――――――


 シロウと別れ、エルフの里に到着する。

 太陽は燃えるような夕日になっていた。


 里の者たちは、私の帰還を心から歓迎してくれたようだった。

 急ぎ、里長へ報告に向かう。


「よくぞ戻ったフィエルよ。お主のしぶとさには目を見張る物があるな。まるでオークのようだ」


「恐れ入ります」


 里長がエルフ族最大の侮辱を投げかけるが、私は淡々と報告をした。


 里長を含め、西の年配エルフ達は「牛鬼を超えるモンスターが!?」と、半信半疑であった。


 だが、エータの存在とバスティ様から授かったお言葉を聞いて考えを改めたようだ。


「殺せ。その人間は危険だ」


 そら来た。それだけは飲む訳にはいかない。


「無礼をお許しください里長。それは得策ではありません。彼は⋯⋯」


「話は以上だ」


「彼は、私たちエルフと人間の長年の確執を⋯⋯」


「話は以上だ!!!!」


「彼は! 私たちエルフと人間を繋ぐ架け橋となる男です!!」


 私の事をただの便利な人形だと思っていた年配のエルフ達は、私の強い主張に酷く動揺しているようだ。


「またしても人間の肩を持つのか⋯⋯」


「里長⋯⋯?」


「お主たちのせいで⋯⋯一体何人のエルフが犠牲になったと思っている!!!」


 突然、里長は手のひらから激しい雷を放った!!

 直後、屋敷内に大竜巻が現れる!!


「ぐっ! フィン!!」


 私は、フィンの風を足にまとい、屋敷内部を暴れる竜巻に乗って逃げる!!


「死ね! 死んで詫びるのだ!!」



 ――百火万雷(ヤマタノオロチ)――



 里長のその一言により、雷雲は恐ろしい怪物となって私たちを喰らわんと、その大口を開ける。


「貴様など! 貴様など我らの同胞ではない!! 私が間違っていた!! あの時殺すべきだったのだ!! 消えろ!! 私の前に二度と顔を出すな!!!」


「エルドラ様!!!!」


「フィエル!! 逃げるよ!!!」


「でも!!」


「良いから早く!!」


 崩壊する屋敷から、爆風に乗り、私とフィンは空へ逃げた。


 穴が空いた天井から、里長の「殺せ!!」という声が聞こえる。その声を合図にして、数多の矢が私たちに向けて放たれた!


「当たらない⋯⋯これは?」


 明らかに殺意の無い矢の雨。


 私は違和感を持ち、防衛隊のエルフ達の顔を見る。


(行ってこい、フィエル)

(負けないで)

(すまん⋯⋯)

(フィエル、生きるんだ)


 口には出さないが、みんながそう言っているように見えた。

 私は空をかけながら、そっと瞳を閉じ、小さな声で呟いた。



 ――行ってきます。

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