第003話〜オオカミ襲来〜
「ぬぁぁぁー!!!!」
奮発して買った自慢のスーツをそこらに脱ぎ捨て、革靴を両手に持ち、カッターシャツにボクサーパンツ&靴下という変態紳士スタイルでジャングルを走るエータ。
「ヤバい! 無理! あかん! 死ぬ! 舐めてた! ファンタジー舐めてた!!」
5匹のオオカミが「ごちそうだ!」と、言わんばかりによだれを垂らしながら追いかけてくる。
そのオオカミの額には15センチほどの立派な角がついており、どう見ても現実の生物とは思えない。ザッ!ファンタジー!と言ったさまである。
エータは道なき道を、枝葉が肌を傷つける事もいとわず走り抜けていく。
「助けてぇ! 神様仏様バスティ様ぁぁ!!」
大きな木の枝をぐいっとくぐり、砂の上を勢いよくゴロゴロと転がった。身体中に走る激痛。
どうやら、元いた砂浜に戻ってきたようだ。
「まずい、これはマジでまずい!!」
息も絶えだえに口に入った砂を吐き捨て「こんな物でも無いよりマシ!」と、落ちていた木の枝を手にとる。
そして、オオカミたちの来るほうを向きながらジリジリと距離を取る。
――グルルルル⋯⋯。
森の影から恐ろしい声が漏れてくる。
あまりの恐怖に迫りくる尿意!!!
「他になにか無いか!? なにか!!」
辺りを見回すが、使えそうな物はこの手に持っている木の枝の他になにもない、まさに万事休す。
その時、ふと女神バスティの言葉が脳裏をよぎった。
「わた⋯⋯アーツ⋯⋯。⋯⋯アイ⋯⋯⋯⋯クス⋯⋯。」
(そうだ、俺はこの世界に送られた使徒⋯⋯の、はず! なんかよくわかんないけど女神様に導かれたやんごとなき存在⋯⋯で、あって欲しい! なにかしらチート能力を得ている⋯⋯に、違いない! そうだよな!? そうだよね!? 信じてますよバスティ様ぁ!!)
そんなことを考えながら、エータは頭に浮かんだ言葉を力強く叫んだ。
「喰らえ、犬っころども! アイテムボーーックス!!」
――ピコンッ!
――――――
木の枝×1。を、収納しますか?
YES
NO
――――――
「クソ女神ぃぃぃー!!!!」
絶望した。
脳内に表示されるウィンドウに絶望した。
「こうなりゃヤケじゃぁやったんどオラァァ!!」
木の枝を構えるエータ。無敵の42歳。
後輩の結婚式に呼ばれた時よりも、上司にミスをなすりつけられた時よりも、熱く激しい感情が彼をたかぶらせる。
「緑のジャングルに生きてるお前らより、コンクリートジャングルを生き抜いた俺の方がよっぽど強いことを証明してやるぜぇ!!」
ガタガタと震える手と足。大声を張り上げ、虚勢を張らないと理性を保つ自信がなかった。
グルルルル。と、1匹のオオカミが茂みから顔をだす。オオカミはエータをキッと睨みつけた後、海をキョロキョロと見回している。何かを探しているようだ。
そして、ワフッと仲間たちに合図をし、森の中へと消えていった。
「助かっ⋯⋯た? いや、勝った⋯⋯勝ったぞぉー!」
緊張の糸がとけ、どさりとその場に座りこむエータ。その股間には、生暖かい感触が広がるのであった。