第038話〜フィエルの過去〜
ついさっき評価とブクマの数が見れる事に気付きました!
Σ(゜ロ゜;)
ここまで読んでくださってる方がほとんどだと思いますので、この場をお借りして感謝を伝えさせていただきます!
ありがとうございます✨️
産まれた時から、私は誰からも必要とされなかった。
両親は物心がついた頃にはすでに亡くなっており、里長に引き取られる形で育てられていた。
「フィエルと言ったか。さて、どうする」
「罪人の娘か。生かしておく意味など無かろう」
「そうも言ってられん、人間や牛鬼に対抗するためには一人でも戦力が欲しい。武芸術や魔技が発現しなければ、その時に殺せばよい」
そんな大人たちの会話が聞こえてくる。
言葉の意味はわからなかったが、どうやら自分が必要の無い存在だという事だけは、幼いながらも理解していた。
――――――
私は、里のみんなと仲良くなりたくて『良い子』である事につとめた。
里の掟を誰よりも重んじ、里の年長者たちのご機嫌をうかがい、里のみんながやりたがらない仕事を率先しておこなった。
その努力が実を結び、産まれたばかりの私は『便利だから生かしておいても良い』という所まで、自分の地位を向上させていた。
辛くて、辛くて、毎日心がギュッと締め付けられるような日々だったが、涙を流すと心底めんどうくさそうな目をされるので、いつからか泣くことを諦めた。
――――――
10歳の日、いよいよバスティ様から神託を受けるとき。
「無職であれば殺しても構わんだろう?」
「いや、使い道はある」
「優秀な汚物処理係ではあるからな」
大人たちは私が聞いている事などお構いなしに話している。
私の存在はかぎりなく透明に近い。
居ても居なくても明日の生活に変化はない。ただ、めんどうな仕事が一つ増えるだけだ。
それでも、職業を与えられ、アーツやスキルを得られれば、きっとみんなは認めてくれる。私を一人の仲間として迎え入れてくれる。
そう信じて祈った。
独りは寂しい。エルフのみんなの役に立ちたい、と。
刹那、私の身体は優しい光に包まれて、バスティ様とプタラム様から神託を賜った。
「でかしたぞ! フィエル!!!」
はじめて里長が褒めてくれた!!
私は嬉しくて里長に抱きつき、いつから止まっていたのかもわからない大粒の涙をこぼした。
「して! 何を得た!?」
「はい! エルドラ様! ⋯⋯森の声を聞き、仲間に尽くす、あなたと共に歩む者と心を通わせる力をあなたに⋯⋯と。調教師、精霊師、魔素供給という力を頂きました!」
――その瞬間、私の身体は宙を舞い、神殿の壁に叩きつけられた。
激痛に耐え、頭から流れる血を拭いながら顔をあげる。
そこで見たのは、耳まで顔を真っ赤にし、今にも私に襲いかかりそうな里長の姿。
私は訳がわからず、でも、きっと何か悪いことをしたのだろうと必死に頭を床にこすりつけた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
その姿を見て、里長は空に手を掲げ、雷雲を産み出す。
激しく吹き荒れる風、宙を舞うイスやテーブル。
聞こえてくる里のみんなの「おやめください!」という声。
里長は大量の汗を流しながら肩で呼吸をし、私を今にも亡きものにせんと目を血走らせている。
そこに里長の側近である長身の男が、里長の後ろに近づきそっと耳打ちをする。
里長は静かにうなずいている。
「すまぬ⋯⋯ドラシルの言うとおりだな」
「聡明なご判断、ありがとうございます。里長様」
里長は冷静さを取り戻したのか、雷雲を手の中に戻した。そして、
「この娘を牢屋に閉じ込めておけ、ワシの視界に一切入れるな。⋯⋯いいか? 絶対にだ!!」
そう吐き捨てて神殿を後にした。
――――――
暗く、きたない、地下の牢獄。竹を編んで作られた格子の中に、私はいた。このしめった土とカビた石壁の中に入れられて、もう何年経ったのかもわからない。
十年、二十年⋯⋯あるいはもっとだろうか。
天井のすみに空いた唯一の『外』である通気口は、私に『時間』という感覚をつなぎとめるにはあまりにも心もとない。
食事係は、毎日ひとつのパンと小さな瓢箪に入った水を投げてくる。その時間は十秒にも満たない。
最初の頃は、人が来るのが嬉しくて「ありがとう」と、話しかけて居たのだが、私が泣いたときのような『あの目』をしてくるので、話しかけられたら迷惑なのだろう。と、いつからか声をかけるのを辞めた。
「さみしい⋯⋯」
牢屋の上に開けられた通気口。わずか十数センチ。それが、私の世界のすべて。
そこから落ちてくる月の光を眺めながら、私はちいさく呟いた。
すると、何かが頬を撫でるのを感じた。
(⋯⋯これは、風?)
私は、撫でられた頬を指で触りながら、その方向に振り向いた。
そこには、ぼんやりと発光し、大きな羽で飛びまわる、見たこともない小さな女の子の姿。
「⋯⋯だれ?」
私がそっと手を伸ばすと、その子はすぐに通気口へと逃げてしまった。
「あっ⋯⋯」
また行ってしまう。私の前からみんな居なくなってしまう。彼女はなんだろう?⋯⋯わからない。でも、独りはイヤだ、イヤだよ。
私は誰も居ない牢屋のすみっこで、静かに泣いた。
――――――
それからしばらくして、小さな女の子が通気口からこちらを覗いている事に気が付いた。
だけど、きっとまた出て行ってしまう。
私は彼女を見なかった事にし、牢屋の壁にうずくまった。
すると、
「どうしてこんな所に居るの?」
と、声が聞こえた気がした。幻聴だろうか。
私は「わからない」とだけ答えた。
「わからないって何、あなたの事でしょ?」
「私の事だけど、私にもわからないの」
「ふーん、変なの」
そこで幻聴は終わった。
――――――
それから数ヶ月後。
通気口から落ちてくる雨を避けてうずくまっていた時の事。
「雨宿りさせて」
目を閉じていた私はいつもの幻聴だと思い「いいよ」と、答えた。
「寒いわね、ちょっと失礼」
牢屋のすみっこにいた私の頭に、なにか冷たい物がピチャッと乗ったのを感じる。
「うーん、違うわね。ねぇ、胸を貸してよ」
今日の幻聴はリアルだな。そう思いながら、私は顔を上げた。
そこには、あの小さな女の子が、私の目の前で腰に手を当てて飛んでいた。
「えっ? あなた⋯⋯」
困惑する私を無視して、少女は「ふー、あったかい」と、私の胸元に入ってきた。
そうか、私はとうとう頭がおかしくなったんだ。そう思っていると、胸がじんわり暖かくなって行くのを感じる。
彼女の熱だろうか。
「あったかい⋯⋯」
私はそっとその温もりを抱きしめた。
幻覚でも良い。壊れてしまわないように、失ってしまわないように。
そっと、そっと抱きしめた。