第037話〜禊〜
――ん、なんだ? 頭が痛い。
「〜〜!! 〜〜〜!!!」
――遠くで何かが聞こえる。誰かが叫んでる?
「エルフに故郷を奪われた者もいるだろう! 家族を殺された者もいるだろう! だから今ここに! 我らの同胞になりたいというエルフの少女、フィエルに!!」
――ブライ⋯⋯さん?
「禊を行ってもらう!!!」
(禊⋯⋯? 禊だって!!?)
声のする方を見ると、木で作られたステージのような物に立ち、村人たちに演説をするブライがいた。
そして、その足元にはロープで手足を縛られたフィエルの姿も⋯⋯。
「なん、だ? ⋯⋯これ」
ステージの下にいる村人たちの手には、先日、エータが作った鉄の農具が握られている。
明らかに異常な光景。
フィエルの身に危険が迫っているのは明らかだった。
(助けないと!!)
そう思い身体を動かそうとすると、自分もフィエルと同じようにロープで縛られている事に気付いたエータ。
「くそっ! なんなんだよ!!」
必死にロープを取ろうとする。
(そうだアイテムボックス!!)
「あっ、ダメだよ〜」
女性の声が聞こえたと思った瞬間、エータの背中に激痛が走った。
「ぐっ! あぁ⋯⋯!!」
刹那、襲いくる割れるような頭痛。叫びたいのに声が出ない、暴れたいのに身体が動かない、世界がゆらゆらと揺れる。どうして?
「神経系の毒だよ〜。エータくんは危ないからね、そこでゆっくり見ててね〜」
「フーーッ! フーーッ!!!」
エータの目は血走り、焦点をひっしに合わせて声の主を睨みつける。
それは、錬金術師のケイミィだった。
「なにすんだよ親父!!」
「お母様!? これはどういう事ですの!!?」
「フィエルーーーー!!」
ビートたちの声がする。
エータは動かない身体にイラつきつつも、眼球を精一杯うごかし、声の方を見る。
そこには、同じようにロープでしばられたビート、ドロシー、イーリンの姿があった。
それぞれ、ダストン、サリバン、ギムリィに抑えられている。
(なんで⋯⋯どうして!?)
混乱しているとステージの方から声が聞こえた。
「わ⋯⋯私は、両親をエルフに殺された。泣いて許しを乞う私たちの声を⋯⋯き、聞き入れる事無く!!」
「俺も⋯⋯出稼ぎに王都に行ってる間に故郷を焼かれた! お前たちエルフにだ!!!」
「私の旦那を返して! 返してよぉ!!」
フィエルは目を見開き、ガタガタと震えながら涙を流している。
(これが禊? 村の一員になる為の通過儀礼とでも言いたいのか!? 狂ってる! どうかしてる!! 俺は甘かった! この世界は俺のいた世界より文明レベルが圧倒的に低いんだ!! だからこんな非人道的な事が出来る!!)
エータの心の中は、困惑、憎悪、混乱、懇願⋯⋯。様々な感情でぐちゃぐちゃになっていた。
(クソッ! クソッ! クソッ!! フィエルが殺される!! 誰か⋯⋯誰か助けてくれ!!)
激しい感情とは裏腹に、身体はピクリとも動かない。意識が飛びそうなほどの頭痛に、視界がボヤける。ただ、悔し涙だけが、今のエータに許された唯一の自由だった。
「こんなロープ振り切って差し上げますわ!」
ダストンが人間業とは思えない速度でドロシーの身体を抑える。
「ぐっ!!」
「ドロシー!! アイシクル⋯⋯!」
「イーリン! すまん!!」
ギムリィの身体が真紅に輝き、イーリンが作り出す氷結を阻害する。
「おばあちゃん! やめて! やめてよー!」
「⋯⋯」
ギムリィは無言でイーリンの魔法を妨害しつづけている。
「見損なったぜ親父⋯⋯。こんなのが⋯⋯こんなのが正しいと思ってんのかよ!」
ダストンは無言でドロシーを抑え続けている。
「なんとか言えよ! ひとでなし!!」
ドロシーたちの抵抗虚しく、ほんの少し走れば届きそうな距離にあるステージで、フィエルの禊は始まろうとしていた。
ブライが壇上から降りようとする。
その時、ブライはフィエルに向かって小さく何かを言ったようだった。
その言葉を聞いてフィエルは、覚悟を決めたようにスッと目を閉じる。
その姿はまるで、死を受けいれた者のように見えた。
(フィエル!!)
農具という凶器を持った村人たちは、フィエルの方へ肉食動物がエサに群がるように歩きだした。
――私の人生はなんだったのだろう。
必死に助けようとするエータたちとは裏腹に、フィエルの心はとても静かだった。
走馬灯だろうか。
フィエルはこれまでの人生を思い返していた。