第035話〜ボロボロのフィエル〜
村人に連れられて、エータたちは南口へと急ぐ。
「フィエル!!!」
遠くの方で傷だらけのフィエルが、息も絶えだえに村に向かってくるのが見えた。
ビートとドロシーは一気に加速し、村の外へと躍り出る。
ビートが索敵をし、数発の矢を放つ。
そして、ドロシーがフィエルの身体をサッと背負い、すぐさま聖域の中へと戻ってきた。
草場の影に弓を持ったゴブリンの姿が見えたが、彼らはビートたちの迅速な行動により「ちっ!」と、舌打ちをして山の中へと戻って行った。
「誰かクルト先生とディアンヌを呼んで来てくれ! ケイミィは解毒薬の調合を! 手の空いた物はお湯の準備を頼む! サリバンは清潔な布を! ピグリアムは胃に優しいものを用意してくれ!」
ブライの的確な指示により、村人たちは物凄いスピードでフィエルの手当をした。
フィエルは「すまない⋯⋯あ、ありがとう⋯⋯」と、苦しそうにしていたが、緊張の糸が切れたのかそのまま気を失ってしまった。
――フィエルを慎重にブライの屋敷へと運ぶ。
ブライの客間のベッドで静かに眠るフィエル。
どうやら、峠は超えたようだ。
ゴブリンの矢により毒を受けていたが、ケイミィの解毒薬が効いたらしい。
使用する際に「フィエルが激痛で死ぬんじゃないか!?」と心配になったエータだったが、
「いやいや〜、こんな瀕死の人には使わないよ〜。さすがに痛くない普通の薬を使うね〜」
との事。
「痛くないのも作れるのかよ! このマッドサイエンティストめ!」
と、小言を言いそうになったが、とにかく今はフィエルが心配だ。
エータ、ビート、ドロシー、イーリン、の4人は畑の手伝いや裁縫、狩りなどの仕事を早めに終わらせてフィエルの傍につく。
――彼女はなかなか目を覚まさない。
「どうしてこんな⋯⋯」
「様子から見て、村に帰れて居ないのかも知れない。山の中を数日さまよったような感じだね」
フィエルの顔を布で拭きながら、ディアンヌとブライが話している。
(もしかして⋯⋯)
ブライの頭に、最悪のシナリオがよぎる。
「⋯⋯ここは?」
「フィエル!!」
フィエルが目を覚ました。咄嗟にフィエルの手を握るドロシー。
「ドロシー? 私はたどり着けたのか⋯⋯っつ⋯⋯!」
起き上がろうとしたフィエルの顔が苦痛でゆがむ。
「まだ動かないでください、お身体に障ります」
たしなめるディアンヌ。
「いや、おちおち寝ていられない⋯⋯私は、お前たちに謝らなければ⋯⋯ぐぅ⋯⋯」
ディアンヌの制止もむなしく、フィエルは上体を起こそうと必死だ。
エータは何か只事ではない事態を察し
「フィエルの身体が心配なんだ、俺たちのためにも今はゆっくりしてくれないか?」
と、言った。
すると、フィエルは横になったまま
「心配⋯⋯そうか、すまない⋯⋯」
と、こたえた。
その目は、どこか嬉しそうであり、寂しそうでもある。
「そうですわ、友達なんですから」
と、フィエルの頭を撫でるドロシー。
「友達⋯⋯」
その言葉に、フィエルは自分でも気付かないうちに涙を流していた。
その様子を見てビートは「親父とクルト先生を呼んで来る」と、席を立つ。
エータとブライも空気を読み、ビートと共に部屋を後にした。
いまは女性陣に任せよう。
――1時間後。ダストン達と合流し、フィエルの元へ帰る。
フィエルは落ち着きを取り戻したようだった。
「助けて頂き、感謝の言葉もない」
一同は「水くせぇ」「お互い様だよ」と、声をかける。
「今日、ここへうかがったのはお前たちに悪い報せをする為だ⋯⋯」
「エルフの里で何かあったのか?」
申し訳なさそうな表情を見せる彼女に、ブライは聞く。フィエルは首を縦に振り「そうだ」と応えた。
「エルフの里へ帰った私は、ベヒモスなるモンスターの事、逃げた牛鬼。そして、お前たちと、この村の事を伝えた。里長はたいそうお怒りになり、エータ殿の抹殺をエルフの戦闘職にくだしたのだ」
「エータを殺すだと!?」
と、ビートが怒りを込めていう。フィエルは「あぁ⋯⋯」と悲しい顔をして続けた。
「私は里長に、エータ殿はバスティ様の使徒であり、私たち亜人種と人間の架け橋になる存在である事。そして、エータ殿は私たちエルフと歩み寄ろうとしてくれている事を訴えた。しかし、それが里長の怒りに油をそそいでしまって⋯⋯」
フィエルは両肩を抱いて震える。
「里長は、私が人間の思想に当てられた危険人物だと判断し⋯⋯私を⋯⋯」
フィエルは真っ青な顔でカタカタと震える。
「わかりました! もう十分ですわ!」
と、ギュッとフィエルを抱きしめるドロシー。
イーリンも、
「フィエル。行くとこないなら、私とおばあちゃんのとこ来る?」
と、話しかけて居る。
これは一度、フィエルのことを話し合ったほうが良さそうだと判断したブライは、
「私たちは席を外そう。フィエル、とにかく今は身体を休めてくれ。話してくれてありがとう。ドロシー、イーリン、ディアンヌ、クルト先生、彼女を頼む」
と、言って、女性陣を残し、男性陣を外へ連れ出す。
そして、エータたちは場所を変え、今後について話し合う事にした。
――――――
「まぁ、大方予想通りじゃわい」
ダストンが腕を組みながら言う。
「亜人種と人間ってそんなに仲が悪ぃのかよ」
ビートは納得いかねー。と言った様子でダストンを見る。
「俺のいた世界でも、一度大きく衝突した国や人種は、深い溝が残ってたよ。当事者たちが亡くなっても、国が和平条約を結んだとしてもね⋯⋯」
エータがそう伝えると、ビートは「けっ、くだらねー」と、空を見た。
その姿を見て、ダストンは言う。
「まぁそう言うな。お前はこの村しか知らんからそう言えるんじゃ。⋯⋯領土争いで醜く殺し合った者たちは、みな等しく地獄を見ておる。特に、エルフの族長ともなれば完全なる当事者じゃろうて。人間に対して拒否反応が出るのも無理はない。ワシだってそうじゃ。エルフと手を組むなど、恐ろしくてかなわん」
ブライは口に手を当て、目を閉じたまま言う。
「こうなると、目下、早急に手を打たなければならないのはエルフの襲撃だ。フィエルの話が事実ならエータを狙ってエルフ達が攻めてくる。ダストンが動けない以上、私たちで防衛しなければならない」
「うーん」と、うなる一同。
「シロウのおっさんに助けて貰うのは?」
パチンッと指を鳴らして言うビート。
「シロウさんを巻き込みたくないな⋯⋯」
エータはフィエルの矢から直接シロウに助けられた事もあり、彼がエルフと敵対する事は極力避けたいと感じていた。
彼だけでなく、彼の種族全体の問題にまで発展する恐れがあるからだ。
ビートは「わりぃ、確かにそうだ」と、また空を見上げてうなる。
と、案を出せないでいるエータたちのところにディアンヌが走ってきた。
「みなさ〜ん、フィエルさんが話したい事があるそうです〜!」
エータたちは一旦、フィエルの居るブライのお屋敷に戻る事にした。