第034話〜劇的ビフォーアフター〜
エータはまず、クルトのアーツ『聖域』の中に、大きな畑を作ることにした。
聖域とは、モンスターや不浄な物を侵入させないフィールドを作るアーツらしい。
それだけ聞くと最強の防御のように聞こえるが「人間や亜人は通れる」「アーツやスキルは貫通する」などの弱点がある。
あきらかに戦闘用では無い。
なので、前の世界でいう『無菌室』のような物を産みだすアーツなのでは無いか?と、エータは予想している。
あくまで治療の為に他を寄せ付けないためのアーツなのだろう。
それが、クルトの実力により広範囲に及び、村の防衛に一役買っているのだ。
こっちの世界の人たちは、微生物や元素の存在を知らないようで『モンスターを避けるもの』として聖域を使っている。
(発酵食品を作るときに使えそうだな)
そう思ったエータは「ちいさな悪魔を寄せつけない」など、嘘八百をならべ、発酵食品の蔵に聖域を使うよう助言した。
不浄なもの、つまり悪性の細菌を寄せ付けないためだ。
アーツはイメージが大事ということで、クルトには「発酵食品の完成品をイメージしながらお願いします」というお願いをした。
――――――
この村の住人の大半が農家の職業についており、そのおかげで農作業はそれなりに行えている。
しかし、その中でいくつか問題が。
その一つが『農具』だ。
この村には鉄製品がまったく足りておらず、ギノーが持っているクワくらいしか鉄の農具が無い。
他の村人は木で作った農具を使っているという。
当然、耐久性や作業効率が鉄とおおきく異なる。
第一次産業は重要!という事で、エータはブライをはじめとする村人たちと相談し、まずは農具を充実させることにした。
リヴァイアサンに攻撃された後、破壊された山から飛来したのか、海底をえぐられたのかわからないが、アイテムボックスの中にたくさんの鉱石があった。
なんなら、今もジワジワと増え続けている。
これをありがたく使わせてもらう。
エータはギノーからクワを借りて構造を把握。
イメージを膨らませ、予備も含めて各10本ずつのクワと鋤、あと一応シャベルや斧なんかもアイテムボックスで取り出した。村にある邪魔な木や大岩はアイテムボックスで回収すれば良いだけなのだが、エータが付きっきりで村を見れるわけではないから一応だ。
すべて農具でたがやすのは手間なので『土をひっくり返す』『邪魔な石や木の根を取る』という工程は、出来るだけアイテムボックスを使い一瞬で終わらせる。
「地面が硬くて耕せなかったところがこんなに柔らかく⋯⋯」
「これに鉄製の農具もあるんだろ? すげぇ楽だな」
「私は木の根が無くなったのが嬉しいわ、掘っても掘っても終わらないから」
村人たちの反応は上々だ。
そう言えば『地面が酸性だと作物が育たない』なんて事があるそうだが、この地面はどうなんだ?気になったエータは調べてみる事にした。
そんな訳で、農家で地質調査を持つノバナに協力して貰い、すでに畑がある場所と今後たがやしていく場所をすべて確認。
「ここは畑に適してない」と、判断されたところに試験的に貝殻の粉末を撒いてみたところ、作物の育ちやすい環境へと変化したようだった。
「貝殻にこんな使い方があったなんて⋯⋯」
ノバナは目を丸くしている。
最初、アイテムボックスでフカフカになるまで土をひっくり返したり、土の中の酸性物質を取りのぞいたり⋯⋯。
すべてを一人でやろうとしたエータなのだが⋯⋯。
掘り返された土も土壌のコントロールも農家の方たちが手を加えた方が遥かに効果があった。
職業による補正があるのかも知れない。
そんな訳で、エータはあくまで補助に徹した。
土壌改善が終わったあと、貝殻の粉末で石けんも作成。
この石けんが、村の衛生レベルを大きく上昇させた。
――――――
次に家畜である。
ピグリアムが料理をしている時、卵がいくつか孵化しはじめている事に気付いた。
アイテムボックスが『生物を収納しない』と思っていた為、勝手に無精卵だと決め付けていたエータだったが、なんと有精卵もあったのだ!
卵はセーフで孵化するとアウト、というのがアイテムボックスの見解らしい。うーん、生命とは⋯⋯。
それを見た調教師のポピーおばあちゃんが「あたしが育てようか?」と名乗り出てくれた。
産まれたのは全部で3羽の『コックァ』というニワトリ型モンスター。雄が1羽に雌が2羽だ。
ポピーはジョブの影響か、有精卵と無精卵の見分けも出来るようなので、有精卵はコックァの数が増えるまで孵すことにした。
調教師は、アーツと関連したモンスターと主従契約を結ぶことが出来るらしい。
ポピーのアーツは『牛師』。
鳥は対象外である。
しかし、彼女を親だと認識したコックァの雛たちはお利口さんに指示に従っている。
『すり込み』のおかげでアーツ関係なく調教することが出来た。なんともラッキーだ。
ピヨピヨとポピーのあとをついて行くコックァの雛たちは非常にかわいい。
採れた卵は栄養失調で倒れている村人たちに優先して回されるそうだ。
(もう誰一人亡くなって欲しくないな)
エータはそう思いながら作業を続けた。
――午前が終了。
エータたちは西口の炊き出し場でご飯を食べることにした。
ピグリアムが嬉しそうに包丁を踊らせている。
料理を待っていると、ダストンが「大事な話がある」と言って、ブライと共にやってきた。
「エータ、午後に村の柵の強化をお願いしたい」
「あぁ、ボロボロでしたもんね。わかりました!」
「昨日話し合った川の水路の作成と、貯水池の建設。あと、農場を拡張した分の新しい柵。これらは後回しで構わない。今ある柵の強化を優先して頼むよ」
「かなり大幅な予定変更ですね。何かあったんですか?」
「いや、それが⋯⋯」
ブライが言いにくそうに口をまごつかせる。それを見て「自分が言うべきだな」と、ダストンは口を開いた。
「ワシがアーツドライブを使えなくなったのでな。衛兵としての役割を果たせん。なので、村の防御を固めるのが先になったんじゃ」
「使えないって⋯⋯どういう事だよ親父!?」
ビートが驚きの声をあげる。ブライが「言ってなかったんですか?」と、ダストンに問いかけているが、ダストンはなんともバツが悪そうだ。
そして、無言でうなずき、
「昨日の戦闘で体内のマナに乱れが生じとるらしくてな。大事をとって農作業を中心に働く事になったんじゃ。ま、身体強化は使えるからの。大鬼くらいなら倒せる。そう重く受け止めんで良いわい」
と、言った。
ビートは「んだよっ」と、ホッとしたような表情を見せ、
「んまっ! これからは俺がこの村を守るから、年寄りは隠居でもしてな!」
そう言ってケラケラと笑う。
「百年早いわクソ息子!!」
ダストンは不安を悟られないよう、ビートの髪をくしゃくしゃに撫で回した。
それを見ていたブライの目が明るくないのは言うまでもない⋯⋯。
「そういう事なら、ちょっとやそっとじゃ突破できない要塞にしましょうか。壁を高くして周りに堀を作って⋯⋯。そこに水路を引くだけでもかなり強くなるかと。高見台と設置型のバリスタを置いておけば、非戦闘員でもある程度の防衛は出来ると思います」
そんなこんなで、エータたちは午後の予定を変更し、村の防御を固める事にした。
――それから数日後、事件は起きた。
午前中の仕事を終え、炊き出し場でいつものようにみんなで食事をしていた時の事だ。
「おい! エルフが来てるぞ!!」
南口の監視をしていた村人が、走ってエータたちに知らせに来たのである。