第030話〜亜人種との確執〜
ピグリアムの作ったスープは、炊き出し場に居るすべての人たちに振る舞われた。
キャンプセットをフル活用し、魚やキノコを串で焼いて村人みんなで食べる。
中には涙する人もいた。
と言うのも、この世界はつい最近まで冬だったそうで、貯蔵庫の食料はとうに尽き、ビートの狩ってくるケモノや木の実くらいしか食べる物が無かったらしい。
村人全員が栄養失調で、クルトの診療所には十数人の患者が歩けないほど衰弱し、ベッドに横たわっている。
動ける村人も、いつ病気になるかわからない危険な状態だったそうだ。
毎年、冬場は餓死者が出ており、この村の悩みの種だという。
クルトたちの手により、ベッドで療養中の村人たちにもスープが届けられ、一命を取りとめた者も居た。
(救えなかった命には申し訳ないけど、いまを生きる人たちがなんとか生き永らえることが出来て良かった)
エータはホッと肩をなでおろす。
(モンスターの居る山とリヴァイアサンの居る海。こんなんじゃ食べ物を探すなんて無理だよな⋯⋯。冬が命に関わるほど過酷なのもうなずける。ビートたちがあれだけ動けてるのが異常なんだ)
彼らの生命力に驚きつつ、エータは、
「今後、俺がいる限り食べ物で困ることは無いでしょう」
と、村人たちに伝えた。
アイテムボックスの広さは異常。
かつ、中の時間が止まっている。
すでにある大量の魚介類や海藻があれば、作物が育つまで十分に時間を稼げる。
村人たちは心からの感謝を述べ、村長のブライは正式にエータを新しい村人として迎え入れてくれた。
明日、村の大改造をしようと言うことで、エータの身の振り方と、村の方針については無事に決定。
――さて、問題はここからだ。
フィエルとシロウのことである。
エータは、大陸全土がバスティ教を信仰していることを聞き、ならば受け入れて貰えるのではないかと、あの話をすることにした。
「俺はこことは別の世界から来ました」
しん、と静まり返る30人は居るであろう炊き出し場の面々。
(こんなに静かだと前の世界でプレゼンに慣れてる俺でも緊張するな⋯⋯)
エータは勇気を出して続ける。
「こちらの世界に来る際、バスティ様からアイテムボックスを授かり、こんなことを言われました。『私たちの愛した子供たちと世界を守って』と⋯⋯」
ざわつく村人たち。
と、ブライがイスから立って言う。
「エータくんが別の世界から来た、というのはとても信じられない話だが⋯⋯アイテムボックスのアーツを持っている以上、事実なんだろうね」
ブライは顎に手をおきながら、エータのほうを見る。
「その『私たち』というのは、月女神バスティと創造神プタラムのことでまず間違いないだろう。この世界は夫婦神である二柱が創ったとされている。文化をつかさどるバスティが『人間』を、力をつかさどるプタラムが『モンスターを』。そして、二柱が半分ずつ『亜人種』を創った⋯⋯。そう聖書や伝承には残っているよ」
「あぁ、だからコクシ大陸では『亜人種はモンスターとの混血』ってことで奴隷にされてたりすんだよな」
村人の一人が言う。
フィエルは「ちっ!」と舌打ちをした。
それを察してか、隣に座るシロウが「耐えるんだ」とヒソヒソとささやく。
「はい、俺もこの世界ではそう教えられていると聞きました。でも、バスティ様は人間と亜人種に優劣を付けること、いがみ合うことを望んでない⋯⋯。そう俺は思うんです。『守って』と言ってますから。なので、人間と亜人種は手をとりあい、親睦を深めるべきでは無いかと」
ざわつく村人たち。
「いまさらそんなことが可能なのか?」
「私には無理だわ⋯⋯」
「俺も⋯⋯あいつらには恨みがある⋯⋯」
「特にエルフはプライドが高いからな。親睦を深めようとするどころか話すら聞いて貰えんぞ」
(否定的な意見が多いな⋯⋯俺はこの世界の人間じゃないから差別や迫害なんてくだらないと感じるけど、この世界の人たちからしたら『そういう教育』を受けていて、実際にお互い殺しあって来たんだもんな。簡単に「受け入れろ」って言うのは酷な話か⋯⋯)
エータは腕を組み、頭を悩ませる。
と、その時
「俺はできると思うぜ」
ビートが机の上に足をおき、両腕を頭の後ろに組んで言った。彼はイスの背もたれを「くだらねぇ」と言わんばかりに、ギシギシと鳴らしている。
「特にそこの白髪の兄ちゃん、俺たちとフィエルがバトりそうになったとき止めてくれたんだ」
シロウは腕を組み、目をつむってコクりとうなずいた。
「彼は亜人種なのかい? 人間にしか見えないが⋯⋯」
ブライが不思議そうに見る。
「この話がどういう所に落ち着くかわからない以上、種族は言えぬが⋯⋯確かに拙者は亜人種でござる」
再びざわつく村人たち。
「亜人が二人も⋯⋯」
「ほとんど人間に見えるぞ」
「もし村に紛れ込まれでもしたら⋯⋯」
(うーん、この空気⋯⋯ちとマズイか?)
エータはこのままではいけないと、声を大にして訴える。
「俺はバスティ様のお願いが無くても、きっと亜人種との親交を望んだと思います。彼らは俺たちを助けてくれました。先ほどビートが言った通り、シロウさんは俺たちがフィエルと揉めそうになっていたところを止めてくださいました。そして、フィエルは人間に苦手意識がありながらも俺たちをここまで護衛してくれました。理由はそれだけで十分だと思うんです。わかりあえる可能性がある」
必死に説得を試みるエータだったが、
「無理よ⋯⋯」
花飾りをつけたノバナがぽつりとつぶやく。
その声を皮切りに、村人たちも一斉にざわつき始めた。
「⋯⋯やっぱり難しいんじゃないか?」
「この二人が特別なだけで種族がわかり合うのは⋯⋯ねぇ?」
「俺のいた村は亜人に襲われたこともある⋯⋯正直、彼らが憎いよ⋯⋯」
「どうしても仲良くしなきゃダメなのかい?」
エータの心はうちひしがれていた。
(ダメかぁぁ⋯⋯こういうのって本人たちの意思の問題だから、押し付けるようなことはしたくないんだよなぁ⋯⋯どうすりゃ良いんだ⋯⋯)
「もう良いだろう」
苦しそうに頭をひねるエータを見兼ねてか、フィエルが口を開く。
「エータ、ビート。ありがとう。私はいままでエルフに好意的な感情を向けてくれる人間に出会ったことが無かった。だから、今回君たちのように、心から我々のことを考えてくれる者と出会えたことが嬉しい」
フィエルの言葉に、みなが静まりかえる。
「だが、やはり種族間の確執というのはそう簡単では無いのだ。特にエルフ族は長命でな。この1000年の間に、人間と何度も争っているらしい。その歴史が当事者たちの口から若いエルフにも伝わっている。里から出た事のないエルフですら、人間に拒絶反応を起こすんだ。実際に体験してきた大人のエルフを説得するのは不可能だろう」
(そうか、この世界でもエルフは長命⋯⋯。これは本格的に雲行きが怪しくなってきたぞ)
「提案は嬉しいが、私たちと人間は関わらずに過ごすのが一番良いのだ。お前たちもそれが良いだろう?」
フィエルは村人たちの方を見る。村人たちは気まずそうに視線をそらした。それを見てフィエルは諦めたようにフッと笑い。
「しかしだな⋯⋯歩み寄ろうとする人間がいたことは覚えておこう。本当に嬉しかったよ。バスティ様のお言葉もな⋯⋯」
エータは返す言葉も無かった。
これ以上、話は進まないだろうと判断したのか、ブライが口を開ける。
「フィエル殿。エルフ族を受け入れられないこと、理解を示してくれて嬉しい。そして、仲間を助けて貰ったにも関わらず、こんな結果になってしまって大変申し訳ない。村を代表して謝罪させていただくよ」
フィエルは困ったように言う。
「良いんだ。納得しないまま嘘をついて擦り寄られると、のちのち軋轢を産む。この村の人たちは正直だ。そちらの方が信用できるというもの」
その言葉は村人たちの心に深く刺さったようだった。ただ、やはりエルフとの親交を望むという決断に至るには彼らは長く生きすぎている。
彼らの中にあるのは恐怖。
亜人種との血塗られた抗争の歴史なのだ。
「私個人としては、エータたちと親交を深めるのはやぶさかでは無い。一縷の望みにかけて、この話はエルフ族にしておこう。『バスティ様の使徒が現れた』とな。良い返事は絶望的だが⋯⋯胸を張って吉報を待てと言えない私を許して欲しい」
「謝らないでフィエル⋯⋯」
エータのその言葉に、ビートも強くうなずいている。
「そうか⋯⋯ありがとう。では、私は失礼する」
エルフを恐れる者や、敵意をむき出しにする者の目を気にしてか、フィエルは足早に村から出ていこうとする。
エータは慌ててブライに問う。
「ブライさん、夜が明けるまでフィエルとシロウさんをここに泊めることは出来ませんか!? さすがにこんな夜更けに帰すのは⋯⋯」
ブライは村人たちの顔を見る。
村人たちの中には頭を左右に振るものも居た。
明らかな拒絶だ。
だが、
「恩人を危険にさらしてしまってはこの村の名折れだね。わかった、村長の私が許可しよう」
と、エータの提案を飲んでくれた。
その言葉を聞き、急いでフィエルの元へ駆け寄るエータ。
「フィエル! 夜の山は危ないってシロウさんから聞いたよ⋯⋯許可は貰ったから今日は泊まって行って」
フィエルは驚いた表情を見せたあと、
「君は本当に⋯⋯」
と、優しい笑顔をエータに向ける。
その美しい顔に、エータの心臓が大きく脈動した。
(うっ⋯⋯)
エルフが美人なのは知識として知っては居る。
だが、直接見るホンモノのエルフは、映画などで見るフィクションのそれとは比べ物にならない。
胸がざわつくエータのことなど知るよしもないフィエルは、
「実は無事に帰れる自信が無かった。お言葉に甘えよう。ありがとう」
と、エータの提案を快く受けいれた。
エータとフィエルは共に炊き出し場へ戻る。
食事をしながらこっそり白い目で見てくる村人も居たが、命にはかえられない。
一晩⋯⋯一晩だけだ。
エータはシロウにも話をしようと、彼に近付いた。
「シロウさんも泊まって行ってください。えっと、東の山⋯⋯でしたっけ、そっちは南より危なくないとおっしゃっていましたが、何かあったら事ですから」
「⋯⋯かたじけない、お言葉に甘えさせていただこう」
エータは先ほどの話し合いを思い出し、申し訳なさそうにシロウに言う。
「シロウさん、人間と亜人種のこと⋯⋯あまり良い結果にならなくて本当に⋯⋯」
すると、シロウはエータの言葉をさえぎるように右手を出した。
「拙者に謝罪は不要。亜人種が受け入れられないのは想定内ゆえ。拙者も森人の娘と同じく、個人間での交友とさせていただこう」
なんとも悲しい結末だが『こういう話し合いができた』というだけでも意味があると、エータは自分を説得し、今日の話し合いは終わった。
――食事が終わり、それぞれ帰路につく。
エータはブライの屋敷に行くことになったので、フィエルとシロウにはサバイバルのときに使っていた桝のような木製ハウスをそれぞれ取り出し、仮宿として提供。
扉がないと不便なので、人が通れる穴を開けて簾を作って掛けた。
二人が目を点にしていたのは言うまでもない。
こうして長い長い一日が終わったのである。