第002話〜異世界転生?〜
――コクシ歴2025年。春節。
遠くで鳴く鳥の声、やさしく揺れる波の音。
足先に触れるつめたい水。
「ん⋯⋯ここは⋯⋯? つめたっ!」
飛び起きた青年は、まだ冬もあけきらない冷えた海から革靴を転がしながら逃げた。
「海!? 浜辺!? ってなんだこれ! スーツが大きい!? いや、俺の身体が小さくなってる!?」
ひとしきり狼狽えた後。落ちつけ、落ちつけ俺!と、大きく深呼吸をし、確かめるように、青年は一つひとつ思い出しはじめた。
(俺の名前は宮下瑛太、今年で42歳。地方で働くサラリーマン。花の独身貴族⋯⋯の、はずなんだが⋯⋯)
自分の手のひらをジッと見つめる。ちいさい。なんだこりゃ?シミもシワも無くなっている。どう見てもフレッシュな未成年の身体。いまの俺は間違いなく42年間生きてきたソレではない。これはあれか、異世界転生というやつか?
そんな考えがエータの頭をよぎる。
――ザザーン
おっと、とりあえず波打ち際から逃げよう。
エータはブカブカになったスーツによろめきながら、脱げた革靴をひろい、パッパッと砂をはらう。
(そうだ、俺は上司のミスを被せられてクビになって⋯⋯。帰りの駅のホームで変な光に包まれて⋯⋯それで⋯⋯)
――ザザッ⋯⋯ザザッ⋯⋯――
突然、つよい頭痛に襲われたエータ。
思わず、うっ!と頭を抑える。まるでテレビの砂嵐のように響くノイズは『彼女』という存在をなにかが隠しているような、そんな感覚を与えた。
「⋯⋯ねが⋯⋯い。わた⋯⋯たちの⋯⋯あ⋯⋯した⋯⋯こど⋯⋯たち⋯⋯かいを⋯⋯ま⋯⋯て。⋯⋯なたに⋯⋯わた⋯⋯アーツを⋯⋯。アイ⋯⋯⋯⋯クスと⋯⋯トエン⋯⋯を⋯⋯たに⋯⋯」
顔はモヤがかかったように一切見えず、身体も後光に照らされてシルエットしかわからない。ちいさな女の子のようだが⋯⋯。
エータは必死に彼女のことを思い出そうとする。
(彼女は、女神バスティ⋯⋯。そう名乗っていたような⋯⋯。そして、大きなケモノの耳? がついていて⋯⋯。俺に⋯⋯子供たちと世界を守ってと⋯⋯)
ここでさらに襲いくる激しい頭痛。
「うっ! ⋯⋯あぁー! やめやめ!!」
エータは頭を左右にふり、大きく「んんー!」と、伸びをした。
(一種の記憶障害かねぇ。彼女のことはあまり思い出さないほうが良さそうだ。んまっ、そのうち思い出すだろう)
さてと。
辺りを冷静に見渡す。かなり広く綺麗な浜辺だ。
(日本か? ここ。遠くの方に三日月みたいにえぐられた山がいくつも見えるな。なんだありゃ、自然とあぁなったのか? うーん、日本では無さそうかな)
視線を落とし、鬱蒼としげる森を見る。
浜辺から一歩先はすぐに森⋯⋯。というかジャングルとなっており、簡単に人が通れるような状態ではない。無理をすればなんとか進めるかも知れないが⋯⋯。
(ただでさえファンタジーな異常事態なんだ。近くに人がいる保証がない。まずは飲み水や寝床を確保するか)
エータはサイズの合わなくなった革靴を「無いよりはマシ!」と履きなおし、ジャングルへと歩きはじめた。