第027話〜村への帰還〜
エータ、ビート、ドロシー、ダストン、イーリン、シロウ、フィエルの7人は、ところどころ炎で焼けた山を進み、麓まで降りてきた。
道中、ビートの探知で索敵をおこなったが、山は不気味なほど静かであり、モンスターを含むすべての生物はどこかへ逃げてしまったようだった。
(まぁ、ベヒモスがあれだけ暴れたらそりゃそうか。不幸中の幸いだな。シロウさんやフィエルが居るとはいえ、負傷者がいる状態で襲われたら危険すぎる)
さて、山を降り、猫じゃらしの原っぱを歩くエータたち一行。
月明かりに照らされながら、ダストンに肩を貸すシロウ、スヤスヤと眠っているイーリンをおんぶしているビート、ワンピースをボロボロにし無言で先頭を歩くドロシー、弓を構えたまま殿を務めてくれているフィエル、血が足りないし体力の限界だしでヒザがガクガクのエータ。という様相で村まで帰ってきた。
村の西口には煌々と明かりが灯され、その光はエータたちの帰りを今か今かと待っているようだった。
そこには、たくさんの村人たちが集まっており、なにやらギャーギャーと揉めている。
(なんだ? ブライさんが誰かと言い争ってるように見えるけど⋯⋯)
――――――
「止めてくれるなぁ〜ワシも行くぅ〜!! イーリーーーン!!」
「危険です! 聖域から出ないでくださいギムリィさん!!」
「後生じゃぁー!」と言いながら、ブライに泣きすがるギムリィ。
「なぁ、ブライ村長。やっぱオラたちも救出に向かった方が良いんじゃねぇか? もう爆発も収まってるしよぉ⋯⋯」
「ダストンが簡単に負けるとも思えないしねぇ。もし、モンスターを倒しても動けない状態だったら大変よ⋯⋯?」
大きなクワを持った麦わら帽子の男性と、麻で作られたであろう簡素なエプロンを着た女性が心配そうに言う。
「ギノー、サクべ。気持ちはわかりますが許可することは出来ません⋯⋯」
困ったように返答するブライ。
しかし、他の村人がさらに畳み掛ける。
「私が首根っこ捕まえて帰ってくるからさ。許可をくれよ村長!」
茶色いワンピースを着た女性は、クリーム色の長髪をバサッとなびかせ鼻息荒く言った。
「サリバン⋯⋯何度も言いますがダメです。お願いします、どうか聞き入れてください」
ブライは、へたり込むギムリィの背中をさすりながら応える。
村人たちは納得できないと言った表情だ。
「ウチは村長の意見に賛成だね〜」
と、前髪で目を隠した緑髪の女性が、木で作られたビーカーのような容器を持って言う。
時おり、棒でクルクルと液体を回し、反応を見ているようだ。
「ウチらが行ったところでさ〜、足手まといになるのは目に見えてるよね〜。村で大人しく待つのが一番だと思うよ〜⋯⋯さぁ、良い色になってきた⋯⋯。ここでコイツを⋯⋯」
目隠れの女性は、科学者のような上着の内ポケットからちいさな瓢箪を一つを選び、ビーカーの中に垂らしていく。
「アンタは黙ってなケイミィ。こちとら、大事な一人娘の命がかかってんだ」
茶色いワンピースを着たサリバンが、ケイミィをキッとにらみつける。
「だ〜か〜ら〜服飾家のサリバンが行って戦力になるのかって言ってんの〜。みんなが命からがらビートちゃんを連れて帰ってきた時にさ〜。アンタがモンスターに殺されてたらドロシーちゃんがどんな気持ちになるのか考えなよ〜?」
サリバンはケイミィの目の前までズンズンと歩いていき、彼女を上から見下ろして威圧する。
「ドロシーが生きて帰れるかわからないから言ってんだよ。子供の居ないアンタに私の気持ちがわかるのかい?」
ケイミィは緑色に変色したビーカーの中の液体を見ながら「わかんな〜い」と、挑発するように応えた。
その様子を、十数人の村人たちがおろおろと見守っている。
「あんたねぇ!!」
サリバンがケイミィの胸ぐらを掴む。
「まぁまぁまぁ!! サリバン落ち着いて! ほら、ケイミィも謝って⋯⋯」
たまらず、小さな花の髪飾りをつけた女性が二人の間に割って入った。
「なんで謝る必要があるのさ〜。ウチ、間違ったこと言ってないも〜ん」
「止めないどくれノバナ。あんたも怪我するよ」
ノバナと呼ばれた女性は「あーもう!」と、二人にいら立っている。
――と、西口から山を監視していた男性が松明を振りながら叫んだ。
「ドロシーだ!! ドロシーが帰ってきたぞ!!」
その声に、ざわついていた村人たちは一斉に西口のほうを見る。
「みんな、ただいまですわ!」
ドロシーは大きく右手を振って、走りながら村に入っていく。
「ドロシー! よくやったな!」
「イーリンは!? イーリンはどこじゃい!」
「偉いわぁ!!」
「あの大爆発からよく帰ってきたな!」
と、歓声をあげる村人たち。
ブライは心底ホッとしたような表情でドロシーを静かに見守っていた。
体力の限界を迎え、もはや歩くのもやっとというドロシーは、バランスを崩し倒れかける。
それをディアンヌが抱きしめるように支え「おかえりなさい」と声をかけた。ドロシーはウインクをし、グッと親指を立てた。
「ドォォォロォォォシィィィー!!」
サリバンがスカートの裾を掴み、鬼の形相で猪のごとくドロシーに駆け寄る!!
「ひっ! マ⋯⋯お母様!!」
ベヒモスよりも恐ろしい物を見たとでも言いたげに顔が歪むドロシー。
「あんた! 今日はミッチリ説教するからねぇぇ!」
「納得行きませんわー!」と、言いながら子供のように暴れるドロシーを横目に、エータたちも村へと到着した。
「エルフだ! 亜人が居るぞ!!」
松明を持った村人が叫ぶ。
とたんに、村は緊張感に包まれた。
(あっ、そう言えば亜人種と人間って仲が悪いんだっけ⋯⋯。こんな綺麗な人と敵対なんてもったいないな〜)
エータがそんなバカなことを考えていると、ブライが村人たちを押しのけ、先頭へと躍り出た。
その横にはケイミィが、怪しげな液体の入った瓢箪を構えながら、交戦準備完了といった様子である。一触即発だ。
「狼狽えるな! この者らはワシらの恩人じゃ!!」
シロウに肩を借りながら、山びこが聞こえそうなほどの大声で叫ぶダストン。
その一喝により、村人たちのフィエルに対する敵対の目は『警戒』レベルまで落ちた。
「ダストン! その腕は!!」
そこにあるはずの左腕が、ダストンからすっかり無くなっていることに気付いたブライ。
急ぎ足で駆けよる。
「ディアンヌ! 来てくれ!!」
「は、はい!!」
ブライに呼ばれ、ディアンヌが白いローブをはためかせながらダストンの傷を見る。彼女は「これは酷い⋯⋯」と、顔をしかめながら言った。
ダストンの腕を保管している事を思い出したエータは、ディアンヌに問う。
「ダストンさんの左腕は俺が保管してます。治療でくっつけることは出来ますか?」
「えっ!? えっと⋯⋯可能です! ですが、その腕はどこに?」
(あー、もっともな質問だ。まさかアイテムボックスがあるなんて思わないだろうし)
エータがダストンの腕を出そうとした、その時だった。
「私はここで失礼しよう」
警戒する村人たちを見てか、フィエルがくるりと踵を返して帰ろうとする。すかさずブライが彼女に声をかけた。
「私は村長のブライ! 深く感謝するエルフの方!! そしてすまない、無礼な対応をしたことを許して欲しい!!」
フィエルは「良い、お互い様だ」と吐き捨て、この場を去ろうとしている。すると。
「エータ殿。エルフの里はここから南の山中。あやつだけでは危険でござる」
シロウは音もなくエータの背後に移動し、フィエルが危険であることを告げる。
気になったエータは、ディアンヌに「ちょっとごめんね」と言い、シロウの方を向いた。
「危険って? フィエル、帰れそう?」
「厳しいでござるな。西の山からかなりのモンスターが逃げている⋯⋯拙者のようにこの村を挟んで東側の山ならまだしも、西の山から山脈続きの南の山は危険だ。少なくとも、いつもの倍はモンスターが居るでござるよ」
「そんな⋯⋯」
エータは(このまま彼女を帰らせてはダメだ)と考えた。そして⋯⋯。
「あの! みなさん! フィエルさんも!!」
ここに居る全員に大きな声で呼びかけた。
「俺の名前は宮下瑛太。今日、ビートに助けられてこの村に来た者です! そして、この世界にはバスティ様から連れてこられました!」
静まり返る一同。一瞬の静寂の後⋯⋯。
「バスティ様に連れてこられた?」
「あの子は何を言ってるの?」
「あの服、見たことない生地だね」
「この世界⋯⋯?」
「モンスターに頭でもやられたのかしら」
というヒソヒソ声が聞こえ始める。
(うん、そうなるよね! 知ってる! でも、こういう空気になったときの対処法はもう知ってるんだ!!)
エータは、右手を前に向けて叫んだ。
「今から証拠を見せます、アイテムボックス!!」
そう言ってエータは、大きなテーブルと木で作られたお皿。そして、その上にカヌミの実や魚の切り身、卵、キノコなどを大量に『取出』した。