第026話〜バスティの使徒〜
「それは! まさか人間の娘が牛鬼を倒したという伝説のアーツか!?」
フィエルは弓を降ろし、驚いた表情でエータを見る。
(おぉっ! やっぱりアイテムボックスのこと知ってるんだな!? 牛鬼のことにやけに詳しいし、そいつを倒したことがある能力なら知ってると思ったんだよなぁ! )
そう思ったエータは、この機会を逃さんと畳み掛ける。
「俺はエータって言います。バスティ様からこの能力を授かりました。牛鬼のことですが、たぶん、この能力がモンスターに何かしらの影響を与えているんだと思います。昨日はリヴァイアサンに襲われましたし⋯⋯」
「なるほど、海の竜がまた一つ山をえぐったのはエータ殿を屠ろうとしておったのか」
シロウはふむふむと相槌をうっている。
「そうなんです。今回、山で襲ってきたモンスターは『陸神獣』だと思います。俺は訳あってそいつを知ってるんです。リヴァイアサンと同格として語られているモンスターだったので⋯⋯。特徴も一致してますし、間違いないかと。そして、どうやったのかはわからないんですが、そのベヒモスが牛鬼に取り憑いていたようなんです」
フィエルが疑うような目でエータを見る。
「陸神獣⋯⋯。聞いたことの無い名だな。しかも、牛鬼に取り憑いていた? 牛鬼は山の奥深くから中々出てこないレアモンスターだ。自ら手を下さず、ゴブリンやオーガを使ってコソコソと戦うからな。わざわざベヒモスが牛鬼の隠れ家を見つけ、取り憑いたとでも言うのか?」
シロウが割って入った。
「森人の娘よ。信じられないだろうがどうやら事実なのでござる。この者たちがベヒモスなるモンスターを討伐した際、身体から赤い光が漏れ、あの憎き牛鬼となる所を拙者も見た。ベヒモスというモンスターの存在については真偽があれど『牛鬼が何者かに身体を乗っ取られていた』という点については、まず間違いないでござるよ」
フィエルは「うーん」と目をつむり考え込んでいる。
「話はだいたいわかった。貴様らの言葉を信じよう」
その言葉に、エータ一行はホッと肩をなで下ろす。
「だが!!」
その緩んだ空気をフィエルが一喝した!
「話をまとめると、モンスターたちはエータとやらの影響で暴れているのだろう!? ということは、山がこのような姿になったのは貴様のせいという事になる! その人間は生かしておけん!!」
「えぇーー!? お、俺ぇー!!?」
エータは両手の武器を降ろし、敵意が無いことを表す。
「ま、待ってください! 俺はフィエルさんと戦う意思はありません! 俺もなんでこうなってるのかわからな⋯⋯」
エータが言い終わる間もなく、フィエルは「問答無用!!」と矢を撃ってきた!
刹那、どこからともなく現れた木の葉がエータの周りで激しく舞い上がる。
――瞬風待翔――
舞い上がった木の葉はフィエルの放った矢を弾き飛ばし、エータの姿を隠した。
そして、その葉っぱたちが静かに舞い落ちると、いつの間にかシロウがエータの前に立っていた。
「落ち着け、森人の娘よ! それは早計でござる!」
「あ、ありがとう! シロウさん!」
九死に一生を得たエータは、両手を結び、尊敬の眼差しでシロウを見た。
フィエル背中の矢筒から、もう一度矢をセットする。
「なにが早計な物か! 事実、その人間がリヴァイアサンやベヒモスなどという強力なモンスターを刺激しておるのだろう!? 今ここで始末したほうが良いに決まっている!!」
(始末!? なんか物騒なこと言ってる!!)
「拙者は逆だと考えている!!」
シロウは必死にフィエルに訴えかける。
「この者のせいでモンスターが暴れているのでは無く、モンスターの活性化に対抗するため、バスティ様がこの者にアイテムボックスを授けたのでは無いか!? この能力は特殊。バスティ様がおいそれと悪人に渡すとは思えぬでござるよ!!」
その言葉を聞いて、俺はハッと思い出す。
「そういえば、バスティ様から『私たちの愛した子供たちと世界を守って』って言われたような⋯⋯」
――カシャンッ
フィエルが弓を落とし、サファイアのような青い瞳でエータのことをわなわなと見ている。
「お主!! 今の言葉は本当か!?」
シロウがエータのほうに振り返り、両肩に手を置いて迫ってきた。
(な、なんだ? どうしたんだ二人共??)
エータは狼狽えながらも出来るだけ平静を保ちつつ応える。
「は、はい!! 思い出そうとすると頭痛が走るからあんまり思い出せないんですけど、確かにそう言われました!」
おかしい。二人の様子が明らかにおかしい。エータは、なんとなく二人がバスティ様を信仰してるようなので、思い出したことを包み隠さず言っただけだ。
それが、ここまでの反応を見せるとは⋯⋯。
「数々の無礼をすまない。エータ。貴殿の言葉を信じよう」
さっきとは別人のように優しくなるフィエル。
「よもや人間の口からあのような言葉が出てくるとは⋯⋯今日のお主との出逢いに感謝せねばなるまい」
シロウの目にキラリと光るものが見える。
(えっ? そんなに感動されるような事!?)
と、わからないことだらけで困惑するエータ。
そんな姿を見兼ねてか、ダストンが口を開く。
「エルフや獣人などと言った亜人種は、人間から迫害されておるんじゃ」
「えっ!? な、なんで!?」
ダストンは「ふむ⋯⋯何も知らんのか」と、話を続ける。
「原因は魔技じゃ。スキルはモンスターが使う能力なんじゃが、エルフや亜人種の中にはアーツだけでなく、スキルを使える者がおる。その為、『亜人種は人間とモンスターの混血』と考える人間がほとんどなんじゃよ。故に、迫害されておる」
「人間とモンスターの混血⋯⋯」
「あくまで人間の推察に過ぎんがな。千年前に宗教国家マクシトが正式に認定したことで、大陸中の人間が信じるようになった」
「馬鹿馬鹿しい」
フィエルがハンッと鼻で笑う。
「確かに、人間から邪神とされているプタラム様から恩恵を受ける者が居るのは事実だ。だからと言って勝手にモンスターの仲間扱いとは⋯⋯。人間はよほど選民意識が強いと見える。我らを侮辱し、迫害し、住処を追う理由にはならない。その権利もないだろう。なのに、それらを続けてきたのは人間の傲慢だ」
ダストンは「返す言葉もない」と、うつむいている。
「だからこそエータ、君がバスティ様から授かった『私たちの愛した子供たち』という言葉。それを聞いて、エータは信用に値すると感じたのだ。差別意識の強い人間共からはまず出てこないからな、そんな言葉は」
「なるほど⋯⋯『私たちの愛した』か。バスティ様とプタラムっていう神様、両方から加護を得ている亜人種のことを指してるように聞こえますね。いや、だとしたら人間の俺に『守って』って頼むのはおかしいか。人間と亜人の両方を救って欲しいのかな、バスティ様は⋯⋯」
「話の途中で悪いのだが」
話に夢中になるフィエルとエータに、シロウが割って入る。
「もう夜も遅い、ベヒモスとやらに恐れ、逃げていた鬼共が戻ってくるかも知れん。エータ殿一行を村まで送りたいのだが、森人の娘よ、共にこの者たちを護衛しないか?」
「わ、私もか!?」
フィエルは心底イヤそうである。
「バスティ様の使徒を死なす訳には行かないだろう?」
「ぐっ⋯⋯私が人間共を⋯⋯」
フィエルはぐぅぅー!とひとしきり悩んだ後「わかった、そうしよう」と、エータたちの護衛を引き受けてくれた。
(そんなに人間が嫌いなのか。まぁ、迫害がどうとかって言ってたし、なにか事情があるんだろうな)
エータ達は、満身創痍のこの状態で安全に下山できる自信が無かったため、二人の護衛に素直に甘える事にした。