第020話〜ダストン・ロックハート3〜
――コクシ歴2020年。
ダストンたちが『鬼の住処』に来て10年が経った。
「降りてこんかビート!!」
ダストンの怒号が、村⋯⋯というにはあまりに簡素な『集落』に響く。
その声に反応し、集落の中心部にある大きな一本の木がガサガサと揺れる。ひょこっと顔出したのは赤髪のちいさな少年だった。
「やだよー!! 親父のトレーニングになんて付き合ってられっか! 死んじまうわ! この筋肉バカ〜! ヒゲモジャ筋肉〜!!」
ほほ〜う?と、にやけたダストンは折れるのではないかというほど木をつよく蹴った。
ギャッ!という声と共に赤髪の少年、ビートがボテっと落ちてくる。
「ってーな!! 頭から落ちてたら死んでたぞ!!」
「やかましいわバカ息子! 今日はトレーニングではない!」
ダストンは「まったく⋯⋯」と、一枚の紙をわたす。
「ん? なんだこれ? えっちなヤツ?」
その紙には、一人の綺麗な女性が描かれていた。
女性は赤子をあやすオモチャのような物を持っている。
「うわ〜! ボンッキュッボンッな姉ちゃん! 親父ってこんなのが趣味なのか〜!」
バコッ!という音と共にビートの頭に拳大ほどのタンコブができた。
「その紙はな、神託に使うんじゃ」
「神託〜?」
タンコブをさすりながらビートが問う。
ダストンはそうじゃ。と言い、話を続けた。
「その紙に描かれておるのは月女神バスティ様。齢が十を超えると、バスティ様から職業と武芸術を授かることがある。お前もそろそろそんな歳じゃろうて。その紙を持って神殿で祈ってこい」
「えっ!? それってアレか! 親父みたいな馬鹿力が手に入るかも知れねーってこと!?」
ビートは「っしゃあ!行ってくる!」と、元気よく走りだす。
ダストンはその背中を「月日が経つのは早いもんじゃのう」と、嬉しそうに見送った。
神殿⋯⋯というにはあまりに粗末なあばら家は、そんなナリであっても、大陸中で信仰されるバスティ様の教えを守る信徒にとっては大切な場所である。
そんな神殿の扉を、バーン!と勢いよく開けるビート。
「ビートくん?」
イスに座って聖書を読んでいた糸目の少女が、金色の髪をなびかせて不思議そうにビートを見る。
「ディアンヌ姉ちゃん! 親父が神託?ってヤツを受けてこいって!」
まぁっ!ついに来たのね!と、両の手を合わせたディアンヌはビートを神殿の奥に安置されたバスティ様の像へと連れていく。
人目に付かないよう個室に置かれたソレは、150センチとややこぶりの木像であった。
「乳でけーな! バスティ様って!」
「ビートくん!!」
ディアンヌは「罰当たりな!」と言わんばかりにむぅーと口をふくらませている。
ビートはわりっわりっ!と反省してるかわからない表情でバスティ様の描かれた紙を取りだした。
「その紙はバスティ様のイメージをより強固にするためのもの。それを持って、両手を合わせて」
ディアンヌが手を取り、ビートに教える。
「目を閉じて、バスティ様の姿を思い浮かべながら感謝を伝えるの、ありがとうって。やってみて」
ビートはその指示に従い、目をつむり両手を合わせた。
感謝?感謝かぁ。いきなり言われても俺、バスティ様の信徒ってわけじゃないしな。よくわかんねー。本当にこんなんで神託?なんて受けられんのかよ。めんどくさい事するよなぁ〜バスティ様も。それにしても、感謝。感謝ねぇ。感謝してる人って言ったら⋯⋯。
ビートは立派なヒゲをたくわえた長身の老兵を思い浮かべた。
その瞬間、ビートの身体が月光のように優しく輝きはじめる。
その姿を、ディアンヌは優しく微笑みながら見守った。
ビートの身体全体をつつむ光は、胸に集約されていき、ビートの身体に吸い込まれるようにちいさくなっていく。
「ビートくん、バスティ様はなんて?」
「⋯⋯森を駆け、獣を射る、愛する者たちを支える力をあなたに、って。なんだろうコレ。頭に文字が⋯⋯。狩人、探知、射撃特攻⋯⋯?」
ディアンヌは「おめでとう!!」とビートをめいっぱい祝福した。
――それからしばらくして。
「えぇい! 何度も言っておろう!! 山に入るなバカタレ!!」
ダストンの家から今日も今日とて言い争いが聞こえてくる。
村の人たちはすっかり慣れた様子だ。
「んだよ!! 探知があるから大丈夫だっつってんだろ!? 頭の中にこう地図みたいなのが広がってよお! わりぃやつはピコーンって表示されんだ! ヤバそうだったら逃げるって!」
「そういう問題ではないわ!!」
ダストンの声に力が入る。
「お前にもしもの事があったらワシは⋯⋯」
ビートはへっ!と勝ちほこった顔でいう。
「親父〜! 俺のこと心配なの〜?」
「そうじゃ」
ぐっ!いつもみたいに食ってかかってこねぇ。んだよ、調子狂うな。ビートはフンッと照れくさそうにそっぽを向いた。
「ワシはお前がもしモンスターに喰われでもしたらと⋯⋯こんなことならアーツなんて要らんかったんじゃ、この村で安全に畑でも耕して⋯⋯」
その言葉にビートは「はぁ!?」と怒気を強める。
「んな事いうなよ! 俺はこの力でみんなの役に立てるのが嬉しいんだぞ!!」
それはダストンにとって予想外の言葉だった。ダストンは見くびっていたのだ。このちいさな少年を。ただ、狩りを楽しんでいるだけの幼い子供なのかと⋯⋯。
「親父が俺を大切に思うように、俺だって⋯⋯。お、俺だって村のみんなが大切なんだよ! また冬が来て誰かが死ぬのなんて見たくねぇ! みんなが死なないように狩りがしてぇ!!」
ビートはいつもは見せない真剣な顔で言った。
「俺も親父みたいにみんなを守りてぇんだ!!」
ふと、ダストンはブライの言葉を思い出す。
(つくづく、あなたの家系は人を守る運命にあるようですね)
あぁ、あぁ、そうじゃなブライ。
その通りじゃ。
ワシらはどうやら人を守るのが心底好きらしい。
この子は間違いなくワシの子。
こんなに。
こんなに嬉しいことはない。
おとう、おかあ、見とるかのう。
あなた達に孫ができましたぞ。
どうじゃろうか?
可愛くて。可愛くて。
仕方がないじゃろう?
愛しくて。愛しくて。
仕方がないじゃろう?
この子はビート、ワシの自慢の息子⋯⋯。
――――――
「親父!!!!!!!」
ビートが叫ぶ。
その目線の先には、ベヒモスの熱に溶かされ、宙を舞うダストンの左腕があった。