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第019話〜ダストン・ロックハート2〜

「騎士団長、あなたはこの国がキライでしょう?」


 喧騒から離れたいがために寄った王城の書庫で、急に声をかけられたダストン。

 声の主は、職業(ジョブ)司書(ライブラリアン)】。武芸術(アーツ)速読(スピードリーディング)】【書物完全記憶(パーフェクトメモリー)】を持ち、若くして司書になった才人。王城で話題のブライであった。


「なにを言っておる。たかが30そこらの若造が。不敬罪で捕まりたいのか?」


 ぶっきらぼうにこたえるダストン。

 

 まさか。と、ブライはフフっと笑った。


「私はよく書物を読むのです。この国の歴史をしるす物は自国と他国をふくめ、すべて読みました。いまや他国の書物など持っているだけで重罪になりますから、もちろん、秘密裏に」


 ブライは本棚に並べてある近くの本を一冊手に取り、ペラペラとページをめくる。


「そこにはダストン騎士団長、あなたの名前が多く(つづ)られています。殺戮の使者、剛腕の悪魔、無慈悲な明星⋯⋯。ヒゲダルマなんてのもありましたかね」


「貴殿。やはり、不敬罪で捕まりたいのじゃろう?」


 ダストンは何十年ぶりにクックと笑った。


「いえいえ。私は書物にあった事を述べているだけですので」


 ブライは悪びれもせず、けろりとした顔でこたえた。


「ですがね、どんどんと時を(さかのぼ)っていくと、他国の書物にはこうあるのです。『人類の守護者』と」


「人類の守護者?」


 ブライは本の分厚い背表紙をスライドし、隠し(ふた)のような物から一枚の紙を取り出した。

 そして、本をパタリと閉じ、彼の顔を見て言った。


「あなたのことですよ。ダストン・ロックハート」


 ブライは本をテーブルの上に置き、コツコツと彼のもとへ歩みよる。


「あなたはこの国だけでなく、この大陸に生きるすべての人類の希望だった」


「そんな訳が⋯⋯」


「事実です」


 ブライのまっすぐな瞳が彼を見つめる。


「あなたは、ご両親を産まれ育った村から逃がしましたね?」


「ど、どうしてその事を⋯⋯」


「コクシ大陸、南東にある神聖マクシト信仰国の植物学者の書物にこうあります」


『戦争で食糧難となった我が国では、ギコムという大陸北にある優秀な穀物の量産に手をつけた。だが、土が悪いのか気候が悪いのか、上手く実をつけてくれない。そんなある日、私のもとに北方の産まれだという老夫婦がたずねてきた。その者たちの助力により、ギコムは大きく大きく実った。彼らは言うなれば我が神聖マクシト信仰国の、食の守護者である。』


「と⋯⋯。あなたを取り巻く様々な背景、そして、この文面からして、他国から唐突にこのフレーズが出る理由は一つしかありません。これはあなたのご両親のことです」


 彼は信じられないという顔でブライを見ている。


「書物に添えられた写し絵です。いつかあなたに渡そうと手を尽くしてこの国に持ち込み、保管しておりました」


 ブライが、手に持った一枚の紙を彼にわたす。

 そこには、ダストンの両親の年老いた姿があった。

 しわくちゃになった両親の顔。

 しかし、あの日の笑顔、眼差しは変わることなく⋯⋯。


「そんな⋯⋯こ、これは!」


 偽物?いや、自分が両親の顔を見間違える訳がない。


 ダストンは写し絵を抱き、声を殺して泣いた。


 ずっと不安だった。

 自分のせいで両親がなにか大変な目にあっているのでは無いか。密偵の報告が嘘であり、すでに何者かに惨殺されていたのではないかと。

 ずっと、ずっと、ずっと⋯⋯。


「あなたのご両親は、あなたと同じように、たくさんの人を守った。つくづく、あなたの家系は人を守る運命にあるようですね」


「ちがう。ワシは両親と同じではない。ワシは守った物よりも多くの物を奪った。この手は⋯⋯。この手は汚れておる⋯⋯」


 ブライは、ダストンの手を取り、優しくさとす。


「あなたの手は汚されてしまったかも知れません。ですが、あなたの心はまだ汚れてはおりません。まだ間に合います。私と共にこの国を捨てましょう」


「この国を、捨てる?」


「はい。もうこの国は終わりです。人類の歴史上、争いが起きると神の怒りを買ったと様々な書物が物語っています。その『神の怒り』を感じさせる影響が各地でいくつも起きているのです」


「神の怒り⋯⋯」


 そんなおとぎ話があったような気がする。

 確か、千年前。国が四つに分かれた際にリヴァイアサンが暴れたという⋯⋯。


 ブライは彼に背を向け、テーブルの上にある本を撫でながらいう。


「何千年も前には、人類のほとんどが神託を受け、ジョブは身近なものだった。しかし、争いが起きる度にモンスターが活発化し、神託も失われてきた。と、書物には記されています。その言葉を裏付けるように、この国が武力侵攻をはじめてからアーツを得る者はさらに少なくなっている。と、なれば次はモンスター⋯⋯。今後、どのような影響が出るかわかりません」


「ワシに何をしろと⋯⋯まさか王を討てと⋯⋯?」


「いいえ。ハロルドを討ったとしても、もはや手遅れでしょう。この国は根っこから腐っている」


 ブライは本当にこの国がキライなのだろう。

 振り返ったブライの目がすべてを物語っている。


「なので、私は同志を集め、大陸未開の地『鬼の住処』に行こうと考えています。あなたには、その護衛を頼みたい」


「鬼の住処⋯⋯大陸の西にある牛鬼伝説のある場所か」


「そうです。ラ・プリース姫が倒しきれなかった強力なモンスター。牛鬼の逃げかくれた土地。過去、その土地を開拓しようとした者はことごとく死んだとされております」


「そんな場所に人が住めるのか? 他国に亡命したほうがまだ良いのでは⋯⋯」


「住めます。モンスターの脅威こそありますが、地質学的には優れた土地です。なので、あなたの力添えさえあれば安全な生活圏を確保できるはず。そして、他国への亡命は不可能でしょう。我々は王国の中枢ですから、自白剤を飲まされ拷問を受けて終わりです。特にあなたは大陸中に信者と敵が多すぎます。その影響は計り知れない」


 ダストンは立派にたくわえたヒゲを撫でながら考えた。


「なるほどのう⋯⋯。して、今のところこの話を誰に?」


「それが⋯⋯まだあなただけなんですよ。誰を誘うかもまだぼんやりとしか」


「なにぃ!?」


 あきれた表情を浮かべる彼に、ブライは困ったように笑いながら言う。


「ダストンさんが居ないと、そもそもこの計画は成り立たなかったので。いや〜乗り気になってくださって良かった良かった! という訳で、頼りにしてますよ。騎士団長殿!」


 ダストンは思わず、ぶわっはっはっ!と大声で笑った。

 本当にひさしぶりに、心の底から。


ーーーーーー


 ブライたちは、王国の方針に疑問をもち、かつ、職業(ジョブ)についている者を中心に人を集めた。

 無職(ニート)と呼ばれる神託を授からなかった人たちは、過酷な環境についていけないと考えたからだ。


 二人で相談しながら選別し、約1年をかけて集めた同志。

 その数、50名。

 そして、その者たちがどうしても連れていきたいという者⋯⋯。

 家族であったり恋人であったりを含む、150名を連れ、総勢200名で王国を出た。


 首都パイナスを南下し、モンスターひしめく山々へ。もちろん、プリース王国は追手を差し向けたが、モンスターの脅威を意にかいさないダストンたちの歩みに追いつけず。コクシカルストと呼ばれる大山脈を過ぎた辺りから捜索を打ち切ったようだった。


 途中、ちいさな村を訪れることがあったが、そのどれもが悲惨な状態。戦火に巻き込まれたであろう焼け焦げた家屋の数々。ガリガリにやせ細った死体たちが、王国の武力侵攻の愚かさを物語っている。


「むごい」


 ブライは顔をしかめた。


「⋯⋯もはや見飽きてしもうたわ」


 ダストンは家屋があったであろう瓦礫の山を崩している。


「なにをしているのです?」


「使えるモンを探しとる。鉄製の物があれば持っていく」


「そんな火事場泥棒のような真似⋯⋯」


「そんなことも言っておれんじゃろう。ここに来るまで、すでに何人もの同志が死んどる。鬼の住処についてからもしばらく犠牲者は増えるじゃろう。一刻も早く基盤を整えるには必要なことじゃ。⋯⋯おっ?」


 ダストンは、瓦礫の下から赤い髪の女性を見つけた。

 女性はうつ伏せで丸くなっている。


「さすがに亡くなっておるか⋯⋯」


 ダストンは、せめて埋葬してやろうと女性を引っ張り出そうとした。その時だった。


 ――あー!あー!


「なんじゃ!?」


 女性の腕の隙間からちいさな手が伸びてきた。

 赤子!?と、驚くダストン。


「そうか。こやつ赤子を守って⋯⋯」


 ダストンは瓦礫をどけ、女性と赤子を優しく持ち上げる。


 埋葬をする間、ブライたちに赤子を任せることにした。土を掘り、女性の遺体を入れ、埋める。その上に崩れた家屋の板をさし、手を合わせた。


「不格好な墓ですまん。許せよ」


 と、なにやら後ろが騒がしい。


「ダストン! この子をどうにかしとくれよ!」


 先ほどの赤子がクルトの腕の中で暴れまわっている。


「女性陣が抱いてもおっぱいをあげようとしてもダメなんだ!」


 ダストンはヒゲを触りながら、


「いや、お前たちで無理ならワシなんかもっと無理じゃろう?」


 と、いう。


「良いから早く! ⋯⋯あっ!!」


 赤子が大きくダストンの方にかたむき、クルトが落としそうになる。

 ダストンは「おっと!」と、赤子を抱きしめた。


「あー! あー!」


 赤子はダストンのヒゲを触りながらキャッキャッと嬉しそうに笑う。

 と、ダストンの脳裏に『あの家族』を殺した時の映像と感触がフラッシュバックした。


 (うっ⋯⋯)


 ダストンの胸は、戦でつけられたどんな傷よりも痛む。まだ、消えない。あの時の感触が消えてくれない。


「あーう!」


 そんなダストンの気持ちを知ってか知らずか、赤子は目を細め、ダストンの顔にほおずりした。


 何も知らない無垢な笑顔。


 ダストンは胸の痛みがじんわり(やわ)らいで行くのを感じた。


「随分と懐かれましたね」


 ブライは微笑ましそうにしている。


「連れていこうさね。この子はまだ死にたそうには見えないよ。母親も生きて欲しいと思っているはずさ」


「もちろん、育ての親はダストンですね」


「は!? ワシ!?」


「他におらんさね。大丈夫、世話はみんなで手伝うからさ」


 無理じゃ!無理じゃ!と、うろたえるダストンを後目に、歩みを進める一同。


 こうして、道中寄った廃村にいた生きのこりを一人、また一人と仲間にしつつ。彼らは、大陸西部、プリース王国とハイ・ジーニアス魔道国の国境付近にある『鬼の住処』にたどり着いた。

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