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第018話〜ダストン・ロックハート〜

 ――コクシ歴1948年。


 ダストン・ロックハート。

 プリース王国の田舎町、ロックハンマー出身。

 農家である両親のもとに生を受ける。


 10歳で職業(ジョブ)重騎士(ヘビーナイト)】の神託を受け、受動武芸術(パッシブアーツ)身体強化(ブースト)】。能動武芸術(アクティブアーツ)鈍器特効(ヘビーウェポンエフェクト)】を得た彼は、親の期待を一身にうけ首都パイナスへ向かい、王国騎士に志願した。


 それから彼は、その恵まれた身体とアーツを武器にモンスター討伐に明けくれた。

 騎士になど興味は無かったが『生物を殺す才能』が他者よりズバ抜けており、武功をあげるとだいすきな両親が喜んでくれる。

 そして何よりも、酒と女がたくさん買えるので「これがワシの天職なのだろう」と運命を受け入れた。

 たいした志もなく、のらりくらりと騎士を続けていくダストン。


ーーーーーー


 そんな彼の心に転機がおとずれる。

 神託を受けて15年後。

 コクシ歴1973年。

 ダストン・ロックハート。

 25歳のことである。


 それは、騎士学校への指南役(しなんやく)として呼ばれた時のこと。


(指導しろっちゅーても才能がすべてじゃし⋯⋯凡人にいくら教えようと意味が無いじゃろうて。めんどくせえのう)


 そんなことを思いながら騎士学校の稽古場に入る。

 その瞬間である。



「ダストンさん!?」

「ダストンさんだ!!」

「わ、私の村を救ってくださってありがとうございます!!」

「俺の両親もダストンさんに助けられたんだ!」

「私の妹も⋯⋯。本当に、本当にあなたにはいくら感謝してもしたりない⋯⋯!」

「この学校に居る騎士のほとんどがあなたに憧れてこの学校に来たんです!」



 騎士の訓練生たちにわらわらと囲まれる。

 彼はおおいに戸惑った。


 やめろ、ワシはそんなんじゃない!と、生徒たちをあしらう日々。


 しかし、どれだけ振り払おうと学校の敷地を歩けばすぐに生徒たちに捕まってしまう。

 

 握手を求められ、しぶしぶ手のひらを差しだす。中には、手を握ったまま大粒の涙をながし、その場にへたり込んでしまう者まで居た。


 そんな彼らの姿を見て、彼は悟った。



 自分が与えられたこの恵まれた身体、数々の才能。

 それは、この国を守るためだったのだと。



 その日から、彼は酒と女をパッタリと辞め、両親への仕送りを増やし、孤児院に寄付をはじめた。



「我はダストン! 王国の剣なり!!」



 そう言って、身の丈はある巨大なウォーハンマーを片手でかかげると、部下たちは一騎当千の力を発揮し、どんなモンスターの大群もしりぞけることが出来た。


 すべては愛する民のために。

 彼はやすむ間もなくモンスターの討伐に明け暮れた。


 ――――――


 しかし、それからしばらくして、王国が近隣諸国へ宣戦布告を開始する。


 彼の人生はすこしずつ狂いはじめる。


 指南役について3年後。

 コクシ歴1976年。

 ダストン・ロックハート。

 28歳のことである。



 毎日毎日、領地争いに明け暮れる日々。



 彼は、積み上がるほどやってくる縁談の手紙をすべて無視し、伴侶を(めと)ることなく生きた。


 それは、王国の指示とはいえ、自分の手が誰よりも血に染まっていることを知っていたからだ。


 泣きながら妻と子供を守らんとする夫を、その家族ごと一撃で粉砕したときの感触が、消えない。消えてくれない。

 その日から『家庭を持つ』という選択肢は彼の中から消えた。


 本当は人殺しを命じられたときから、ずっとずっと逃げ出したかった。


 しかし⋯⋯。


 ワシが逃げたら部下はどうなる?

 ワシの愛した国民は?

 孤児院のあの子たちは?

 だいすきな両親は?



 数々の重責が、彼を騎士にしばりつけた。


ーーーーーー


 消えない感触を覚えて7年後。

 騎士団長に任命され、武勲をあげ、爵位を得る。

 コクシ歴1983年。

 ダストン・ロックハート。

 35歳のことである。


 彼は転がり落ちるように騎士団長へと昇進。


 ハロルド王にいたく気に入られた彼は、度々、産まれたばかりのハロルドの娘との婚姻をせまられた。


「私はいつ戦地で亡くなるかもわかりませんので」


 そう言ってふらりと交わすのも慣れたもの。


(ワシのアーツにしか興味がないくせに)


 彼はハロルド王のたくらみなどわかっていた。

 保守派たちへの牽制。

 戦争を反対する者たちから、身を守る盾として利用したかっただけなのだろう、と。


 周りの貴族から「平民ごときが調子に乗るなよ」と悪態をつかれることにも慣れた。


 田舎に置いてきた両親に何をされるかわからない、そう考えた彼は、


「私の両手は血と土で汚れておりますゆえ、高貴な方々と肩を並べることなど恐れ多い。有り得ませぬ」


 と、頭を平にして貴族共にこびた。


 そんな彼の努力もむなしく、ハロルド王はダストンに爵位を与えると言い出す。


「タヌキめ⋯⋯!」

「我らを出し抜きおって!」

「まんまと王をたぶらかしおったわ。あの平民!」


 いよいよ両親の命が危ないと感じた彼は、ありったけのお金を両親に送り、どこか遠くへ逃げるよう早馬で手紙を出した。


 もうすっかり年老いた両親に、生まれ育った土地を捨てろと言わざるを得ない。

 そんな自身の無力さに、ダストンは涙をながした。

 

 爵位と『ロックハート』の名を得た夜。

 自室の机に置いた爵位書をぶちまけながら、彼は10年ぶりに酒を飲んだ。

 今だけは悪い夢だと、すべてを忘れさせて欲しいと。そう願いながら。



 それでも悪夢はつづく。



 誇り高きあの日の王国の姿はどこへやら。

 

 他国への侵略を繰り返す王国。

 じわじわと地図の国境線を塗り替えていく。


 そのくせ、スラム街は広がっていき、占領した町村には重税をかける始末。

 貴族は今日も煌びやかなパーティを開いている。


(ゴミめ⋯⋯)


 ダストンは心の底からそう思った。


 お抱えの密偵から、両親は他国で天寿をまっとうしたとの連絡がきた。

 手紙を出すと足がつく可能性があるので、逃がしたその日から両親とのやりとりは無い。

 愛しい両親と絶縁し、死に目にも会えなかったのは悔しい。

 だが、二人が幸せにその生涯を閉じたのならばと、心の中で自身を納得させた。


 自分を慕ってくれていた部下はみんな死んだ。

 正確には生きている。

 生物としては生きてはいる⋯⋯。


 しかし、その者たちは、目から光をうしない操り人形のように命令に従うか「他国への侵攻は正義である」と、狂ったように叫ぶかのどちらかになってしまった。


 そんな彼らを、いつからか死んだものと考えるようになっていた。


 もう何十年も鏡をまともに見ていない。

 自分も彼らと同じ顔をしていたらと思うと、怖くて見れない。


 孤児院はとっくの昔に潰され、いまは子供の死体が転がるスラム街の一角になっている。


 気が狂いそうだった。

 いや、もう狂っていたのかも知れない。



「両親の仇!!」



 そう言って刃物を持ち突進してくる青年たちを返り討ちにする度、ダストンは自分の心までをも殺し、狂いつづけていた。


 戴冠式(たいかんしき)を終えてすぐに武力侵攻をはじめたハロルド王。

 そんな彼に軍の進捗(しんちょく)を話すと汚物のようにグチャグチャと笑った。

 よほど戦争が好きだと見える。

 ダストンはその笑顔が心底キライだった。


(ワシはいったいなにをまもっているのだろう)


 もう何も考えたくなかった。

 

ーーーーーー


 そんな彼に、人生最後の転機が訪れる。

 

 王国の汚れた剣になって25年後。

 コクシ歴1998年。

 ダストン・ロックハート。

 60歳のことだった。



「騎士団長。あなたはこの国がキライでしょう?」



 それは、銀色の長い髪をなびかせた、とある男との出会いだった。

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