第014話〜ビート救出へ〜
山の草木たちがバキバキと音を立てて蹴散らされていく。
大猪のごとく闇夜を駆けていく二つの影。
「ひぃぃー!!!」
それは、エータを背負ったダストンと、イーリンを背負ったドロシーだった。
ーー時は30分前にさかのぼる。
「アイテムボックスですって?」
「お前さんいきなり何を⋯⋯」
急なアイテムボックス発言にドロシーとダストンが怪訝な表情を浮かべる。
そりゃそうだ。いきなり「ぼく!伝説の能力を持ってるよ!」と言われても「はぁ?」である。
そこでエータは、自分の足元の地面を1メートルほどの立方体に『収納』。そして、それをえぐれた地面の横に『取出』した。
シュンッと、無くなる地面。
トサッと、ちいさな音を立てて置かれる土の塊。
それを見た一同は言葉を無くす。
「この能力、ビートを助けるのに使えませんか!? 俺はビートに助けられました! だ、だから今度は、俺が彼を⋯⋯た、助けたい、です!!!」
勇気を振りしぼったであろうその言葉にキョトンとする一同。
(あっ、あれ。そろそろ何か言って欲しいんだけど)
気まずい空気が流れる。
と、ダストンのぶわっはっはっという大きな笑い声が静寂をやぶった。
「こりゃあ良い! ブライ、これなら文句なかろう! 重騎士のワシ、踊子のドロシー、魔道士のイーリン。そして、収納箱を持つエータ! なかなか無いぞぉ〜こんなパーティは!」
エータの背中をバンバンと叩きながら嬉しそうにダストンは言う。
「わたくしとダストンが身体強化で二人を担ぎ、ゴブリンの弓矢が当たらない速度で駆けていけば問題ない。そうですわよね、ブライ?」
ドロシーもフフンッと勝ちほこったような顔でいう。
確かに、その作戦であれば諸々の問題を解決して探索できそうだ。
ブライはアゴに手を当てて何か考えている。
ここまでやっても無理なのだろうか。
「わかった、救出を許可しよう」
と、ブライはアゴに手を当てたまま、目線だけを前にして言った。
「やけに素直ですわね」
ドロシーは意外といった様子だ。
「ただし、条件がある」
あぁ、やっぱり何か条件があるのね。と、言いたげに、ドロシーは腰に手をあててブライの言葉を待っている。
「一つ、フォレストウルフの死体まで行き、近辺にビートが居ない場合は即座に帰還すること。二つ、ビートの救出が困難な場合は見捨てて即座に帰還すること。三つ、途中でオーガよりも高位のモンスター、またはリヴァイアサンのようなただならぬ気配を感じたら即座に帰還すること」
本当に助けるつもりがあるのかと言いたくなるような厳しい条件。
ドロシーもそう感じたのか慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっとなんですのそれは!? 納得できませんわ!」
「黙りなさい」
「いいえ! 言わせていただきますわ!! だいたいブライは慎重すぎ⋯⋯」
「黙りなさい!!!!!」
ブライは今日一番の迫力で返す。あまりの形相にさすがのドロシーも「うっ⋯⋯」と言葉を飲んだ。
「私には、この村を守る義務がある。リヴァイアサンが出現したかも知れない今、この村は過去最大の危機に瀕していると言っても良い」
ブライは手を額に当てる。
「一人のために村人全員を危険にさらす訳にはいかないんだ。わかってくれ⋯⋯」
ドロシーはまだ納得いかないと言った様子。
それを察してか、ダストンが口を開いた。
「ブライの言う通りじゃ。すまんな。いつも損な役回りをさせて」
「そんなことは⋯⋯」と言いながら、ブライは目線をそらした。
「ワシらジジイとババアが頼りないばかりにのう⋯⋯。おぬしに村長という役割を押し付けたのはワシらじゃ。おぬしの指示に従おう。そもそも禁を破ったのはビートじゃしな。ドロシーもそれで納得してくれ、救出に迎えるだけありがたいと思わんといかん」
親であるダストンに言われてしまうと立つ瀬がないのか、ドロシーは下を向き「わかりましたわ」と、静かにうなずいた。
「では、急ぎ出発しよう」
ダストンは西の山に足を向ける。
それに俺、ドロシー、イーリンも続こうと踵を返した。
「最後に⋯⋯!」
そんな俺たちを引き止めるようにブライが口を開く。
「最後にもう一つだけ。全員⋯⋯。全員、必ず生きて帰りなさい。誰か一人でも亡くなったら承知しませんからね!!」
その言葉に、ドロシーはにっこりと手を振りながら「約束しますわ!」と返した。
(なんだかんだ言って、みんなお互いのことを大切に思ってるんだなぁ⋯⋯本当に良い人たちだ⋯⋯)
エータは、前の世界では出会えなかった善良な人々に感心していた。
そんなエータの袖を、誰かがちょいちょいちょいと引っ張ってくる。
(ん、なんだ??)
エータは引っ張られている袖の先を見る。そこには、じとーっと目線をおくる黒いローブの少女、イーリンがいた。
「エータ。さっき魔素を使わずにアイテムボックス使った。どうやったの?」
「えっ、マナ?? なにそれ?」
その言葉が癪に触ったのか、イーリンはむうぅーと頬を膨らませている。
(おぉ⋯⋯小動物みたいで可愛い⋯⋯)
そんなくだらない思考をしているエータを後目にイーリンは続ける。
「魔素、生き物みんなに必ずある。器に入ってる。エータ、器そのものが無い。おかしい。それに、魔素、受動武芸技、能動武芸技、関係なく消費する。これ、世界の理。エータ。どうやって収納箱使ってる?」
専門用語が多くて混乱するが「どうやってアイテムボックスを使っているのか?」という問いは理解した。
どうやってって言われても。
うーん、強いて言えば。
「か、勘⋯⋯?」
「ガーーーン!!!」
イーリンはなぜか口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
な、なにか変なことを言ってしまっただろうか⋯⋯。と、心配になるエータ。
と、ドロシーが、
「あなたたちー!早く行きますわよー!」
と、遠くで呼んでいる。
ナイスタイミングドロシー!!と言わんばかりに、エータは「行こう!」とイーリンの手を引いて走った。
ーーーーーー
そんな訳で、エータ、ダストン、ドロシー、イーリンの4人は、現在ビート救出のために森を駆けている。
夜の山は、一言で言えば『シャレにならないレベルで危険』。木のカーテンが厚く星々をさえぎって、現代人のエータには経験したことのない暗闇をつくり出している。
ダストンとドロシーがどうやって走っているのか検討がつかない。エータならソッコーでこけ散らかしていたであろう。
しかも、ここにモンスターまで居るとなれば、そりゃブライ村長もなかなか許可を出さない訳だ。夜目が効くヤツが弓を撃ってくる。普通の人間なら回避不可能。そんなヤツらのテリトリーに入るなど、もはや自殺行為だ。
(だからこそ、急がないと⋯⋯!)
エータは気合いを入れ直し、飛ぶように過ぎ去っていく木の枝に恐怖しながらも、必死に目を凝らしてビートを探した。
ーーーーーー
そろそろフォレストウルフの死体の場所だと思うのだが⋯⋯。
と、近くでストッ!という音が耳に入る。
(なんだ!?)
エータは、その音をどこかで聞いたような気がした。
「気をつけろ!!」
ダストンが後ろのドロシーに向かって叫ぶ。
「ゴブリンじゃ!!!」