第147話〜この幸せを花束にして〜
敵陣であるにも関わらず、愛おしそうに抱きしめ合うエータとフィエル。そんな二人の様子を、ビュフィムとオークになったエルフ。
そして、やっと闘技場へとたどり着いたディアンヌとイーリンが見つめている。
「うそ、うそ⋯⋯! うそよ!! こんなのありえないわ!!」
目を見開いたビュフィムは腰がくだけ、仰向けに倒れながら二人の愛に恐れおののいている。
「じんげんど⋯⋯えづふが⋯⋯」
エルフの女性も奇跡のような愛に圧倒されていた。
「おー、さすがエータ」
イーリンが嬉しそうに二人を見つめる中、ディアンヌは下唇を噛み、糸目を開いてそれを見ていた。
そして、醜い感情を抱いた自分にハッと気付き、深呼吸をした後。
「⋯⋯やっぱり、敵わないなぁ」
と、ぽつりとこぼした。
「ディアンヌ?」
心配そうにディアンヌを見るイーリン。
ディアンヌはあわてふためき、「えっ!? あっ、いや! なんでも無いんです!」と、取りつくろう。
イーリンは濃紺色の瞳でじーっとディアンヌを見つめた後、エータたちに視線を向けた。
「ディアンヌ、だいじょぶ。エータは、私たちのことも、ちゃんと愛してくれる」
ディアンヌは彼女のぷっくりとした、でも、誰よりも達観したその顔を見ながら
「そう⋯⋯ですね⋯⋯」
と、祈るようにこぼした。
――そうだと、良いですね。
「あ、あんた!」
曲がり角から突然あらわれた珍妙な格好をした男が、うろたえながらエータに問いかける。
急に叫ばれたエータは「うぉう!!」と、身体をビクリとさせた。
「な、なんでエルフだってわかったのよ! ジーニアス魔道国から仕入れた特別な呪詛のポーションよ! 探知にだってモンスターとして表示されるのに!」
エータは「なんでって言われても⋯⋯」と、困った様子だ。
「ありえないアリエナイ有り得ないアリエナイありえないアリエナイ!! 有り得ないぃぃぃい!!!!!」
ビュフィムの身体から、どろどろとしたマナが大量に吹き出し、カタチを変えていく!
「認めない! 認めたくない! 人は『カタチ』が! 『美醜』がすべて! 中身になんて価値は無い! あんたたちを認めたら! 私のこの人生はなんだったのよぉぉぉ!!」
――ビュフィムの脳裏に、幼いころの記憶がフラッシュバックする。
「付き合ってくれって⋯⋯俺たち男だろ? 気持ちわりぃよお前⋯⋯」
「お前、バイスに告ったんだって!? 男が好きとか有り得ねぇだろ!」
「みんな逃げろ! 告られるぞ!」
「ビュフィムくんの格好ダサくない?」
「それが好きって、本気で言ってるの?」
「ジョブが【看守】ですって? どこまでも気持ち悪い子⋯⋯」
「なんで俺の子がこんなになっちまったんだ! お前の教育のせいだろ!」
「なんですって!? あんたが仕事ばっかりで家に居ないから!」
「おい、ビュフィムだぜ⋯⋯」
「目ぇ合わせんな。アイツのアーツ【支配】だぞ」
「こえぇ⋯⋯朝目が覚めたらアイツに喰われてた男がいるんだろ?」
「気味の悪いアーツだよな⋯⋯関わらないのが一番だぜ⋯⋯」
(なんで? 好きになる人を選ぶ権利はないの? 私の身体が男だから? この身体も、ジョブも、アーツも⋯⋯この心でさえも。望んでそうなった訳じゃないのに。アーツを人間に使ったことなんてないのに。なんで? どうして?)
「キライ! 嫌い! きらい! キライ!!」
ビュフィムはどろどろとしたマナを、自身の身体にまとわせていく。
「憎い、にくい、ニクイ、憎い、にくいぃぃぃい!」
それは、たくさんの頭をたずさえた竜へと、その姿を変えた!
――憎悪粘竜――
ベタベタと壁にまとわりつくようなマナで出来たそれは、舌をチョロチョロと出しながら、エータたちを狙っているようだ。
「こんな狭い場所で⋯⋯!」
エータは冷や汗をかいた。
もしこんなバケモノが暴れたら、通路が崩壊して生き埋めになりかねない。
頭上にまだ残っている人が居るかも知れないので、アイテムボックスを使って脱出することも出来ない。
かなり危険な状況。
「エータ、そのオークもエルフだ。その方を連れて、安全な場所まで下がっていてくれないか?」
「フィエル!?」
フィエルは、腰からすらりと風宝細剣を抜き、ヒュドラに向けた。
「ここは私に任せてくれ。同胞を頼む」
彼女の凛とした姿に、エータは一瞬みとれつつも、オークとなったエルフにアイコンタクトをし、お互いにうなずく。
そして、ディアンヌとイーリンが居る、王城側の通路の奥へと走った。
――みどべないぃぃぃ!!
なにやら喚きながら、うねうねと動く粘着性のマナの塊。
それが、フィエルに向かっていくつも頭を伸ばした!
「フィン!!」
フィエルは足に風をまとい、通路の壁を縦横無尽に跳ねながら進む!
「私は君と同じだ、人間の男!」
風でヒュドラの首を跳ねるフィエル。
「私は! 幼いころから『醜い容姿』だと蔑まれてきた!」
次々と襲いくるヒュドラだが、つむじ風のように舞う彼女をとらえることが出来ない。
「今でも! 自分の容姿に自信が持てない! でも!」
バクンッとヒュドラに飲み込まれるが、ヤツの身体の中から風を巻き起こし、脱出するフィエル。
「それでも良いって! カタチなんて関係ないって! 私のことが好きだって! 言ってくれる人が居るから!!」
フィエルの背中に、緑色のマナの円環がうっすらとあらわれた!!
「君にも! きっとあらわれる!!」
背中の円環から風宝細剣へと、急速にマナが集められていく!
そして、レイピアからいくつものドリル状の風が生成されていく!
「うづぐしいカタチのエルフが言うなぁぁぁあ!!」
ヒュドラとなったビュフィムは、残った頭のすべてをフィエルへと向けた!!
「目を覚ませ! 君のカタチが醜いなどと! 私は思わない!!」
フィエルの周りに、いくつもの風のドリルが『キィィィィィン』と、美しい音を立てて回転している!
彼女は、花の蕾のようなそのドリルをレイピアの突きと共に射出した!
――慈愛花束――
ヒュドラの身体を爽やかな風へと変えながら進んでいくフィエルのアーツドライブは、たくさんのちいさな花のような形へと変化。
まるで花嫁から投げられた『花束』のようである。
「負げない! まげだくない!! わだしわぁぁぁ!!」
どろどろのマナをことごとく霧散させられ、ただひとりとなったビュフィムは、涙とよだれを垂らしヒザから崩れ落ちた。
「わた⋯⋯しは⋯⋯⋯⋯」
ビュフィムは認めたくなかった。
この世にすべてを超越した『ホンモノの愛』があるとしたら、この惨めな自分を肯定できなくなる。
世界はどこまでも残酷で、汚くて、醜くあって欲しい。
それだけが彼の生きるすべて、自己を肯定するための言い訳。
『この世に生きていられる理由』だったのだ。
存在意義を否定され途方に暮れるビュフィムに、フィエルはゆっくりと近づき手を差し伸べた。
「なにを泣くことがある。エルフの基準だと、貴様は美しいぞ。その鍛え抜かれたムダの無い身体。常識にとらわれないメイクとヘアスタイル。誠実に生きていれば、きっと貴様のことを好いてくれる人が現れる」
なんという上から目線の言葉。
エータの事が好きすぎて変になってしまっている。
ビュフィムはそれを聞いてしばらくポカンとした後「む、ムカつく⋯⋯」とつぶやき。
「説得力ないのよ⋯⋯。あんたはね、人間基準だと絶世の美女なんだから」
と、諦めたように笑った。
ビュフィムはエルフの事がキライだ。
憎悪していると言ってもいい。
だからこそ、フィエルが『エルフ基準では醜女』だと知っていた。
グラマラスなフィエルが、エルフ達からどんな扱いを受けてきたのかも容易に想像できる。
きっと、自分と同じなのだと。
そんな彼は、フィエルが本当に悪意なく『自分を励まそうとしてくれている』とわかったのだ。
「そ、そうにゃのか?」
絶世の美女といわれ顔を真っ赤にするフィエル。
容姿を褒められるのはまだ慣れないらしい。
「わかった⋯⋯降参。私の負けよ。この世に、ホンモノの愛があるって見せつけられちゃあね⋯⋯」
ビュフィムはエータとフィエルの愛に触れ、悲しみに支配された心から解放された。
そして、許されるならばもう一度だけ夢を見てみようと前を向く。
愛を信じず、愛に飢えた獣、ビュフィム。
彼はフィエルの優しい手をそっと取るのであった。




