第013話〜見当たらないビート〜
「えっ!? こんな暗い中、いったいどこに⋯⋯」
「十中八九、山じゃ⋯⋯。あのバカ息子!」
「探知があるとはいえ、夜の山は危険すぎる。ゴブリンは夜目が効く⋯⋯見つかればおしまいだ」
ダストンは柱にズドンと拳を叩きつける。
ブライの屋敷はギシギシと揺れ、天井からほこりが舞い落ちた。
「ワシがもっとキツく言わんかったばかりに!」
「それについては私にも責任はある。難しいだろうが落ち着くんだダストン。状況を確認しよう。いつ頃いなくなったんだ?」
「わからん⋯⋯。ワシがさっき帰ったときにはもうおらんかった。みなで話し合っておうたし⋯⋯。他のモンも見とらんかも知れん」
「会議に参加してない者でビートを見た人を探そう。な? ダストン」
ひどく動揺するダストンの背中をブライが優しく撫でる。
「俺、心当たりあるかも」
「なに!? 誰じゃ!?」
ダストンがエータの肩をがっしりと掴み、その有り余る怪力でグラグラと揺らしはじめる。
「かかか顔は見てないんですが、たしか、イーリンとギムリィとととと」
あまりの馬鹿力に脳がシェイクされるエータ。
(そんなに強く揺らしたら伝えられるモンも伝えらんねぇよ!)
と、文句の一つも言いたいところだが、今は緊急事態。そっと胸の内にしまっておいた。
「確かにギムリィのばあさんは会議におらんかった! よし、二人に聞いてくる!」
と、言うやいなやダストンは土埃を立てながら走って行った。
「で、でも! 見てるかはわかりませんよー!」
この声が届いているのか疑問である。
「私も行ってくる!」
「あっ、待ってください!」
走り出そうとするブライの手を掴むエータ。
「俺も⋯俺も連れて行ってください!」
振り返ったブライはじっと彼の目を見ている。
「⋯⋯体調は?」
「大丈夫です!」
その力強い返事をきいて、ブライはフッと微笑み「こっちだ!」と、走り出した。
ーーーーーー
ケモノの皮を被った小柄なおばあさん、ギムリィが見えてきた。ダストンがギムリィの肩を掴み、先ほどのエータのようにシェイクしている。
(おいおいおいおい! あんな小さいばあさん力いっぱい揺らしたらマジで死ぬぞ!!)
エータとブライは早くダストンを止めねばとその足をさらに加速させる。
黒髪ツインテールの女の子、イーリンは、自身の髪よりもさらに漆黒なローブをズルズルと引きづり、長い杖を使って「おばあちゃんを離して!」と、ダストンをポコポコと叩いている。
しかし、体格差がありすぎるのか、ダストンは叩かれていることすら気づいていないようだ。
「ダストン! どうだったんだー!?」
走りながらブライが聞く。
「ブライ! それが、ギムリィたちが夕方頃、西の山に行くビートを見たらしいんじゃ!」
「なんだって!? そんな前に!? ギムリィさん、本当なのか!?」
ようやくたどり着いたブライとエータ。ブライは息を整える間もなく、ケモノの皮を被った老婆ギムリィに事情を聞いた。
ギムリィは目を回しながら「あぁ見たぞ」とフラフラになりながら応えた。
「なんで止めんかったんじゃ!!!」
ブライがまたギムリィを揺らしはじめる。
(ちょ、マジで死ぬって!!)
と、エータが思ったその瞬間。
「うぐぉっ!」
ダストンの身体が透明な氷におおわれていく。そして、物理的にギムリィを揺らす手が止まった。
「ダストンおじいちゃん。それ以上おばあちゃんをいじめたら許さない」
どうやら、イーリンが何かしたようだ。
「わ、ワシはいじめてなど⋯⋯」
ブライが割って入る。
「ダストン、ギムリィさんを見てみろ」
ダストンが目線をやると、ギムリィは泡を吹いて気絶していた。その口から「イーリン、あたしゃ先に逝っておるからの〜」と言う魂が漏れだしてしまっていた。
ダストンは「す、すまん⋯⋯」と、冷静さを取り戻し、腕の氷をフンヌと破ると、ギムリィを家の壁にそっと座らせた。そして、ブライのほうに振り返り、ビートについて話をすることにした。
「ブライ。戦える者で捜索することは⋯⋯」
「⋯⋯許可できない」
「じゃあ、ワシ一人でも⋯⋯」
「もっとダメだ。もし無理に行こうとしたら、イーリンにお前を氷漬けにしてもらう」
ダストンは深刻な顔をして「じゃろうな⋯⋯」と呟く。
それは、ビートを見捨てるという選択だった。
(マジか⋯⋯。確かに危険だとは思うけど、この怪力なダストンさんでも山に入っちゃダメだなんて⋯⋯。なにか手は無いのか⋯⋯?)
と、エータが考えている、その時だった。
「いったい何の騒ぎですの?」
一人の少女が声をかけてきた。
少女⋯⋯、と言っても彼女は170センチを超える高身。腰まで伸びる栗色のロングヘアーをつやつやとなびかせ、この村に似つかわしくない向日葵のような黄色いワンピースを見事に着こなす美女。その目鼻立ちはハッキリとしてエータの世界でいうモデルを思わせる風貌であった。
エータが少女と感じたのは、その顔にまだ幼さが残るからである。
「ドロシー⋯⋯実はな⋯⋯」
ダストンがドロシーという美女にことの成り行きを説明している。
「まったく、あの山ザルは何をしてますの!?」
ドロシーは腕を組み、怒り心頭といった様子。
「ブライ。捜索隊が出せないのは、ゴブリンやオーガが危険だからですわよね?」
ドロシーは腕組みをしたまま、ブライに聞く。
「そうだ。戦闘職はダストンやギムリィさんくらいだし、ゴブリンは夜目が効くから草木に足を取られた瞬間、矢で狙撃される。そこにオーガが居れば生存はほぼ不可能だろう。ダストンですら危険だ」
「つまり、身体強化で草木を無視して進めて、スピードで撹乱して狙撃されず、ゴブリンやオーガに勝てるダストンとわたくしは助けに行けます?」
ブライは眉をしかめて言う。
「⋯⋯ドロシー、無茶を言わないでくれ。確かに二人なら大丈夫かも知れない。でも、ビートが西の山のどこに行ったのかわからない以上、いつかは体力もマナも尽きる。無理だ」
「では、ビートがどこに居るかわかれば⋯⋯」
「ドロシー!!」
ブライがその優しい雰囲気からは考えられないほどの形相で、威圧するように叫ぶ。
「わたくしは可能性の話をしてますの!」
ドロシーは一歩も引かないと言った様子だ。
「ビートは生きてますわ! 10歳で職業を得てから5年間、あいつはずっと一人で山を駆けてましたのよ? 簡単に死ぬはずがありませんわ。死ぬはずが⋯⋯」
ドロシーのにらみつけるようなキッとした瞳は、今にも零れてしまいそうな涙でいっぱいになっていた。
「ドロシー⋯⋯」
その様子にさすがのブライもたじろいでいる。
美女の怒りは強いが、やはりなんと言っても女の涙が最強だ。大きな瞳いっぱいに涙を貯められてしまっては、男性であるブライは何も言えない。
エータは、どうにか出来ないかと思考を巡らせた。ビートがどこに居るか。どこに⋯⋯。あっ、そういえば⋯⋯。
(血の匂いでほかのモンスターが寄ってくるかも知れないからな!)
ビートの言葉が脳裏をよぎる。
「もしかして、フォレストウルフの死体に⋯⋯」
そう呟いた瞬間、ドロシーがエータに詰め寄ってくる。
「あなた、見ない顔ですわね? なにか知ってますの!?」
(うおっ! 美女の顔が目の前に! ち、近い! 前の世界でまったく女性に縁がなかった俺には刺激が強いって!)
ドロシーの勢いにたじろぎながらエータは答えた。
「お、俺はエータ! 今日、山でフォレストウルフに襲われてるところをビートに助けられた者だ! その時、ビートが『モンスターは血の匂いに寄ってくる』って言ってたから、もしかしたら獲物を探してそこに居るのかと⋯⋯」
「なるほど。ほぼ間違いないですわね。⋯⋯あなたはその場所を覚えてますの?」
「ダストンさんが守ってた門の方向から、山にまっすぐ1時間くらいだったと思う。な、なんとか案内できると思う⋯⋯!」
「行けない距離ではありませんわね⋯⋯。だからこそビートも気を抜いてしまったんですわね。やはり、間違いありません。ビートはそこに向かってますわ」
ドロシーはブライの方を振り返り「場所がわかりましたわよ? 良いですわね?」と言いたげだ。ブライは「それだけではダメだ」と、首を横に振った。
ーーちっ!!
大きな舌打ちが聞こえた。あまりの恐ろしさに身が震えるエータ。ビジョ⋯⋯コワイ⋯⋯。
と、そのとき、下の方からニョキっとちいさな手が生えてきた。
「あの〜」
黒髪ツインテの小さな少女、魔道士のイーリンだ。
「ビートおにいちゃんピンチ? 死んじゃう?」
ブライはかがみ、イーリンに視線を合わせて応える。
「イーリン、君はギムリィさんを連れて家に入ってなさい」
イーリンは首を大きく横に振りながら「うーうん」と拒否している。
「私、助けに行きたい。ギムリィおばあちゃんお肉大好き。ビートおにいちゃんが死んじゃうとおばあちゃん悲しむ。私の魔法、役に立たない?」
お肉のためかよ!!と、一同は思ったが、黙っていた。
ブライはかなり困った様子で「危ないからダメだよ」と、ちいさい子をあやすように説得している。
「これで前衛わたくし、ダストン。案内役のエータ、後衛イーリンの4人ですわね」
ドロシーは勝手に話を進めようとしている。
ブライはそんなドロシーを見て、良い加減にしろ。と言わんばかりにため息をつく。
険悪なムードだ。
二人ともかなり怖い。
だいたい、こんな話し合いをしている時間すら惜しいんじゃないか。時間が経てば経つほどビートの生存率は落ちてくる。そう考えたエータは「言うなら今しかない」と口を開いた。
「あのぉ⋯⋯」
鬼の形相をした二人が一度にこちらを向く。
エータは拳をギュッと握り、意を決したように言葉を吐き出した。
「お、俺。収納箱が使えるんです!」