第012話〜姫の伝説〜
「アイテムボックス?」
ブライのカヌミの実をむく手がピタリと止まった。
「あぁ、知ってるよ」
が、すぐまた手を動かしはじめる。それは、明らかに動揺を隠すものだ。
しかし、エータは、
(俺以外にもアイテムボックス使える人おるんかーい!!)
と、ブライ以上に動揺していたため、それに気づくことは無かった。
「コクシ大陸に伝わるおとぎ話に出てくる伝説の武芸術だからね、だいたいの人が知ってるんじゃないかな」
「おとぎ話⋯⋯?」
「そう、おとぎ話。知らないってことは別の大陸から来たのかな? 話そうか?」
この世界のことを知る願ってもないチャンス。エータはまるでお母さんに大好きな絵本を読んでもらう子供のように「聞きたいです!」と元気よく応えた。
その言葉にうなずき、ブライはカヌミをテーブルの上に置いてゆっくりと話しはじめる。
「昔々、コクシ大陸はモンスターに占領された不浄の地であった。そこに、とある一行が光の橋を渡りやってくる。名を『王栄し御節団』。彼らはモンスターを山の奥深くへと追いやり、人を寄せつけない深い森を開拓し、コクシ大陸を人が住める土地へと変えていった」
腕を組み、壁に寄りかかるブライ。
「しかし、住処を追われたモンスターたちは結託。『牛鬼』という、強力な鬼が指揮をとり、小鬼、大鬼を従えて反撃にでた。その時に活躍したのがプリースという少女。彼女は職業・姫に就き、武芸術・収納箱を使いこなす銀髪の乙女だったという」
(アイテムボックス⋯⋯!)
「プリースの収納箱で要所に砦を建設し、戦線を維持。姫の効果により百人力の力を得た一行は、見事、牛鬼を西の山奥へ封印する事に成功した。その後、大陸を統一し国を興す。それがプリース王国。優しく力のある姫の統治するその国は、未来永劫輝かしく栄えましたとさ」
ブライはちいさく、おしまい。と言って、物語を〆た。
エータはジョブ、アーツなど聞きなれない言葉を(ゲームの職業やスキルみたいなもんか?)と、自分なりに解釈していた。
この予想は正しく、この世界のジョブはステータスボーナスや特殊な技能『武芸術』を授かる物であり、プリース姫は『パーティメンバーのステータスを増大させる』という能力を持っていたのだ。
「まぁ、コクシ大陸の神話とされているけど他国の書物にはまた違った物語で伝わっているね。仲間の中に異形の者が居たとか。だから、プリース王国が都合の良いように変えている部分はある。ただ、大筋のストーリーはどの国もすべて同じだよ」
「なるほど⋯⋯ありがとうございます。えっと、その未開の地を開拓した力⋯⋯。アイテムボックスっていうアーツを使える人は今は居るんですか?」
「そうだねぇ、ここ2000年は現れてないかな」
いや、それってプリース姫以外おらんのやないかーい!!と、思わずツッコミそうになったエータだったが、グッと我慢した。
「プリース姫以外いないのかよって顔だね」
ブライがいたずらに笑う。
(バレバレ!?)
エータは謎の敗北感を抱きつつ、自分の中の『ある変化』に戸惑っていた。
肉体が若返ってからというもの、どうにも思考や感情の起伏。表情を隠す能力などが『若く』なってしまっている気がする。
元々感情的ではあったものの、異世界に来てから悪化しているように感じるのだ。
エータの感じている違和感の正体は『人間の性格はホルモンに支配されている』という科学的な理由からである。
いまの彼は身体が第二次成長期。
つまり、言うなれば『絶賛! 厨二病発症中!』という状態なのである。
(気をつけなければ)
と、エータは頬をグニグニとマッサージした。
「そういえば」
ブライが壁から背を離し、ベッドの方に近づいてくる。
「このおとぎ話には続きがあってね⋯⋯。まぁ、そっちはまた今度で良いか。それよりも」
エータが横になっているベッドに座り、顔をぐいっと近づけてくるブライ。
「君、もしかして⋯⋯」
「おぉーーーい!! ブライ、起きとるかー!」
屋敷がグラつくほどの大声。もしかしなくてもダストンだ。
ブライは、はぁぁぁと深くため息をつき「なんだいダストン」と、玄関へと向かっていく。
(あぶねー! ちゅーされるかと思った!)
エータは年甲斐もなくドキドキしながらも、二人の会話が気になりベッドから身をおろす。むかれたカヌミの実をテーブルに置き玄関に向かうと、月明かりに照らされたブライとダストンがいた。
ひどく青ざめた顔をしている。
「どうしたんですか?」
エータは首をかしげて聞く。
「ビートが⋯⋯。ビートが居なくなった!」