第011話〜ケモノとツインテール〜
ブライが去ったあと、ビートも「ゆっくり休めよ」とすぐに部屋を出ていった。
突然の静寂。
ガラスのない木枠の窓から見える太陽は、傷ついた異世界の彼、エータをねぎらうような優しい夕焼けへと変わっていた。
異世界に来てまだ二日目。
怒涛の展開に体力の限界を感じたエータは、
(人里だし、今日は安心して眠れそうだな)
と、思いながら落ちゆく夕日と共にウトウトと眠りにつこうとしていた。
その時だった。
「おかしいの〜。おかしいの〜」
「確かにおかしい。魔素の流れ。異常。本当に人間? 生物?」
窓の向こうから聞こえる二つの声。
「だ、誰だ!?」
エータのその声に、窓からケモノの頭と黒く艶やかなツインテールがぴょこんと出てきた。
(モンスター? と、女の子??)
ケモノの頭が左右に揺れる。
「うーん、窓が高くて顔が見えんわい」
ツインテールも左右に揺れる。
「おばあちゃん、あたしも。あたしも。どうしよ」
モンスターかと思ったソレは『ケモノの皮を被った何者か』らしい。そして、窓の向こうにいる二人は、どうやら身長がかなり低いようで、窓から顔を出すことが出来ないでいる。
窓の高さから言って身長130〜140センチほどだろうか。
「あー、そこにおるお主。聞こえるかのう。明日また来るべな。そんとき、ちぃーっとばかしこの老いぼれに付き合ってくれや」
「あたしはイーリン、おばあちゃんはギムリィ。あなた、名前は?」
エータは少し戸惑ったが、二人のゆるい雰囲気に悪意が無いことを感じ、名乗ることにした。ただ、名字まで言うとブライやビートみたいに混乱させるかも知れない。そう思い「俺はエータだ」とだけ答えた。
「エータ。覚えた。じゃね」
ちいさい手が左右に揺れる。とても愛らしい仕草だ。ケモノ頭とツインテールは踵を返し、去っていった。
(なんだったんだ?)
彼は気を取りなおし、改めて眠ることにした。
ーーーーーー
すっかり日が落ちた頃、玄関のほうで音が聞こえ目を覚ますエータ。ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りが部屋の前にくる。まだ疲れの残る身体に鞭をうち、上体を起こす。
「おっと、起こしてしまったかな?」
それは、会議を終え、すこし疲れた顔をしたブライだった。
「いえ、ちょっと前から起きてました」
「ふふっ、君は優しいね」
そう言ってブライは、ここを触ってごらんと言いたげに長く整えられた銀髪をちょいちょいと触る。エータが自分の頭を触るとそれはもう「いま起きました!」と言わんばかりのボンバーヘッド!
あわてて寝癖をなおす、その様子を見たブライはクスッと笑った。
「遠慮しなくて良い、この村は共に生活する人を家族のように扱う。よそから来た人であってもね。50人ほどしか居ないちいさな村だからねぇ。みんなで助け合わないと」
ブライは右手に持った燭台をテーブルの上に置き、左腕にかけられた籠から枝豆のような物とカヌミの実を取り出した。
「さぁ、食べると良い」
食べると良いと言われましても⋯⋯と、困ったように「受け取れません」と返すエータ。それを見て、優しく微笑むブライは、カヌミの実を無言でむき始める。
(さすがに受け取れねぇよ。さっきのやり取りでこの村に備蓄がないのは明らかだ。命を助けてもらった上に貴重な食料まで貰う訳には⋯⋯)
アイテムボックスから取り出せば良いのかも知れないが、それを判断するには今は圧倒的に情報不足。エータは『どこまで素性をバラして良いのか』が、わからないでいた。
理由は3つ。
『異世界転生を信じてもらえるか』
『この世界の宗教がどうなってるのか』
『アイテムボックスの特異性』
である。
まず、この世界にとって異世界転生が日常的に起きている事なのかが不明。モンスターに襲われて頭がおかしくなったと思われかねない。そうなったらここでの生活は詰み。彼はまた独身貴族を貫くことになるだろう。
次に、バスティ様。この世界の宗教がどうなっているのかわからない。もし、バスティ様が邪神として扱われていた場合、バスティ様から連れてこられたと発言したとたん、邪教徒として磔にされる可能性がある。
逆もまたしかり、あまりにも崇拝されすぎていた場合。バスティの使徒を名乗る不届き者として殺されるか、もしくは神の使いとして自由を制限なんてこともありうる。
そして、エータの最後にして最大の懸念点はアイテムボックスである。
彼はこの世界のことは何も知らないし、力を得て日は浅い。だが、この能力はどう考えても『異常』。
不測の事態でリヴァイアサンやオオカミに遅れをとったが、幅10メートル、直線にして1キロもの物体を一瞬で異次元に収納。取り出しも自由な能力など、そうそう死ぬような事にはならない。
それに、彼はまだ『この能力の限界』を試していない。まだ底が見えないのだ。
もし、この能力を持つ者がほかにいた場合、この世界はエータのいた世界より大きく発展しているか滅亡しているか。この二択しかあり得ない。彼はそう思っていた。
なぜなら、資源やエネルギーが取り放題。箱庭ゲームのように世界を作り変えられ、永久機関すら作れてしまう。
科学にうといエータだが、上空から水を流しつづけ水車をまわすだけでも永久機関になってしまうことくらいは理解していた。
よって、この村のように大自然の中で静かに暮らす土地があるはずが無い。科学とこの能力が合わさったら核兵器どころかブラックホールまで作れかねない。
(まぁ、俺には知識がないからそこまでは出来ないんだけど⋯⋯)
こんな事なら科学者になっておくんだった。と、彼は激しく後悔した。だが、義務教育レベルでも強力であることに変わりはない。
エータはこの世界のことを知らずとも、アイテムボックスがおよそ特別な能力であり(たぶん、俺しか持ってない)と、予想していた。
故に、話せない。迷いが晴れない。貴族の存在まで知ってしまったらなおさらだ。もし見つかってしまえば、政治の道具として使い潰されるのが目に見えている。
(せっかく助けてもらったのに何も返せないのか、俺は⋯⋯)
胸を締め付けられるような想いに苛まれる。そんなエータの心境を知ってか知らずか、ブライが口を開いた。
「私たちは、君の素性を詮索しない」
カヌミの実をむきながら、優しい声でそう言い放つブライ。突然のことで、エータは「えっ?」と声を漏らした。
「さっき、村人達との話し合いで決めたんだ。私個人としては気になることがたくさんあるのが本音だけどね」
ブライは、むき終えたカヌミの実をひとつ、エータの手にそっと置く。
「リヴァイアサンの海を越えてきた貴族の子供。なにか、よっぽどのことがあったんだろう? だから、詮索しない。思い出したくもないだろうからね。でも、私たちは君を受け入れると決めた。もちろん出て行くのも君の自由だ」
(⋯⋯派閥争いか何かで危険な海に出なければならなくなった貴族の子供。家族含めすべてを亡くした。なんて、思われてるのかな⋯⋯)
もうひとつのカヌミの実を手に取り、慣れた手つきでむき始めるブライ。
「暫定的な里親は私に決まったよ。私はこの村で一応村長をしていてね。いつ来るかもわからない客人を受け入れる部屋がいくつかあるんだ。⋯⋯里親の件、勝手に決めてしまってすまない。君くらいの子が村に来るのは初めてで、正直、私もみんなも勝手がわからないんだ。何人か戦争孤児の里親になった者は居るが、その時ひろったのは赤子ばかりだったからね。スムーズに里親になれたんだが。君くらい大きいと、ね⋯⋯」
胸から熱いものが込み上げてくるエータ。
それは、じわりと涙となってあふれてきた。
その姿を見てブライが「あぁ! いきなり里親なんて言われても困るよね!」と、慌てている。
エータが泣いたのはブライのせいではない。自分が情けなかったからである。
(俺は⋯⋯俺はバカだ)
村に余裕がない中、狩りを中断して助けてくれたビート。食料を分け与え「行くあてが無いなら家族にならないか」と提案してくれているブライ。事情を察し、何も聞かずに村の一員にしてくれようとしている人々⋯⋯。
それに比べて俺はなんだ?
自分、自分、自分、自分⋯⋯。
自分のことしか考えていないじゃないか。
完全に迷いがないとは言いきれない。
でも、この村の人たちにウソは付きたくない。
助けたい。
エータはそう思った。
彼は涙をぬぐい、覚悟を決める。
「あの⋯⋯アイテムボックスって知ってますか?」