第113話〜潜入・首都パイナス〜
プリース王国。
コクシ大陸を開拓した伝説の英雄たちが、『姫』とアイテムボックスという強力な能力を持つ、慈愛に満ちた聖人『ラ・プリース』という女性を称えてつくったという、由緒ただしい国である。
その首都・パイナスは『王栄し御節団』であるプリース姫が余生をすごした場所。
現国王ハロルド・ラ・プリースは、その血をひく王の中の王として大陸全土に名をとどろかせている。
エータたちは、クマコーゲ領から狸人の奴隷と食料を献上しにきたという体で、王都へ侵入することに。
猫じゃらしのような草原と、ギコム畑を通りすぎながら、狸人と食料の乗った荷車をひくエータたち。
「でっけぇ壁だな⋯⋯」
ビートが荷車をひきながら言う。
「壁の上に魔道士と、狙撃手らしき人が居るな。まさに難攻不落の城って感じだ」
エータはビートの隣で、同じく荷車をひいている。
「あぁ⋯⋯壁の塗装にまで意匠がありますわ⋯⋯ブルジョワですわぁ!」
「はは〜、ザッおのぼりさんって感じだね〜」
「うっさいですわ! ケイミィ!」
「フィエルちゃんが居ないと止める人が居ませんね⋯⋯」
ディアンヌが杖をにぎりしめながら、汗をかいて言う。
それを見て、イーリンが黒い服の胸元をぐいっと引っ張った。
「フィン、フィエルにつっこませて」
「いや〜こんなのでマナ消費しちゃもったいないでしょ〜」
イーリンの胸元からひょっこりと顔を出す、風の精霊フィン。
彼女は盗聴と、有事の際の逃走補助のためについてきている。
「シロウが注意してよ」
フィンの言葉に、シロウは、
「雑談をしていたほうがむしろ怪しまれないだろう。好きにさせておくでござるよ」
と、にっこりと笑った。
「う〜ん、騒がしくして目立っても知らないからね〜」
フィンはイーリンの服の中へと戻っていった。
――城門前まで到達。
門番は、たくさんの荷馬車の列をキビキビとさばいている。
「よし、次!」
ついにエータたちの番だ。
シロウは懐から二つの書を取り出す。
「クマコーゲ領主より、王への献上品をお持ちした。こちらが証明書と書状である」
「ご苦労。しばし待て」
門番は、駐屯している他の兵士に二つの書を渡す。
兵士の手がかすかに光ったかと思うと、
「うむ、本物だ。問題なし」
と、告げた。
それを聞いた門番は、
「通ってよし! 次!」
と、エータたちを、あっさりと通した。
――王都内を進む一行。
「⋯⋯なんか、あっけなかったな」
ビートが言う。
「クマコーゲ伯のおかげだな、狸人たちが怪しまれずに侵入できたのは大きい」
エータはそう言いながら、狸人たちを解放できそうな場所を探す。
「シロウさんの堂々とした対応も良かったですね、慣れているのですか?」
ディアンヌはシロウに聞く。
「うむ、ジーニアスに入国する際にな。して、どこで落ち着こうか」
シロウも視線だけを動かし、荷車をどうにか出来る場所を探している。
「う〜ん、あることはあるんだけど〜」
ケイミィが口を開く。
「ケイミィ殿はパイナスに詳しいのでござるか?」
「十二歳くらいまで住んでたからね〜」
「そうだったんですの!?」
はじめての情報に驚くドロシー。
「貧民街のさらに奥にスラム街があるんだけど〜。そこなら巡回してる衛兵も奥まで来ないし〜ちょうど良いかな〜って〜」
「衛兵なのにスラム街を巡回しないのか?」
エータは問う。
「しないね〜来るとしても下っ端も下っ端だと思う〜。スラム街でなにがあろうと対応するのも汚らわしい〜、王都に影響が出るなら皆殺しにすれば良いって思ってるのかも〜」
最後にケイミィは、前髪からするどい眼光をのぞかせ、
「クズだから」
と、つぶやいた。
王都の貴族たちに、よほど思うところがあるのだろう。
「⋯⋯よし、それならスラム街に向かおう」
エータたちは荷車を押しながら、貧民街そしてスラム街へと向かった。
――人がどんどん少なくなり、立派な白い壁の家から、こぎたない土壁の家へ⋯⋯。そして、もはや家として機能しているのかわからないほどボロボロの木造建築がならぶエリアへと進んだ。
「ひどい⋯⋯」
スラム街からは悪臭がただよい、フードを奥深くかぶり袖から見える腕をガリガリにした物乞いが座っていたり、ハエのたかる獣人の子どもが転がっていたりした。
ディアンヌは子どもの元へと駆け寄り、顔を見る。
「――――っ!!」
そして、そっとその子を仰向けにし、手を組ませ、まぶたを閉じてあげた。
「おっさん、干し肉喰うか⋯⋯?」
ビートは物乞いのおじさんに干し肉を渡そうとする。
「あ⋯⋯あひが⋯⋯う⋯⋯」
おじさんはフガフガと口から息を漏らし、やせ細った手を干し肉へと伸ばす。
「ビート。たぶん噛みきれないし、干し肉は胃に悪いよ」
そう言って、エータはアイテムボックスで水とフカフカのコッペパンのような物を取り出し、葉野菜とトマトを細かくきざんだ物をはさんで、おじさんに渡した。
「あぁ⋯⋯おへは、もうひんだ⋯⋯のか」
こんなスラム街でほどこしをしてくれる者が居るはずがない。
そう思ったのだろう。
目を白くにごらせたおじさんは、震える手で水を飲む。
「しみる⋯⋯」
そう言うと、おじさんはタンブラーを地面におき、魂が抜けたように目を閉じた。
「死んでねぇからな⋯⋯ちゃんと食えよ⋯⋯」
ビートはそう言って、エータと共にその場を離れた。
――――――
そして、スラム街の奥。
家屋が建ちならぶ裏手で、狸人と食料がのった荷車から手を離す。
「ここなら見つからないだろう」
シロウが「さぁ、作戦開始だ」と、拘束している狸人たちを解放しようとした。
そのときだった!!
――豹影爪――
爪の形をしたするどい斬撃が、地面をえぐりながらシロウへと飛んできた!




