第112話〜根回しと恩返し〜
――ウチコ領を出てから、エータたちはすこし遠回りをし、コクシカルストと呼ばれる大山脈を経由することにした。
それは、辺境伯・ウチコ領・領主セイジ・ウチコの書状をオウノガ、ミカワ、クマコーゲの三つの領主へと届けるため。
そして、十六年前。ブライたち亡命組を支援してくれた恩を返すためでもある。
なぜ、ブライはウチコ領を経由して鬼の住処へと向かわなかったのか。
それは、ウチコ領の近くにハロルド王の息のかかった貴族が多く存在したからである。
――本来ならば、過酷な山を踏破し、モンスターを倒しながら数ヶ月はかかる道のり。それを、エータたちは空路を使ってぐんぐんと進む。
まずはオウノガ。
「ブライ! 生きておったのか! 良かった⋯⋯」
年老いた領主・ジュージ・オウノガは、ブライの生存を心から喜んでいた。
「革命⋯⋯よもやワシが生きているうちにそのような事になるとは⋯⋯。ハロルドの策略により、我が領土には余力がない。それでも良ければ賛同しよう」
エータたちの話を聞いたジュージは、決意を固め、エータたちと熱い握手をかわす。
オウノガの領土を見るに、ウチコ領と同じく、王国からの冷遇を受けていたようなので、エータたちは恩返しとして資材を置いていくことに。
「立派な氷室を作ってくれただけでなく、塩とギコムの保存食をこんなにたくさん⋯⋯。これから侵攻とのことだが、本当にもらってしまってよいのか? ⋯⋯恩返しというが、ワシが貰いすぎておる。この借りはいつかかならず⋯⋯」
そう言って、頭を下げるジョージに見送られ、エータたちはオウノガ領を後にした。
――――――
続いて、ミカワ。
美しい金髪をさらりとたくしあげ、見事な装飾のなされた鎧と剣をたずさえた、ミカワ領・領主・ソーメイ・ミカワ。
「とっくの昔にくたばったと思っていたぞ、我が友よ」
彼は、キザったらしくも、ブライの手を取り、生存を喜んでいるようだった。
(美に執着する変人だけど、悪い人じゃないからね)
と、耳打ちするブライ。
彼の言うとおり、ソーメイは『美学』に執着があり、いまのプリース王国は美しくないと感じているようだ。
「他ならぬセイジ様⋯⋯そして、我が友の頼みであれば喜んで手を貸そう。なにが必要だ?」
彼は、舞台役者よろしくなオーバーな手振りで話す。
見たところ、ミカワは鉱脈に恵まれていて、鉄工業が盛んだ。
しかし、水を汚染してしまうので、規模がちいさく、また、飲み水にとぼしい。
そこで、エータたちは、地質調査を駆使しながら、ミカワ領の改善に動く。
「鉱石が欲しいというから何かと思えば⋯⋯これは農具であろう? なに!? 我が領土のために使えと!? 気持ちは嬉しいが、それでは君たちの支援にはならないのでは⋯⋯い、井戸と畑も作ってくれるだと!?」
貰った鉱石の大半は、ミカワ領の食料自給率をあげるための農具に使った。
そして、川の整備と、人口密集地体での井戸の作成。
あとは、畑の作成と、貝殻の粉末をつかった地質改善。
それらを、恩返しとしておこなった。
「我が領から産出される鉱石は、そのほとんどが軍事利用される。この美しい大地から産まれた大切な資源が、醜い争いに使われているのだ。私はそれが悔しい⋯⋯。プリース王国を変えてくれ。頼むぞ、友よ」
ソーメイは鼻水をたらし、目をキラキラとさせながら、エータたちと熱い握手をかわした。
「本当に、良い人だった」
エータは、空路の途中で、ブライに告げる。
ブライは嬉しそうに「そうだろう?」と、ほほえんだ。
――――――
最後に、国内でも有数の強兵を持つと噂のクマコーゲ。
「クックック⋯⋯まさかウチコの坊がバスティ様の使徒とやってくるとはな」
身体中に歴戦のキズを残す、大柄な男性。
クマコーゲ領・領主・リエノベ・クマコーゲ。
「おもしれーことやってんじゃねぇか、うちからは亜人の奴隷を貸すぜ」
その言葉に、フィエルやライオの耳がピクリと動き、クマコーゲに明確な敵意を向けてしまう。
「ははっ、亜人を奴隷から解放しろって言いたげだな。⋯⋯ったく。王都のアホどもみてぇにケモノ扱いしてねぇよ。教育も養育もしてらぁ」
リエノベはそう言うと、使用人に「おい」と、指示をして、亜人たちを連れて来させた。
彼らは、見事な甲冑に身を包み、統率された動きで、リエノベの後ろへと並んだ。
「⋯⋯戦力として連れて行け。俺様の自慢の配下たちだ」
彼らの身体は、肌や毛の色がつややかであり、しっかりとした体躯。
この世界を生き抜くための訓練がなされ、栄養が行き届いているのが見て取れる、立派な『騎士』であった。
心配するフィエルたちに対し、後ろに並んでいる亜人の一人が、エータたちにウインクをした。
それは『クマコーゲ様は大丈夫』と、エータたちに伝えているように見えた。
それを見てホッとしたエータ一行。
クマコーゲ領は戦争に積極的に参加しており、ハロルドからの信を得ているようで、領土は潤っていた。
ということで、エータはブライに『なにが必要か』を相談する。
ブライはこっそりと「酒」と答えたので、
「ブライたちからの恩返しです」
と、多種多様な酒をプレゼントした。
その中には、前の世界の技術を活かした、バハスティフではまだ作られていないであろう酒も⋯⋯。
リエノベは目を輝かせながらそれらを一口飲む。
すると⋯⋯。
「おい、おめぇら⋯⋯」
目をふせ、とんでもないオーラを放つリエノベ。
「こんなの貰っちまったら、もはや返せるものは一つしかねぇぇー!! 俺が先陣きってやる!!」
あまりにも美味い酒に、理性のタガが外れたリエノベ。
「さぁ! 王国をぶっ潰すぞ!!」
と、暴れる彼を、屈強な戦士たちが十人がかりでようやく止めた。
――――――
そんなわけで、三人の領主たちは人格者揃いで、快くエータたちの味方になってくれた。
革命が成功した際に、さらなる領土と領民を渡し、有力貴族となってもらう算段をブライと共にたてている。
本人たちはそんなことを知らない。
特に、元から亜人の奴隷を大切に扱っているクマコーゲ領は、ブバスティス建国後、亜人の受け入れ先として積極的に斡旋していくつもりである。
――コクシ歴・2026年。6月20日。
エータたちはついに、プリース王国・首都パイナス周辺にたどり着いた。
さすがに空路は目立ちすぎるので、三足鴉たちはクマコーゲ領でかくまって貰っている。
ビートやフィンに周囲を警戒してもらい、最後の野営。
野営といっても、エータのアイテムボックスと『税収』により借りた大工を使って、本格的なログハウスの中である。
「さて、ここからは会議で話しあった通り動く」
ブライが王都の地図をテーブルに広げて話す。
「まずは情報収集だ。これは、狸人の隠密部隊のみなさんと、見た目が人間にしか見えないシロウ殿。そして、顔が割れていないエータ、ビート、ドロシー、ディアンヌ、イーリン、ケイミィが担当する」
緊張した面持ちでうなずく一同。
「もし、ハロルドとの交渉が決裂した場合。すぐに戦闘に突入するだろう。しかし、パイナスに住む人たちの犠牲は最小限におさえたい。今回の潜入で脱出経路を十分に確認してくれ」
「「「「了解!!」」」」
――狸人たちはマナの続くかぎり、幻覚で潜入。アイチェはマナが続かないのでお留守番。エータたちはクマコーゲ領から物資を運んできたという体で侵入する。
クマコーゲ領主からの書状を貰っているので、なんの問題もなく入れるはずだ。




