第110話〜山を消す〜
「女神バスティの使徒とはなんなのだ?」
セイジは驚いた様子でブライに聞く。
「ここにいる彼⋯⋯エータ・ミヤシタは、バスティ様によって異世界から連れてこられた使徒なんだよ」
頭にたくさんのクエスチョンマークが飛ぶセイジ。
「ブライ⋯⋯お前、いつからそんな荒唐無稽なことを言うようになったのだ?」
壁のすみで静かに立つリラも、心配そうにブライを見つめる。
どうやら、頭がおかしくなったか、エータに騙されていると思っているらしい。
「すまない、エータ。あれを⋯⋯」
「了解」
エータは「アイテムボックス」とつぶやき、テーブルの上に、人数分のタンブラーと水を取り出した。
――ざわっ⋯⋯!
驚きを隠せない使用人たち。
「これは⋯⋯!」
教養のあるセイジも例外なく、いま起きた現象が『なにを意味するのか』を理解しているようだった。
「いや、まてブライ! アイテムボックスを持つからと言って、バスティ様の使徒というのは、いささか話が飛躍しすぎては無いか!?」
「それについてはエータから説明してもらおう」
――エータは、前の世界のこと。バスティ様からの「私たちが愛したこの世界と子供たちを守って」という言葉。その他、バスティの使徒による影響について話した。
「まさか⋯⋯そんなことが⋯⋯」
セイジは顎に手を当ててうなっている。
そこへ、エータが口を開く。
「俺は⋯⋯俺たちは鬼の住処でブバスティスという国を建国したのですが、その時、バスティ様からさらなる神託を受け『皇帝』というジョブを授かりました。証拠が必要であればお見せすることも出来ます」
「証拠⋯⋯?」
エータはすこし考えて⋯⋯。
「この領地で、なにかお困りなことはございませんか? それを解消することが出来るかも知れません」
「困りごと⋯⋯」
セイジは、先日、騎士団にうばわれた備蓄。
そして⋯⋯。
「この地は、南から吹き降ろしの風が吹くのですが⋯⋯。その時、エルフの里を焼いた山から大量の砂が運ばれてくることがございます。その砂が、領民の肺や、ギコム畑に悪影響をおよぼしておりまして⋯⋯」
セイジは(本当にバスティ様の使徒と言うならば)と、心の中でつぶやき、
「その山を、消していただければと⋯⋯」
「山を消す!?」
「セイジ様、いくらなんでもそれは⋯⋯」
「無くなれば確かに助かりますが⋯⋯」
使用人たちも、さすがに口を開いている。
「いくら死んだ山とはいえ、ライファたちの故郷を消して良いのか⋯⋯?」
エータは悩んでいる。
そこへ、フィエルが告げる。
「エータ、その山をプリース王国の首都侵攻に使えないか? あの地で散ったエルフたちも、自分たちの故郷を『怒りの具現化』として使ってもらうのであれば本望だと、私は思う」
「山を侵攻に?」
エータはハッとし、
「俺たちは、プリース王国から見れば取るに足らない存在だと思われるはず。ハッタリだけでも、大きな意味が産まれるか」
そして、
「わかりました。山を消し、そこに続く道を作り、ついでにその地を開墾いたしましょう。それで、備蓄の問題も同時に解決できると思います」
と、告げた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
セイジは、とても信じられないと言った様子だったが、虚偽であればその時はその時だ。
旧友ブライの頼みとはいえ、角が立たないようにお帰りいただけば良いだけの話。
彼は、
「それで、よろしくお願いいたします」
と、頭を下げた。




