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第109話〜ブライの故郷〜

 エータ一行が丘に降り立つと、畑の方から農具を持った領民たちが押し寄せてきた。


「な、なんだお前たちは!」

「三足鴉がなにか持っていると思えば亜人か⋯⋯!」

「領主様になにする気!?」

「セイジ様から離れろ!!」


 その数は三十人ほどで、みな、あまり立派とは言えない身なりをしている。


 杖をついた初老の男性、セイジは、エータたちを守るように立ち塞がり、領民たちに告げた。


「待て、みなのもの。よく見るのだ。ここに居るのはブライだぞ」


 その言葉に、領民たちは長い銀髪のブライを見る。


「ブライ⋯⋯?」

「帰ってきたのか?」

「なぜ亜人と⋯⋯」


 どうやら面識があるようだ。


「ブライ、この方たちと知り合いですの?」


 ドロシーが問う。

 ブライはこくりとうなずき、


「私はウチコ領出身だからね」


 と、告げた。


「そうだったのですか!?」


 ディアンヌが驚いている。


 すると、セイジの屋敷から出てきたメイドの一人。

 銀髪ショートカットの女の子が、大きな胸を揺らしながらスタスタとブライに近づいた。



 ――バシッ!!



 そして、大きな音を立てて、ブライのほおをはたく。


「バカおにぃ⋯⋯」


「リラ⋯⋯王都から戻っていたのか⋯⋯」


 ブライはほおを触りながら、リラという女性を申し訳なさそうに見る。


「生きてるなら手紙の一つでもよこしてよ」


 そう言って、彼女は目を涙でいっぱいにし「フンッ」と言いながら戻っていった。


「はは⋯⋯無茶を言う⋯⋯」


 ブライはぽつりと呟いた。


 リラは、メイドたちの列に並び、袖で目をこすると、


「失礼しました。セイジ様」


 と、言って、凛と背筋を伸ばした。


「構わないよ、リラ。こいつには良い薬だ。心配ばかりかけて⋯⋯」


 セイジは「ふぅ⋯⋯」とため息をつく。

 そして、エータたちを見て、


「私に用があるのだろう? 中へ入るといい」


 と、踵を返した。


「そういう訳だ、みなのもの。仕事に戻りなさい。私は大丈夫。なにせ、あのブライだからね」


 そう言うと、杖をつきながらゆっくりと屋敷へと進む。


 メガネをかけた黒髪おさげの『メイド長』のような人が、


「どうぞ、こちらへ」


 と、頭を下げて誘導してくれる。


大所帯(おおじょたい)だと迷惑だろう、拙僧らは外で待っておく」

「拙者も同じく」

「オレぁ見た目がいかついからな。話し合いの邪魔になるかも知れねぇ。待機しとくわ。おめぇらも外で待っとけ」


 気を利かせてくれたのだろう。

 亜人であるハコノギとユキヒメの面々は外で待ってくれるようだ。


 屋敷の前に並ぶ、一人の老執事と若いメイドたちは、それを聞いてホッとしたような表情を見せた。


(ありがとな⋯⋯みんな)


 エータは、いつかこんな気苦労をかけずに済む世界を作るのが使命だと、そう感じていた。



 ――屋敷の中へと進むエータたち。



「妹が居たのか、ブライ」


「あぁ、腹違いのね⋯⋯。まぁ、年の差的に娘みたいなもんさ」


 ブライがケイミィとの仲を進展させないのは、これも理由の一つなのかも知れない。


 エータは、先をゆくブライの背中を見ながらそう思った。



 ――――――



 古いながらも格式の高さがうかがえるウチコ領主邸。


 壁を見ると、絵画が飾られていたであろう跡があるが、肝心の絵は見当たらない。


 壁紙が痛み、はがれている場所もある。


 それを隠すように、花瓶と大きな花がいくつも置いてあった。


「物悲しいですわね⋯⋯」


 ちいさな声でドロシーが言う。


「栄華をきわめた跡があるが、なんだかな⋯⋯」


 フィエルも肌で違和感を感じているようだ。


 しばらく歩いていると、客人を迎えるための大きなフロアに通された。


 豪華なシャンデリアがひとつ。

 元々ふたつあったような痕跡がある。


 四十人は座れそうな大きなテーブルに、エータたちは「どうぞ」と誘われ、セイジと向かい合うように座る。


 そして、ブライは意を決したように口を開いた。


「セイジ、単刀直入にいう。私たちにチカラを貸してくれ」


 イスに腰かけたセイジはそっと目を閉じ、そして、ゆっくりと天を仰いだ。


「チカラ⋯⋯か」


 そして、悲しそうに目をふせる。


「ブライ、いまのウチコ領を見ただろう。私にもうそんなチカラは残っていないよ」


 セイジは、部屋の壁にずらりと並んだ使用人たちを見る。


「ジョブ持ちを根こそぎ王都に連れて行かれてね、この者たちを食べさせるだけで精一杯だ」


 ブライは信じられないといった様子でこたえる。


「あの気高く気丈なあなたが⋯⋯いったいどうしたと言うんだ?」


「⋯⋯数ヶ月前、騎士団が来てね。領民を飢えさせないための備蓄をすべて持っていかれたんだ⋯⋯」


「その騎士団って⋯⋯」


 エータたちは、ブバスティスを襲った連中のことを思い出す。


 セイジは続ける。


「ジョブ持ちを連れていくだけでなく、理不尽な重税を課し、いきなり現れたかと思えば備蓄を奪い⋯⋯抵抗すればこのザマだ」


 セイジは杖をかかげる。


「その足は⋯⋯騎士団が⋯⋯?」


 ブライが聞く。


 セイジは静かにうなずいた。


 ブライはテーブルの上に置いた手をギリギリと握りしめ、珍しく怒りをあらわにしている。


「私は、もうこの国はおしまいだと思っている⋯⋯」


 セイジは外の黄金色に輝くギコム畑を見た。


「幸い、食料の自給率が高いことでなんとか持ちこたえているが⋯⋯ハロルド王の寵愛(ちょうあい)を受けないこんな辺境ではね。国の腐敗に巻き込まれ、まっさきに廃れていくだろう」


 ブライは目をふせ「だからこそ⋯⋯」と、口を開く。


「だからこそ、あなたのチカラを貸してほしい。私たちは、革命を起こそうと思っている」


 その言葉に、使用人たちはざわついた。


「滅多なことを口にするんじゃない。不敬罪どころではすまないぞ」


 セイジは冷や汗をかいている。


「不敬罪など、いまさら怖くもなんともない! 私は元から国家反逆の大罪人だ!」


「ブライ、声高に言っているが⋯⋯そのせいでお前の妹にどれだけの迷惑がかかったか、わからないのか?」


 「うっ⋯⋯」と、言葉を飲んだブライ。


 並んだ使用人の中にいるリラに目を向けると、彼女は床に視線を落としていた。


「それは⋯⋯すまないと思っている⋯⋯」


「なんで連れて行かなかった?」


 セイジは、長年の疑問を口にした。


「それは⋯⋯」


 ブライは言いよどむ。


「リラはな、突然いなくなったお前をずっと心配していたんだぞ」


「⋯⋯⋯⋯」


 言葉を無くしたブライに、たまらずリラが口を開く。


「セイジ様。私は当時、神託で【教師(ティーチャー)】のジョブを得まして⋯⋯その⋯⋯」


 セイジは大きくため息をはいた。


「わかっているよ。リラの夢を邪魔したくなかったんだろう。二十年は贅沢ができる金を置いていったのも知っている。しかし⋯⋯」


 セイジはブライを見ていう。


「お前が国を出れば、妹であるリラがどういう扱いを受けるのか。想像できなかったわけじゃないだろう。いくら金があったとしても⋯⋯」


「わ、私の話はもう良いでしょう!」


 ブライはテーブルを叩き、大声を出す。


「そのすべてを精算するために来たのです! 国を出た当時の私は、愚かだった⋯⋯。計画は杜撰(ずさん)で⋯⋯中途半端で⋯⋯たくさんの過ちを犯した」


 その言葉に、毎日墓参りをする姿を思い浮かべるケイミィ。


「だから、今度こそ⋯⋯救いたいのです。この国の人たちを⋯⋯」


 ブライは握った拳を見る。


「十五年前の私は、自分の手にあまる人たちは救えないと思っていた。せめて、手の届く範囲だけでもと⋯⋯」


 そして、手のひらを広げ。見つめる。


「しかし、私は見誤(みあやま)った。私の手は、自分が思うよりも、ずっと、ずっと、ちいさく。弱い⋯⋯」


 国を出たときは数百人いた同志を、五十人になるまで死なせてしまったことを思い出す。


「この罪を精算したい。いまの私たちには女神バスティの使徒、エータが居る。鬼の住処一帯に住んでいた亜人種の方たちも手を貸してくれている」


 ブライは、目を強く閉じた。


「これが⋯⋯最後のチャンスなんだ⋯⋯!」


(ブライ⋯⋯)


 エータは、ブライの抱える重責(じゅうせき)の末端に触れた気がした。


 村人たちを不安にさせまいと、大人の余裕を感じさせるように振舞っていた彼。


 しかし、ブライはもうとっくに限界だったのだ。


 国を出て、巻き込んだ人々のことを守れず、ジリジリと滅亡へと向かう村。


 なにも感じないはずは無かったのに、気付いてあげることが出来なかった。


 エータは、自分のふがいなさを恥じた。


 セイジは驚いたように口を開く。


「女神バスティの使徒とは、なんなのだ?」

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