第106話〜いざ、首都パイナスへ〜
――フィエルが妊娠してから一ヶ月後。
無事にディアンヌもその身にエータの子を宿した。
フィエルが身篭ったとき、
「まさかエルフがこんなに早く子宝に恵まれるとは⋯⋯」
と、エルドラは驚愕。
本来ならば、入念な準備をし、針に糸を通すようなタイミングでしなければ、子を宿さないらしい。
これもバスティの使徒の影響なのだろうか。
――――――
ブバスティス帝国の国土、鬼の住処一帯は、キホクを中心に、北、東、南。
それぞれ鴉天狗、狸人、エルフの三つの里を、網のように繋いでいる。
できるだけ山を崩したくないので、陸路の石畳は最小限に。
荷物のみを運ぶロープウェイを設置し、村人たちの負担が減るよう工夫を凝らした。
ロープウェイは、エータの皇帝のチカラにより、大工や鍛冶師を応用したワイヤーを使ったもの。
耐久性に優れている。
一応、ブレーキはあるのだが、人を乗せるにはまだ安全性に問題があるので、あくまで荷物だけを運ぶ手段である。
(こっそり鴉天狗一族が荷物の上に乗って楽をしているが、彼らは飛べるのでヨシとしよう)
ハコノギ、ユキヒメ、ナトゥーメの三つからキホクに向けての一方通行であるが、それでも、ロープウェイがあると無いでは雲泥の差。
到達地点には、大きなクッション設置し、衝撃をやわらげるようにしてある。
身体強化を使える者は無理矢理止めているようだ。
――――――
集会所に国民たちを集め、首都侵攻組と、ブバスティス防衛組を発表。
ブバスティスからは、エータ、ビート、ドロシー、ディアンヌ、イーリン、フィエル、ケイミィ、ブライ。
ハコノギからは、クロウガ、セツナ、ハネチヨ、ヤタ、シッコク、ウルシ、コガラシ、コムラサキ。
そして、ヤタと同じ三足鴉が三羽。
彼らは運搬を手伝ってくれる。
ユキヒメからは、ライオ、シロウ、アイチェ、シッポウ、アナグマ、コダイコ、コリル。
各里でエース級の活躍をする猛者。
アーツやスキルを二つ所持している者たちを首都侵攻組とし、残りはすべて防衛組とした。
鴉天狗たちには上空からの偵察、狸人たちには首都内部の潜入を請けおってもらう。
ナトゥーメのエルフたちは、まだ一角牛鬼とのダメージが残るので、まずはナトゥーメの里を再建することに集中してもらうことに。
――――――
出発日。ブバスティス北門前。
「本当にこんな人数で侵攻するのか?」
ナトゥーメ族長ドラシルが、心配そうに聞く。
「あぁ、パイナスが海に近くて広い平地にあるって聞いたから、アイテムボックスを遠慮なく使える。かならず勝てる。それに⋯⋯」
『仲間たち』を見るエータ。
「⋯⋯みんなが居るから、負ける気がしない」
エータのその頼もしい姿に、ドラシルは妹フィエルの顔を見た。
(俺の力不足で守りきれなかったフィエルが、こうして人間たちと共に英雄の道を歩むことになるとは⋯⋯)
ドラシルは、当時里長だった父に、
「殺してしまうと民に不信感を植え付けます、ここは一つ、牢屋に幽閉してはいかがでしょう?」
「北の救助で活躍した彼女をまた幽閉すると、北のエルフと亀裂が産まれるでしょう。ここは彼女を斥候にしてはいかがでしょう?」
と、進言したときのことを思い出していた。
(俺のせいで辛い想いもしただろう。立場上、俺が牢屋にいけば父にバレてしまう。風の精霊様をお前の元へ誘導するのが精一杯だった⋯⋯本当にすまない⋯⋯。たった一人の可愛い妹よ。今度こそ、生きて⋯⋯広い世界へ⋯⋯)
この物語の運命を大きく変えた男、ドラシル。
どの歴史書にも残らず、誰にも知られる事もなく。
しかし、誰よりも事態を好転させた彼は。
愛する妹への想いを、エータに託した。
と、一人のエルフがエータに駆け寄る。
「使徒様!!」
ライファだ。
「ライファ! あれ、顔の傷は?」
ボロボロになっていた彼女の顔は、キリッとした元の美しい顔へと戻っていた。
「ノバナ殿から『痛々しいから治して』と言われてしまいまして⋯⋯。なんともお恥ずかしい⋯⋯」
「ノバナ⋯⋯」
彼女は過去を清算し、前に進もうとしている。
それが何よりも嬉しいと感じるエータ。
「エータ殿にお願いがございます。私のすべてのチカラをあなた様にお渡ししたい」
「⋯⋯アーツとスキルか?」
「さようでございます。私のアーツは射撃特攻、スキルは魔素弓術。大量のマナを持つ使徒様ならば、無尽蔵に矢が放てます。かならずやお役に立つでしょう」
片膝をついて告げるライファ。
その後ろから、グリスもやってきた。
「使徒様、私のアーツもぜひ。高速斬撃、悪食を⋯⋯! 悪食はあまり使い道が無いかも知れませんが⋯⋯」
「ありがとう二人とも、ぜひ使わせて貰う⋯⋯と、言いたいところだけど」
エータは、ウィンドウに表示された二人のステータスを見る。
「ライファからは魔素弓術、グリスからは悪食だけにしておくよ」
「し、使徒様!!」
「それならば高速斬撃のほうを!」
慌てる二人。
しかし、そんな二人にエータはこたえる。
「ライファ、君は俺たちが不在の間、このブバスティス全体を守る義務がある。だから、弓やバリスタの威力を大きく変えてしまう射撃特攻は貰えない」
エータはグリスのほうを見る。
「グリス、いま国民たちには休息が必要だ。みんなに料理が行き届くよう、高速斬撃でお腹いっぱい、ごはんを作ってあげて欲しい。それが俺から君への勅命だ」
二人はすこし戸惑ったが『それが自分たちの戦場なのだ』と、エータの意をしっかりとくみ。
「かならずや、この国を守って見せましょう」
「みなの腹だけでなく、心も満たすことをお約束します」
と、頭を垂れた。
「ありがとう、頼りにしてる。不在の間、この国を頼むよ、二人共」
エータは胸に手を置き、目を閉じて頭を下げた。
そして、二人が下がった後。
「私のアーツも持っていきな」
「俺のも⋯⋯必要になるかわかんねぇけどよ」
と、数人の国民も名乗り出てくれた。
「み、みんな気持ちは嬉しいけど、この国のためにもアーツは持っておいてくれ」
と、困ってしまうエータ。
そんな時。
「私のも持って行って」
髪飾りをつけた女性がやってきた。
「ノバナ!!」
エータはすこし動揺したが、ノバナは構わず続ける。
「地質調査は他にも持ってる人が居るから大丈夫。アイテムボックスとも相性が良いでしょう? それに⋯⋯」
ノバナは目を閉じ、胸に手を当てて言う。
「私の想いも⋯⋯持って行って欲しいの」
「ノバナ⋯⋯」
ギュッと胸が締め付けられるエータ。
「わかった。これは誓いだ⋯⋯」
エータはウィンドウから地質調査を選ぶ。
「このアーツにかけて、かならずこの悪夢を終わらせる!」
ノバナはエータの決意にうなずき、右手を差しだした。
そして、二人はかたく、握手を交わしたのだった。
――――――
さぁ、いざ出陣である。
と、思った、その時。
「おぉ〜い!!」
鴉天狗の運搬部隊に連れられて、一人のエルフが空から手を振っている。
男は「おっとっと!」と、よろめきながら大地におり、駆け足でエータたちの元へ。
「お前たち、プリース王国に乗りこむんだってなぁ!」
「マスジェロ!!」
それは、大きな風呂敷を持ったマスジェロだった。
「へへっ、時間くっちまったけどよ。完成したぜ?」
「まさか⋯⋯」
エータがマスジェロの手を見ると、最後に見た時よりも、さらに酷く皮膚がただれていた。
「マスジェロ⋯⋯お前⋯⋯」
「しけた面すんな、俺様が好きでやったことなんだからよ」
そう言って、風呂敷の中から蒼海色に輝く『魔装備』を取り出した。
「これは⋯⋯!」
芸術品を思わせる美しいそれを見たエータは、思わず息を飲む。
「スゲェだろ⋯⋯! かならずお前たちの助けになるぜ、こいつぁよ」
そう言って、マスジェロはニカッと笑った。
「さて、コイツを誰が装備するかだがなぁ⋯⋯」
――――――
マスジェロは最後に、
「俺様の鍛冶師と、融合も持っていけ」
と、エータに、自身の誇りを託した。
こうして、今度こそすべての準備が整い、エータ一行は、鴉天狗や三足鴉がもつ木のカゴに乗ろうとした。
すると⋯⋯。
「ちょぉぉ〜っと待ってぇ〜!!」
「ん?」
エータは、カゴにかけた足を地面におろし、声の方を向く。
「ボクちんも連れってって〜!!」
それはなんと、ピグリアムだった!