第102話〜出産〜
エータとフィエルが一夜を共にした次の日、村は慌ただしく人が行きかっていた。
「ど、どうしたんだ!? みんな!」
あまりの慌てように、エータが聞く。
「エータ! そ、それが⋯⋯」
「サクべさんが産気づいたんだ!!」
まさかの報告!
「なんだって!?」
(赤ちゃんは亡くなっていなかったのか!? こんなに嬉しいことはない!)
「急いで湯をわかしてギノーたちの家に行かないと!」
「き、キレイな布も必要なんだ!」
村に子どもが生まれるなど久々すぎるみんなは、それはもう大慌て。
右へ左へドタバタと動きまわっている。
「お、俺も行こう!」
「女性の手も必要だろう。私も行く」
ギノーの家へと向かうエータとフィエル。
たくさんの人が、家から布を持ってきている。
中には、ボロボロの布を持っていこうとして怒られている人もいた。
(もはやパニック状態だな⋯⋯)
ギノーの家につくと、出入口で村人たちが焚き木をし、せっせとお湯を作っていた。
エータは、サクべが周りから見られないよう、ギノーの家にカーテンを作り、清潔な布を大量に取りだす。
聖域もあるし大丈夫かと思ったが、酒から抽出した高濃度のアルコールも出し、絶対に感染症をおこさないよう空気中に散布した。
サクべの居る部屋から、クルトの声がする。
「もっときばるんさ! サクべ!!」
サクべの苦しそうな声と、ギノーの「頑張れ!」という声が聞こえてくる。
(サクべさん⋯⋯!)
エータとフィエル。
そして、村人のみんなは、ギノーの家の前で祈るようにその時を待つ。
そして⋯⋯。
――オギャァァ!!
元気な赤ん坊の声が聞こえた。
と、同時に村は歓喜の声で包まれた!
「よかった⋯⋯!」
「生きててくれたんだ」
「産まれた子は、この国の希望のはじまりだね」
一度は諦めたその生命が、みんなの歓迎をうけて、この世に産まれた。
ブバスティス帝国に、はじめて産まれた国民である。
――――――
「この子の名前は『カメ』だ! みんなよろしく頼む!」
ギノーが言う。
「元気な女の子さね、かわいいねぇ」
何度も産婆をつとめて来たであろうクルトは、それでも赤子は何回見てもかわいいと、顔をのぞきこんでいる。
赤ちゃんはサクべの隣で、清潔な布団の上に寝かせた。
「やっと、会えたね⋯⋯」
隣に寝るサクべは、そっと手を伸ばし、赤ちゃんのちいさな手に触れた。
赤ちゃんはサクべの指を、必死に握りしめた。
「かわいいな⋯⋯」
フィエルがぽつりとこぼした。
「あぁ⋯⋯」
エータは、はじめて立ち会う出産現場に気を揉んだが、無事に産まれたことに心から安堵した。
と、クルトがフィエルをじっと見る。
「んん〜?」
――診断――
「あれ? クルト先生?」
エータは、うっすらと手が輝くクルトに気付いた。
クルトは「ふぅ〜む」と言いながらフィエルに近付いた。
そして、
「おめでとう、ご懐妊さね。エルフはこんなに早いのかい?」
と、言った。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「「「「えええぇぇぇーー!!」」」」
その場にいた全員が驚きの声をあげた。
そのせいで、赤ちゃんのカメが泣きはじめる。
「あんたたち! 静かにせんかね!!」
「ご、ごめんなさい⋯⋯」
一同は頭を下げたが、
((((いまのはクルトが悪いんじゃ))))
と、思っていた。
――その日、フィエルがエータの子を身ごもったというニュースは、またたく間にブバスティス全土に広まった。
「めちゃくちゃ恥ずかしいな⋯⋯」
「他人のことなら素直にめでたいと思えるのだが⋯⋯自分のことになるとな⋯⋯しかも、昨日の今日だし⋯⋯」
エータとフィエルは、ナトゥーメの里の汚染処理のときも。
夜、集会所で食事をしてるときも。
村人全員から祝われるのであった。
「なぜこんなタイミングで?」
と、思う人ももちろん居たが、それはブライをはじめ、エルドラやドラシル。
シロウやライオ、クロウガが中心となり、誤解をといてくれていた。
――――――
昨晩、エータたちが会議をする前。
遺体が腐るのを危惧したため、ダストンとギムリィの埋葬は、簡易的だがすでに終わっていた。
「立ち会わなくて良いのか?」
と、イーリンとビートにたずねたが、
「もうお別れはすんだから」
との事で、会議に出席していたのだ。
それは『いまは過去のことよりも未来のことに時間を使わんかバカタレ!!』と、ダストンとギムリィから怒られると思ったのも理由の一つだ。
一晩経った今日。
仕事がひと段落し、村のハズレの墓地に来る。
立派なお墓には、
『守護神ダストン、ここに眠る』
『叡智を極めしギムリィ、ここに眠る』
と、彫ってあった。
ビートが置いたのだろう、ダストンのヘルムがお墓にあった。
ギムリィの墓には、杖が⋯⋯。
エータは、二人の姿を思い出しながら、墓の前で黙祷を捧げた。
(あなた達のチカラで未来を切り拓くからな⋯⋯)
そう固く、心に誓いながら。
――――――
さて、ナトゥーメの里が無事に『人が住める土地』へと戻り、畑などを再建していく目処がたった夜。
エータは、フィエルと共に帰宅した。
すると⋯⋯。
「おかえり、エータ、フィエル」
「おかえりなさい、二人とも」
イーリンとディアンヌが出迎えてくれた。
「あれ? どうしたんだ?」
エータは問う。
「そ、それは⋯⋯」
ディアンヌはモジモジとするばかりだ。
と、イーリンが口を開く。
「エータ、私たちも、赤ちゃん、つくろ!」
(そうだった⋯⋯)
今日一日、朝からサクべの出産、フィエルの妊娠報告、ナトゥーメの汚染処理、ダストンたちの墓参り⋯⋯。と、動きつづけたエータ。
彼はすっかり忘れていた。
『全員妊娠させなければならないのだ』
という事を。




