第009話〜廃れた村の事情〜
森を抜け、ひらけた場所に出た。
猫じゃらしのような物が1メートルほど伸びており、一面に広がっている。四方は高い山々に囲まれており、ここはその麓に位置するようだ。
半径にして約3キロの丸いくぼみのような空間。なかなかの広さである。山々に囲まれているせいか、ちいさな川がいくつか流れ、その先に人が焚いたであろう煙が見える。
「よし、もうひと踏んばりだ!」
体力の限界にちかいエータを、ビートが力強く鼓舞してくれている。片足をあげひょこひょこと歩きつづけるエータ。
(めちゃくちゃ痛ぇ⋯⋯)
現世で感じることは無かったであろう、大型犬から本気で噛まれたような痛み。謎の液体のおかげか不思議と血がぬけ落ちる感覚は無くなっていた。
すこしずつ村の輪郭が見えてくる。
お世辞にも立派とは言えない縦1メートルほどの木の防護柵が、村をぐるりと囲うように設置されているようだ。
今にも壊れそうなボロボロのあばら家たちは、何者かに何度か襲撃を受けたようなキズを見せる。
そんな村の柵と柵の切れ目、門ような場所にキズだらけのヘルムを被った老兵が見えた。
老兵はこちらを視認すると、戻ったかー!!このバカ息子ぉー!!と、大地が震えるほどの大声で叫んだ。なんだあのパワフルおじいちゃんは。と、エータが思った時
「親父! 手ぇ貸してくれ!! 怪我人だ!!」
ビートが叫び返す。親父?おじいちゃんじゃなくて?と、疑問に思ったが、こんな世界だ。何か色々と事情があるのだろう。
「なにぃ!? 怪我人じゃとぉ!?」
その声を合図に、老兵がとてつもない速さでエータたちの元へ駆け寄ってきた、そのスピードはおよそ人間の物とは思えない。
ーードドドドドド!!
老兵はかなりの巨体で身長は190センチ以上はある。歴戦のキズが多々見受けられ、ボロボロだがとても細かい装飾をなされた品のあるアーマーを装備。亡国の騎士のような印象を受ける。
老兵は、エータの様子を見るやいなや「こりゃいかん」とひょいと抱きかかえ、ビートをおいて爆速で回れ右。とたんに疾走をはじめた。
「うおおぉ! いきなりなんなんだ!?」
おい!親父ー!と、叫ぶビートの声が遠くなっていく。
その声を完全に無視しているのかそもそも聞こえていないのか、さらに速度をあげる老兵。
「あばばばばばばば!!」
これ本当に人間が出せる速度なの!?と思うほどの大爆走!そして、激しい揺れ!!
(ヤバい、気持ち悪くなってきた⋯⋯一瞬でも気を抜くと胃が口からコンニチワしてしまいそうだ)
そんなエータの状況を知ってか知らずか、老兵が口を開く。
「くっさいなぁ! 君!!」
「急に喋ったと思ったら一言目がそれかよ!? うんこだろ!? わかってるよ!! アンタの息子のせいだからなコレ!!?」
ガッハッハッと笑う老兵にイラつきながらも、されるがままに運ばれるエータ。
途中、他の村人たちとすれ違い、奇異の目で見られたが、それは少年(中身42歳)をお姫様抱っこして爆走するおじいちゃんのせいなのか、それとも、この激しいうんこ臭のせいなのか考えたくもない。
十分もしないうちに大きな屋敷⋯⋯。と、言ってもこれもボロボロなのだが、とにかく村一番であろうあばら家へと運ばれた。
「ブライー! おるかー!! ワシじゃー! ダストンじゃー!!」
家がグラグラと揺れるほどの声量でさけぶ老兵ことダストン。
すると、奥からダストンとは対象的な線の細いイケメンおじさん⋯⋯略してイケおじが、あわく長い銀髪をたくしあげ、浴衣のような物を着こなし、ポリポリと頭をかきながら出てきた。
「家を壊す気かい、ダストン。君は身体強化の調整が下手くそすぎる⋯⋯加減してくれ。本気で叫ばれちゃたまんないよ」
「そりゃすまん! じゃが、これを見ぃ!」
ブライと呼ばれたそのイケおじは、エータを見るやいなや表情を一変させる。
「人!? ダストン、これはどういう⋯⋯。いや、いまは治療が先決か! 奥の間に通してくれ、私はディアンヌとクルト先生を連れてくる!」
「あいわかった!!」
「あぁ、その前に!!」
ブライは急に立ち止まる。
「そのモンスター除けがついた上着は脱がせて玄関の外に置いておいてくれ!」
そう言い残し、ブライは急いで家を出た。そう、臭かったのである。エータはとてつもなく臭かったのである。
(ほんますんません⋯⋯)
エータはシクシクと泣いた。