第一章「旅立ちの試練」
エルメアの村を出たカイルは、まだ見ぬ世界への期待と、胸の奥に巣くう得体の知れない不安を抱えながら、森道をひたすら歩いていた。
朝靄が晴れ、陽が高く昇り始めたころ、後ろからかすかな足音が追いかけてきた。
「カイル! 待てよ!」
振り返ると、見覚えのある影が草をかき分けて走ってくる。
茶色の短髪に快活な笑み、どこか抜けたようなその表情──親友のディラン・フォードだった。
「……ディラン? なんでここに?」
息を切らしながら、ディランはカイルの前に立った。
彼の背には、小さな革製のリュックと、腰には小柄な短剣がぶら下がっている。
「俺も行く!」
ディランは、息も整えぬまま叫んだ。
「ふざけるな。これは――遊びじゃないんだぞ」
「わかってるさ」
ディランはにやりと笑った。だが、その瞳には、いつもの軽さとは違う決意が宿っていた。
「お前、夢を見たんだろ? 世界が壊れる夢を」
カイルは目を見開いた。
誰にも話していないはずの、その夢を――。
「俺もだ。……いや、たぶん、俺のはもっとぼんやりしてるけど。カイルがどこかへ行かなきゃいけないって……そんな気がしてたんだ」
ディランは、胸元に握りしめた小さなペンダントを見せた。
それは、幼いころ、二人で川遊びをしたとき拾った、不思議な青い石で作ったものだった。
「あのとき、俺たち、約束したろ。どんなときも一緒だって」
カイルは息を呑んだ。
忘れていたわけではない。だが、どこかで「一人で行かねば」と思い込んでいた自分に気づく。
「……本当に、危険な旅になるかもしれない」
「上等だ!」
ディランは拳を打ち鳴らした。
「お前一人で英雄になられるなんて、面白くねえしな」
そう言って、ディランは笑った。
その笑顔は、カイルの胸にしみるように暖かかった。
カイルは、ゆっくりと手を差し出した。
「……頼りにしてる」
「任せとけ!」
二人の手がしっかりと重なった瞬間、森の奥で微かに空気が震えた。
この世界を覆う闇が、彼らの小さな誓いに微かに気づいたかのように。
旅立ちは、試練の始まりにすぎない。
だが、今、彼らの心に迷いはなかった。
真新しい旅路の向こうで、二人を待つのは、果たして栄光か、破滅か――。